サムバディ

相川 丹



 世界にはノイズがおおすぎる。
 田中月子はそうおもう。
 むだな音。きたない音。じゃまな音。いらない音。朝っぱらから、街はノイズであふれかえっていた。どいつもこいつも、よくへいきな顔をしてあるいていられるものだ。とっくのむかしに耳をやられてしまったのだろう。あるいは、頭を。くるってしまえば、らくに生きられる。
 月子はまだ、まともでいたい。
 だから、外出するときはヘッドホンをかかせないのだった。学校にかようとき。楽器屋やスタジオに向かうとき。つまり毎日つけている。
 はだかの耳はノイズをまともにうけとめて、たちまち平衡感覚をうしなわせてしまう。うつくしいメロディで、はじけとぶビートで、自分をまもらなくてはいけない。けさはROSSOをきいている。チバユウスケの声は、ざらついて、たけだけしくて、しかし、けっしてノイズではない。ひびわれた魂のかけらをあつめてかためた、ひとつの意志だ。
 月子がすわっているのは、ハンバーガーショップの、入り口にちかいカウンター席だった。
 注文のときには、しかたなくヘッドホンをはずした。「マフィンのセットをください」といい、「どうも」といって、トレイをうけとった。
 いくらマニュアルどおりにうごく人形じみていても、相手は人間だ。当然、彼女ら(彼ら)にも感情はあるのだが、そんなこともわからないやつが、いまもレジにいる。スーツを着た五十代の男。携帯電話でがちゃがちゃとしゃべりながら、千円札をカウンターにほうりなげている。くずれたふんいきはない。ふつうのサラリーマンだ。
 自分の親が、そとでこんな横柄な態度をとっていたら、月子は家に火をつける。だいじょうぶだと信じたいが、たしかめたことはない。もしそうだったら、ほんとうに、やらなければいけないからだ。まともに生きるために。
 店の中央では、月子とおなじ歳ごろの、学校にいっているのかいないのかわからない少女たちが、片ひざをついたり、あぐらをかいたり、ねそべったりして、わめくようにしゃべっている。
 だれかが携帯電話をひらいて〈着うた〉をならした。月子にもきこえるのだから、相当な音量だ。浜崎あゆみのディジタルな歌唱にあわせて、鼻にかかった声で高らかにうたいだす。
 月子はipodのダイヤルを親指でなぞり、ノイズが完全に遮断されるまでボリュームをあげた。
 あざやかな原色のヘッドホンは、去年の暮れに自分へのクリスマスプレゼントとして買ったものだ。二万四千八百円もしたが、値段にみあうだけの性能を発揮して、どれほど大きな音もそとに漏らさない。また逆に、わずかなボリュームでも、音源のこまかいニュアンスをきちんと再現してくれる。おまけにデザインがかわいい。
 恋人からもらった指輪みたいに、身につけるだけでうれしくなる。
 ノイズをふせぐ、月子の盾だった。
 ジンジャーエールをのみながら、すこしのあいだ、化粧のあつい少女たちをながめる。
 虫みたいだ。みじかい寿命のあいだで、せいいっぱい鳴いて、毒々しい羽をひろげる。ウチらはここにいるよ。なんか文句あんのかよ。自分はけっしてなにものにもなれないと、はやい段階からあきらめていると、ああなるのだろう。あきらめたら、そこで試合終了ですよ。一億冊も売れた有名なまんがの有名なせりふを、彼女たちだって知っているだろうに。
 月子はあきらめていない。なにものかになりたいとねがい、ねがうだけではかなわないから、昨日もライブをやった。対バンのイヴェントに出演したのだ。そのとき録音したものを、ipodに落としこんである。
 自分たちの演奏を、月子は再生した。
〈2NDLAW(セカンドロウ)〉のライヴ音源がながれてきた。
 ギターの性急なリフがジグザグにはねた。パートナーである江上玲の、前のめりになって生きいそいだかんじのピッキングが、月子は好きだった。
 ドラムは先日くびにしたので、共演した〈ヒカリトカゲ〉のドラマーに急遽サポートをたのんだ。基本どおりのフレイズをかっちりと叩きだしている。無味無臭だが、代役としてはじゅうぶんだ。
 月子のボーカルとベースがからんだ。
 ベースはかなり練習したから、上達しているとおもう。以前よりは、平板でなくなった。リズムは正確なまま、音のつらなりに起伏がついたのではないか。歌声も、高音までのびている。
 月子はためいきをついた。
 わるくない。
 だから、どこをなおしたらいいのかわからない。
 ゆうべも何回か聴いたが、ぱっと視界がひろがるような、劇的な発見はなかった。もちろん、足りないものはありすぎる。だけどそれは、努力すれば克服できるのだろうか。
 バンプだってアジカンだってレミオロメンだってミスチルだって、ブランキーだってミッシェルだってナンバガだってハイスタだって、ここからはじまったはずだ。みんなそうだ。ならば、ここから脱けだせるものと、そうでないものの差は、どこから発生するのだろう。
 どうすれば、わたしたちの音は、売っている、売られている、買われている、わたしも買って聴いている、聴いて胸がふるえている、そんな音とおなじつよさになれるのだろう。
 月子がのぞむのはその領域だった。その領域までのぼってゆきたいのだった。そのために生きているのだとおもった。
 ノイズではなく、メロディを。
 ひかりに属するサウンドを。
 百万人に消費されなくてもいい。幾人かのこころをひき裂ければ。ひき裂いて、またつなぐことのできる音をだせれば、月子はなにものかになれるだろう。ノイズのような存在ではなくなるだろう。
 あのサラリーマンや少女たちみたいに、ただ生きることは、月子には耐えられなかった。生きてゆくのだと実感したかった。
 まずは、あたらしいドラマーをさがさなければいけない。2NDLAWの専属でなくてもいい。かけもちでもいいから、月子の傲慢なこころざしをささえてくれるちからをもったメンバーが、もうひとりほしい。
 そんなドラマーがみつかるだろうか。
 みつかったとして、自分たちのことをみとめてくれるだろうか。
 学校のかえりに、スタジオに寄って〈メン募〉のチラシをはらせてもらおうとおもった。文面をかんがえていれば、午前の授業はたいくつしなくてすむだろう。
 のこりのマフィンと飲みものをたいらげて、月子は席をたった。プラスチックと紙と氷を分別して、ごみばこにすてる。学校を辞めてしまえば、なにものかにもう一歩ちかづくだろうか。たんなる逃げだろうか。悩みはつきない。



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