どこまでも高くジャンプ

どこまでも高くジャンプ

有村酢橘











「選択理科」━別名、「実験クラブ」なんて授業を、某いなかの中学校で受けていた。
それは中学三年生の選択科目で、半年間、好きな教科を選んで受けれる授業だったのだ。
私は理科が、というか実験が好きだから、その科目を選んだ。
実際は体育は着替えが面倒くさく、他の教科は眠そうだから、という消去法的な理由だったのだが。




ちなみに実験クラブには女の子が、私一人だった。
そういう場合のたいていの女子の反応はこうだ。

「あの子、男の子ばっかりのところに行って〜。やらしーわ。」

たいていの女子はこういう反応をする、または心の中で思う。
しかし、私はそういうことを「実験クラブ」にいて一度も言われた事がなかった。
それは私の人望が厚いとか、そういうことじゃなくて。

「・・・あんなキモい男子しかいないクラブなん・・・?」
「すごいかわいそう、奈津子。ねぇ、なんとかクラブ変えてもらえんの?」

代わりにこんな反応と憐れみの視線をいただいた。
この選択授業はどういうメンバーが入っているとか、発表されるまでわからないのだ。
発表されてみたら、学年の変わり者ばかり集めたクラスが見事にできあがっていた。
原則的に一度選択した授業は変えられないことになっているにもかかわらず、メンバー発表の後
理科の先生に呼び出されて、クラスを変えるか、と聞かれたぐらいだ。

「ねぇ、藤さん。本当にいいの?男の子ばっかりだけど・・・。」

私はなんていうか、へそまがりな性格で何事も進められた事はつっぱねてみる少女だった。
押されたら引き、引かれたら押す。しかも、自分で一度決めた事を曲げるのが大嫌いだ。

「いえ、大丈夫です。私、実験が好きなんです。」

と、あんな変なメンバーと一緒にいてまでしたいほど実験が好きなわけでもなかったのに
突然私は、実験大好きなちょっと不思議系少女、という名を自分から背負ってしまった。
今考えてみれば、好きな人がそのクラブにいたわけでもないのに、そこまでしてとどまった理由が
自分でも良くわからないのだが、大体において、私の人生はそういうことばっかりだ。

「じゃあいいけど・・・あの、本当にいいの?」

親切な先生の最後の問いかけを、そのときすでに心の揺らぎを感じながら、それでも私は力強く頷いた。
きっと先生がしつこく、もう一度考えてみて、などといってくれれば、私は男女混合体育でも
眠たくて堪らない国語や社会の授業でも、選択しなおしたかもしれない。
しかし、ポーズだけは頑なだった私を見て先生は、一応安心したらしかった。
これで私に許可はとったことだし、保護者から万が一文句を言われても大丈夫だ、と思ったのかどうか。
でも、私はきっと、先生もあのクラスを一人でまとめる自信がなかったからだと思う。
きっと、どんなであれ女な私という味方が欲しかったんだろう。きっと。








基本的に授業は暗い理科室で行われた。
学年が120人いて、15人ほどしか集まらなかった実験クラブは教室同様暗い感じに始まった。
メンバーも本当に学年の変わり者・・つまりは爪弾きメンバーばかりだった。
そろいもそろってよくこんなメンバーがそろったものだ、と私は人事のようにあきれ返ってみる。
自分で言うのもなんだが、私は確かに変わり者だが、人間関係においては嘘も方便とかいいながら
なかなか上手に渡っているほうだった。
女社会なんて基本、〜ちゃんかわいいって!と言っておけば通る事くらい理解していたし。
しかし、ここにいるやつらは嘘も方便なんてことば知らないようなやつらばかりだった。
目の前で、黒ぶちの眼鏡をかけて弱弱しく手を振っている吉家(よしいえ)もそうだ。

「藤しゃぁん。僕ら同じ班になろうね。」

こいつはなぜか、幼稚園の時から私に付きまとってくるのだった。
選択授業を決める時も、つつつつつ、と内股で寄って来て「何取るの?」と聞いてきた。
正直に「理科」と答えた私にしたがって、バカ正直に吉家ことよっしーも「理科」を選択したらしかった。
そう考えると、私もバカ正直なことこの上ない気がする。

「よっしー、なっちゃん、一緒にやろ〜。」

私とよっしーは同じ地区に住んでいるのだが、今声をかけてきた岸谷こと岸ちゃんも同じ地区の子だ。
こいつは基本的にのんびりしている、というかぼーっとしている。
日々魂が抜けたように行動しているくせに、理科などの話になると途端に目をらんらんと輝かせる。
頭をぶんぶん振るたびに、ふけが落ちるのがやだ、と女子が話しているのをよく聞く。
目の前でよっしーと岸ちゃんがへらへらと笑っているのを、半分諦めた心地で眺めていると
今度は頭を思いきりはたかれた。

「いたっ!」
「よ!バカ子!元気かぁ〜??」

刈り上げた頭に背ばかりにょきにょき大きい、洋汰がそこには立っていた。
こいつは虫・怪獣マニアだ。虫と怪獣の絵ばかりノートにも書いている。
そしてなぜか私によくちょっかいをかけてくる。
というか、他の女子が構ってくれないから、私にちょっかいをかけるというのが正しいんだろうけど。
まわりを見まわしてみたら、結局いつものメンバーが寄って来ている。
というか、先ほど自分のことを普通と言ったが、これだけのメンバーに対応できる私はよく言われるとおり
普通ではないのかもしれない。第一、対応というか、順応してるし。

「あら、藤さんの班はもう四人そろったのね。」

先生がにこにこと笑いながら寄ってきた。傍らには知能しょうがいのある小太郎くんを連れている。
私の周りの男子をすり抜けると、先生は私によってきて、耳元でこそこそと話し始めた。

「あのね、奈津子ちゃん。小太郎くん、奈津子ちゃんの班に入れてくれないかなぁ。」

先生が奈津子ちゃんと呼ぶときは、たいてい何かを頼む時だ。
親密さを演出しているのか、無意識なのか。よくわからないが、押されたら引く私だが
頼まれごとにはめっぽう弱い。頼られるとなんでも引き受けてしまう、この調子の良さ。

「あったりまえですよぉ。」

そうして今回も、そんな調子の良さを発揮して、私の班のメンバーはできあがった。
見まわしてみて面食いな私は少々ぐったりして他の班を眺めたのだが、他の班も似たりよったりだったので
もう完全に諦めて、腹をくくってしまった。自分の選択を疑っても、一度決めたことを曲げるのは、結局嫌いなのだ。








第一回目にそれぞれが実験したいことを決める。それを班の中で発表しあうという授業形式だ。
私は拾ってきた石を砕いて粉状にし、水に溶かし、それがどんな成分になるのか調べる実験をすることにした。
よっしーはミョウバンの結晶を作る実験を、岸ちゃんは炎色反応を調べる実験。
洋汰は虫を二匹つかまえてきて食物連鎖を見る実験。
小太郎くんは一人ノートになにか奇妙な動物の絵を描いて遊んでいた。

「藤しゃんの面白そうだねぇ、僕、たのしみだなぁ。」

よっしーが私の手元のレポート用紙を見て、そう言った。
その日は、先生が次に個々に実験の用意をしてくる事、といって締めた。








一週間後、第二回目の授業が始まった。
外は良い天気で明るく透き通った青い空が、窓から見えるのに、相変わらず理科室は暗い。
入ってくるなり、あまりの暗さに少し引きつった笑みを浮かべた先生は微笑みながら、ドアのところにある
電気のスイッチを三つ一気に押した。勢い良く押した割に、教室は大して明るくならなかった。
もちろん、生徒達はそれを知っていてつけていなかったのだが。
先生はそれでも電気をつけたまま、教壇に立った。
教壇の上の電気がジジジ・・・という音を立てながら、ついたり消えたりしている。
クラスはふいにざわめき、少年達は指差したりして先生の上の蛍光灯に注目した。
一体何がそんなに楽しいのかわからないが、うちの班を見まわすと、そういうことが好きな洋汰と
あまり事態を理解していないらしい小太郎くんが奇声を発しているだけで
残りのメンバーは口をあけてぽかん。としている。
先生は口の端をぴくぴくさせながら、黙って電気を消して戻ってきた。

「さぁ、じゃあ今日は個々の実験に取り掛かります。火や薬品を使う実験を行う子は必ず
 先生に声をかけてください。さぁ、はじめ。」

少々演技がかった動きで、先生は結婚指輪の光る白い細い手をぱんぱんと叩いた。





私は先日砕いておいた石の粉を、取ってきたビーカーに入れて上から水を注いでくるくるかき混ぜた。
ずいぶんお手軽な実験だ。なかなか溶けないのでえいやと思いきりかき混ぜていたら
となりにまたよっしーがつつつと寄って来た。

「どぉ、藤しゃん。」

私はまだわかんない、と答えながらビーカーをかき混ぜる。
なかなか溶けない。

「僕、先生にミョウバンもらわな〜。」

溶けない、溶けない。

「岸ちゃんも薬品がないけん、今日はやらないんだって。洋くんはなんの虫にするか熱弁してるし。」

僕、虫きらいなのに〜、と、なよりなよりしながらよっしーは言った。
私は混ぜるのを止めた。よくかんがえれば、石が水に溶けるわけなかった。
あまり話を聞いていない私から、つつつとよっしーは離れていったが、また後ろの方から
藤しゃーんと呼ぶか細い声が聞こえる。
なによ、とそちらにいくと、彼はしゃがんだまま私を見上げて言った。

「どのビーカー使えばいいんかなぁ。」

・・・どれでもいいよ、と私は言いたかったが、ひとまず目盛りのついたやつがいいんじゃないと
そう答えておいた。








第三回目の授業の前に、洋汰が私のところにやってきた。
ちょっとこいよ、といって、壁際に私を連れていこうとする。
ちょうど本を読んでいた私は、なによ、と抗ったが、身体が170あろうかという洋汰に
身長145センチな私が敵うはずもなくずるずると引きずられていくと
教室の後ろの壁にひっつけて、虫かごが二つ置いてある。
黄緑の虫かごの方を私の目の前に突き出した。

「なに、これ?」
「蜘蛛。」
「ぎょえっ。」

別に私は蜘蛛が嫌いなわけではないが、思いきり近づいて覗き込んでいたカゴの中身が
蜘蛛だとわかったら、人はこれくらい驚く・・・と思う。
洋汰はその反応がお気に召したらしく、にへにへしながら、捕まえた、と当たり前なことを言った。

「で、これが実験に使うやつ?」

うーん、とちょっと唸った挙句、洋汰はもう一つ壁に引っ付けていた虫かごを私の目の前に突き出した。
先ほどの例があるので、ちょっと引き気味にその中身を覗く。
こちらは透明で、また黄緑色の蓋がついたタイプのものだ。
細い木の枝が二本入れてある、一本は倒れ、一本は斜めに虫かごの中に立てかけてある。

「・・・なに、サナギ?」
「そうそう、蝶々が捕まらんかったけん、幼虫捕まえたらサナギになってもーた。」

なんとも言えず、災難だねぇ、とつぶやく。
そうなんじゃ、と洋汰は答えたがそのわりに顔はにやにや笑っていた。

「だから、サナギが蝶々になるまでを見ることにした。」

はぁ、と答える。わざわざそんなこと、後でいいのに・・と思っていたら目の前で洋汰は
先ほどの蜘蛛が入ったカゴを持ち上げた。

「これもう逃がしてやらな。」

といって、カゴの蓋をぱか、と開けた。
ちなみにここは教室である。
這い出た手のひらより少し小さい蜘蛛が、床を這っていく。
その後の騒動を想像して、私はこそこそと洋汰からはなれて筆記用具を持つと廊下にでた。
予想どおりの叫び声が教室から響く。

「きゃーーーーー!!!!!」

今ごろ女子に怒られて小さくなって蜘蛛を追いかけているであろう洋汰を思い
わずかに緩む口元を必死で抑えながら、私は暗い理科室へと一人で向かったのだった。



その後、たったの一時間で私の実験は終わってしまったので、よっしーの実験を手伝う事になった。
といっても、よっしーの実験も暖めた水にミョウバンを溶かして、タネ結晶を真中より少し下に釣り
冷やすだけなので、すぐに終わってしまった。

「・・・暇だねぇ、藤しゃん。」
「うん、暇。」

洋汰は一人でじーっとサナギを眺めている。
どうでもいいけど、サナギはそんなにすぐに蝶々になっただろうか。
ぼへーとそんなことを考えていると、とんとんと肩を叩かれた。振り返る。

「ふーあん、くーまぁ。」

手をなめながら、小太郎くんが私をじっとみて、にへらと笑った。
こーちゃん、と先生が呼ぶ声が聞こえる。
が、小太郎くんはそちらを見ずに私にノートを差し出した。
唾液で少し湿ったノートを受け取ると、そこになぞの生物の絵が描いてある。
だがどうやら、先ほどの言葉にしたがうと、それは“くま”らしかった。

「かわいい。」

私はそういうと大したことが言えなかった代わりに笑ってみた。
小太郎くんはにこにこ笑っている。私もつられてさらににこにこ笑う。

「こーちゃん、藤さんを困らせちゃダメでしょう。」

先生がきて、小太郎くんの手を握ると、ごめんねと謝りながらあちらへと連れていってしまった。
別に謝ることじゃないのになぁ、と思いながらまた隣のよっしーと一緒にぼーっとする。
といっても、よっしーはなよりなよりとずっと話をしているのだが。
適当に相槌をうちながら、空を眺める。
空は今日もよく晴れて、真っ青だった。もう受験なんだなぁ、と思いながら次に校舎を眺める。
そう思えば、古ぼけた校舎もいとおしく見えるのだった。








ある日の理科の授業で、とうとう岸ちゃんの実験が実行できることになった。
ナトリウム、カリウム・・・岸ちゃんが集めてきたボールペンに入っている小さなバネに
それらの液体をつけて、バーナーに火をつける。
興味深そうに皆が私たちの机のまわりに集まってきた。
結局全員がしゃがんだり椅子の上に乗ったりして机の周りに集まると、カーテンを閉めて電気を消した。
いつもはうるさい教室が、今日はずいぶん静かだ。
私も同じように静かに心の高揚感を感じてじっと、岸ちゃんの手元を見つめた。
カリウムをつけたバネがバーナーにピンセットで差し出される。
青く揺らめいていた炎が紫に変わった。

「おぉぉ〜〜!!」

最近ちょっと低めになってきた少年達の声が教室に響いた。
そのせいで、炎が揺らめく。慌ててみんな、口を閉じた。
小太郎くんが一人、ぎゃーと嬉しそうに叫んでいる。
いろいろと炎にバネを差し出すたびに、炎の色がきれいに変わる。

赤黄色オレンジ!花火もこの原理で作られているのよ、という先生の言葉に先ほどよりも小さな
感嘆の声が上がった。
そのうち、俺にもやらせろ、と男子が騒ぎ出して、あの静けさは打ち破られて
すっかりいつもの騒がしさを取り戻してしまった。
ぎゃぁぎゃぁと騒ぐ机の上、炎はいろいろな色に変化しては揺らめく。
私たちはげらげらと笑い転げて、手を伸ばしては、炎を見つめた。
岸ちゃんから一つだけバネをもらって、ナトリウムを付けて炎にかざしてみる。
黄色く染まった炎をみて、よっしーがすごいね、といい、小太郎くんが楽しそうにぎゃーとまた叫んだ。








なぜか一度、ミョウバンの結晶作りに失敗して、私とヨッシーはもう一度ミョウバンをお湯に溶かしておいた。
ある日、小太郎くんに手を握られて、にへらにへら見詰め合っていた私を、慌てた声で
ヨッシーが藤しゃん、藤しゃん、と呼んだ。

「なに?どうしたん。」
「結晶ができてるよぉ!やったぁ。」

えぇ!と叫んで、私は立ちあがる。小太郎くんが手を離してくれないので、手を繋いだままに
二人でちょっと走っていくと、よっしーは目をきらきらさせてビーカーをそっと差し出した。

「わぁ・・・!きれい、きれい!!」

思わず叫んだ私の声に、皆がなんだなんだ、と寄って来る。
結晶はビーカーの真中に圧倒的な存在感を持って存在していた。
みんな低い声で感嘆の声をあげて、かわるがわるビーカーを受け取っては眺めている。
先生も寄って来ると、あらぁ、と嬉しそうに笑った。
小太郎くんが私の手をあっさりと離して、先生の元へ走っていく。

「やーい、振られてやんの。」

洋汰がその様子をみてそうからかうので、私は余裕を持った笑みを意識して作りながら、言った。

「違う、捨てられたんよ。」

そういって笑うと、案外真面目に捉えたらしい洋汰が俺が拾ってやろうか、というので
私はげらげらとおおよそ女の子らしくない笑い声を上げた。

「そんな笑って、嫌な女じゃなぁ!」
「拾われるなんて、やなこった。」

そういうと洋汰もげらげら笑いながら、私を羽交い締めにしてきた。
ギブギブなどと言いながらその後も二人でぎゃはぎゃは笑いつづけていた。








初めて理科の日に雨が振った。
薄暗い教室がよけいにどんよりと薄暗くなり、白い蛍光灯の効果が確かにあることが証明された。
雨になったとたんに活躍するなんて、傘みたいだ。
先生は電気がつかないために暗い教壇に立った。
みんな少しざわめいている。受験勉強に向かうほかの授業から開放されているような気分。
この授業はあと二回でおしまいだった。あとはもう受験勉強の自習時間に当てられる。
今日に限って小太郎くんは落ち着きがなく、教室をうろうろしていたが、今は先生の手を握って
床に座りこんでいた。

「来週が最後になりますが、来週、小太郎くんの実験として、ドラム缶を潰す実験をしようと思います。」

クラスに活気がどよよと押し寄せた。

「先生!ドラム缶・・・どうやってへこませるんですかぁー?」

一人の男子が勢い良く手を上げて立ちあがって、そう聞いた。
先生は自分の意見にクラス中が興味を抱いている事が嬉しいらしく、暗い壇上でもわかるくらい
頬を赤く染めてちょっと興奮したように話し始めた。

「ドラム缶を火にかけて、そのあとホースで水をかけて急速に冷やすの。
 ・・これでなぜへこむのか、みんな理科で習ったわよね。」

空気が冷やされて小さくなるから!と二三人の声がちらほらと響いた。
先生は満足そうに微笑んだ。暗い日でありながら、クラスは熱気に満ちている。
変わったことが大スキなやつらなのだ。そうしてもちろん、私もその一員。
声が一人目立たないように、なるべく小さな低い声を出しながらこそこそと班で頭を寄せて話す。


すごいよ!ドラム缶だよ!?

ほんま、先生いいこと考えるな。

え、小太郎くんの意見じゃないん?

ちがうちがう、絶対先生じゃろ。よっしー、勘悪い!

うぅ、ごめんね・・・。


洋汰に言われて涙目になっているよっしーを慰めながら、先生の話に意識を戻す。

「次の理科の時間、晴れたら急いで給食食べて、昼休みに集合でよいかしら。
 休み時間なくなっちゃうけど・・・。」

意外にも一二もなく皆頷いて、その日はその話題でものすごく盛り上がって
他のことを何も覚えてないくらいだった。








中学三年生。
私たちの学校はものすごい田舎だし、小学校からのメンバーがそのまま持ちあがった感じだ。
皆知り合いでずっと同じ道を行くんだと、良く言われるように私もそう思っていた。
それは意識して思っていたのではなくもう無意識に、当然にそうなるんだと思っていたので
はじめてそうじゃないんだと意識した時にはびっくりしてしまった。
学年全員知り合いで、喧嘩したり事件があったりしても、私たちはずっと同じ道をいくような気がして。
なのに、高校の希望が聞かれ出したころから、なにかが変わっていった。
部活を引退して、先生が受験受験と言い始めて、授業でも受験を意識した問題を解かされて。
なにより、友達と希望する高校が違う。進む道が明らかに変わる。
変化が怖いような気持ちがときどきある。空を見上げてぼーとしながら、ずっとこのままで
いられたらいいのに、と思う。変なやつらに囲まれて、ちょっぴり変人扱いされて
女友達となぁなぁですませてしまっていても、私はそう思ってしまう。




そんなことを考えていたときだった、小太郎くんが男の子たちに火傷を負わされたのは。


小太郎くんは私の隣のそのまた隣のクラスだった。
はじめはうわさ話として、昼休みに入ってきたのだけれども皆あまり信じていなかった。
そのうち、先生が次の時間を自習にする、といってクラスを出ていったときから、その話は
突然信憑性を持ち出した。クラスはざわめき、ひそやかに皆憶測をかわしあった。
ちゃんとした情報が入ってきたのは、次の日になってから。
技術の時間に、小太郎くんのクラスの男子数人が小太郎君を押さえつけて、ストーブで熱した金属の棒を
彼の手に押しつけたらしい。小太郎くんは泣き叫び、その声で飛んできた先生によってその事件は発覚したのだった。

「なんじゃそれ、誰も止めんかったん!?」

話を聞きながら腹が立ってきた私がそういうと、その情報通の女の子は困った顔をしてさぁ、といった。

「なんや、部屋のすみっこでやりよったけん、あんまり気がつかんかったらしいんやけど。」

かわいそう〜、とまわりの女子が言い合っていたが、そのうち十分もするとなんともなしに解散してしまった。
でも、こんな事件が起こったのは初めてで、誰もが気持ちが落ち着かない様子だった。
自然と皆自分の席にもどって、近づいてきた受験の教材を開き始めたが、それでもクラスの雰囲気は
なんだか納得がいかないような、それでいて仕方ないと諦めているような、不安定な空気だった。
私は席にじっと座って、考える。お付き合いで開いた受験教材をひじの下に敷いて頬杖をつく。
小太郎くんに火傷を負わせた子たちは、いたって普通の子で、どちらかというと明るくクラスの
中心的存在だったらしい。私はあまりその子とは仲良くないのだけれども、もちろん顔は見た事ある。
そう悪いやつにも見えなかったのに・・・。

かわいそう、だとは思わなかった。私はそこまで人の痛みを代弁してしまえる度胸がなく。
そのかわりに、ただ悔しかった。
もしかしたら自分の力が届いたかもしれなかったのに、と思うと。
涙がでそうになって、がばっと教科書に突っ伏す。
なんだか意味もなく何かが憎たらしくて、ひとまずは目の前の本を破いてしまい気分だった。









その数日後、空は宇宙まで突き抜けてしまったんじゃないかと思うくらい青々としていた。
給食を慌てて食べると、食器を片付けて廊下に飛び出す。
食べるのが遅いよっしーはパンを丸々袋に入れると、それを机に仕舞い込んでいた。
ちなみに洋汰はたった五分で食べ終えて、すでに走っていってしまっている。

運動場にいくと、大体のメンバーがそろっていた。
先生が遅れて小太郎くんと手をつなぎながら集合場所の運動場の片隅にきたときは
すでに全員のメンバーがそろっていた。先生はにこにこと笑っている。
私は小太郎くんの手を見た。小太郎くんの手には白い包帯がぐるぐると巻かれている。
だが、だれもそれを気にする風でもなく、実験は始まった。
先生がゲットしてきたドラム缶に少しだけ水を入れて、一方の蓋を開けたまま熱する。
湯気がしゅんしゅんと丸いその穴から出てきたら、先生が軍手で蓋を閉めて火を消すと
水を思いきりかけて冷却する・・・という方法だ。
ドラム缶は予備も含めて二つ。
男子が三人がかりで担ぎ上げて、ブロックで作ったかまどの上に乗せる。
ドラム缶を担いだあと、洋汰がかまどに火をいれた。
私はドラム缶にかけるため、近くにある水道にホースをはめにいく。
ついてきたよっしーが、楽しみだね。とそういって笑った。




実験がはじまって、緊張した面持ちで、皆ドラム缶を見つめる。
がんがんと嫌な音がして、もしかしてドラム缶が破裂するんじゃないかと、自然に少し距離をとった。
それでも視線はドラム缶から離さずに見つめる。
私も蛇口付近からじっとその様子を眺めた。
少したつと、今度はドラム缶の口から湯気がでて、しゅんしゅんという音がしはじめた。
先生が軍手をはめて蓋をしめる。
そうして水!と普段の先生からは想像もつかないような鋭い声で言った。
私は思いきり蛇口をひねる。
どばっと向こうでホースの口を持つ男子の手から水が大量に溢れ出した。
もうこれ以上まわらないというところまで回してから、急いでドラム缶に目をやる。
みんなの緊張が高まる。小さな音が響いた。



ぽこん。



・・・え。とお互いに顔を見合わせる。
もう一度ドラム缶はぽこんと、小さな音を立てた。だが、へこむ様子はない。
少し待ってみて、一向に変化のないドラム缶をみて、先生は失敗ね、と肩を落とした。
皆はがっかりというより、厳しく張り詰めていた神経をゆるませたようで、ほーと思いきり
息を吐く声が多く聞こえた。


すぐもう一度、ということになって、そろそろと失敗したドラム缶をのけて、新しいドラム缶を乗っける。
私は蛇口を閉めると、次に備えてホースをもう一度、ぐっと差し込んだ。
そのとき、よっしーがとんとん、と遠慮気味に私の肩を叩いた。

「どしたの?」
「あのね、藤しゃん。あのね。」

何よぅ、と回りくどいその言い方に、意味もなくイライラしながら続きをまつ。
あのねをもう三回ほど言ってから、よっしーはにこりと笑って言った。

「次はね、藤しゃん、あっちで見ておいでよ。僕、水出す係するから。」

驚いて目を見開くと少し照れたように下を向いたよっしーが、ね、といいながら私の隣にくると
黙ってホースを押しこみ始めた。私が思いきり差し込んだホースがぐぐ、と少し奥にはまる。

「・・・いいよ、私やるから。見ておいで?」
「ううん、僕、やるよ。藤しゃん、行って。」

いつも通り、なよりなよりと、優しくよっしーはそういうと、笑って私の背を押した。
ありがとう、と答えた。ふいに涙が出そうになって下を向き、慌てて上を向いた。
青が目に染みて、なんだか痛いような気がする。目薬をさした後、みたいな。
ゆっくりとドラム缶のほうによっていくと、先生がちょうど蓋をしめるところだった。
水道からドラム缶までの道筋をふさがないように適当なところに立つと、その実験を見つめた。
いつのまにか、いつものメンバーがまわりに集まっている。

「今度はうまくいくかなぁ・・」

そう岸ちゃんがぽつんとつぶやいた。
洋汰は目の前の光景に集中しているらしく、口をぽかんと開けてドラム缶を見つめている。

「うまくいくよ。」

意味もなく私は頷きながら、ドラム缶を見つめた。
水!と先生が強く叫んで、一生懸命よっしーが水道の蛇口を回すのが見えた。
どばどばっと水が出て、ドラム缶に激しくぶつかる。
先生も緊張した面持ちで見つめていた。
ふと、先生の側にいる小太郎くんが目に入る。
小太郎くんは口を大きくあけて、まるで目の前にドラム缶などないように笑っていた。

「水、止めて!!」

先生が叫ぶ。水が急速に弱まっていく。
よっしーがふらふらとあちらから走ってくるのが見えた。
皆の視線を一心に集めたドラム缶は、最初なんの変化もなかった。
そのうち、先ほどのようにぽこりぽこりと何度か軽い音がして、急にぼごばこん!と大きな音を
立てて、ぐちゃりとつぶれた。
はじめはみんな口をあけてぽかん、と声もあげずにその様子をみていたけれど
もう一度大きな音を立ててドラム缶が何かの塊みたいになってしまうと、みんな叫び声にも似た声を
あげて、飛び跳ねて抱き合った。

「ぎゃっほー!!!すげぇ、すげぇ!」
「俺、ちょっと感動しちまったよぉぉ!」

私も喜んだが、まさか男子のように抱き合ったり転がりあったりするわけにもいかず
笑いながら、ふと小太郎くんの方をみると、小太郎くんは先生の横で相変わらず笑っていた。
先ほどと何も変わらないように笑っていたが、ふいに手を空に伸ばして、ごー!と叫んだ。
白い包帯が光を反射したように光った。








突然泣きそうになったのを、私は耐えた。ぐっと唇をかみ締める。
まわりを見まわせば、興奮した様子の男子達が騒ぎまわり、ドラム缶はただの塊になっている。
そのまま上を見上げて空を見れば、空はやっぱり突き抜けるように遠く高い。
大きく息を吸い込んだ。清澄な空気が肺に思いきり流れ込む。
答えは出ないのに、身体は、意識はすっきりした。
堪らなく今が好きだとおもった、愛しいとおもった。
ただそれだけでどこまでも走っていけるような気がして、今だけはただそれを信じる事にする。
曲がらずにまっすぐに、空を衝き抜けてく風みたいに。
思いきり広い世界に解き放たれていく魂みたいに。



視線をもとに戻すと、小太郎くんがにこりと笑い。
後ろから思いきり頭をはたかれて、洋汰と岸ちゃんとよっしーの騒ぐ声が聞こえた。
振りかえる。そのまま思いきり笑って、スカートなのも気にせず、大きくジャンプした。


http://www.juv-st.com/