六角形の約束
神月蒼
六角形の表に、カラーペンで字を書いた。両思い・片思い・おもわれ・失恋・飽き・何もなし。
小学生のちょっとした遊びだった。
サイコロ鉛筆。
当時、シャーペンの使用は禁止されていて。誰の筆入れの中にも、六角形の鉛筆が一本は必ず入っていた。だから、わたしの筆入れの中にももちろん、緑、青、赤、色とりどりの鉛筆が入っていた。
お気に入りの一本を取り出して、パステルピンクのカラーペンを細い面に当てて。
あなたと、二人で。
こっそり恋の話をした。
隣のクラスの誰々が格好良いとか、同じクラスの坂本君が好きだとか……。
おまえは男子と口きけないもんなぁ、そっちこそ女子扱いされてないじゃん……、って。
そんな他愛ない喧嘩もした。
バレンタインに二人でチョコレートを作って、仲良く玉砕したこともあったっけ。
残ったチョコレートを取替えっこして、わたしの作った黒焦げのチョコマフィンをまずいって言いながらも全部食べてくれた。あなたの作ったチョコクッキーは、ちょっと焦げていたけど、おいしかった。
引っ込み思案で、本の虫だったわたし。
男子相手にも引けを取らないくらいの暴れん坊で、先生も手を焼いていた、あなた。
わたしたち、正反対のようで実はよく似てた。
二人とも、とても不器用で。生きていくのに、ちょっとだけ、『普通』から飛び出してしまっていて。
だから、わたしたちは自然と二人で居たんだと思う。
お互いの、足りない部分をその時補うために。
息ができなくて、助けてほしくて手を伸ばして、誰もがすり抜けていく中で。
あなただけが、わたしの手を取った。
だけど、あの時。
本当は、あなたも。
六年生の二学期。
夏休みが終わって学校に行ったら、あなたがいなかった。
先生が言った。
『家の都合で、転校しました。』
お父さんが免職になって、親類を頼って引っ越して行ったんだって、後で母さんに聞いた。
幼かった私は、事情も良くわからず、ただ何も話してくれなかったあなたが恨めしかった。
夏休みの最後の一週間、おばあちゃんの家に行っていた私は、何も知らず何も気付かず。
始業式が終わって、あなたが引っ越したと聞いたその足で、あなたの家を訪ねた。
誰も、何も、ない。ひと気もない。
物音ひとつしない世界で、わたしは独り、取り残された。夜中に眼を覚ましたら、誰も家にいなかった。そんな気分。
ちかくでにゃぁと猫が鳴いた。あなたが可愛がっていた、野良猫のジンだった。
季節はずれのちょっと気の早いコスモスが揺れる、玄関前の小さな庭で、声を殺して突っ立ったまま泣いた。ジンもわたしの足に体を寄せて、悲しそうにずっと泣いていた。
ジンを抱き上げて、野良のくせに白い毛皮をなでながら、家の裏にまわった。そこにジンの餌やり場があって、いつも猫缶を隠してあったから。
放置されっぱなしのコンクリート屑をちょっと避けて、猫缶を取り出して、私は、初めてあなたの残したメッセージを見つけた。
猫缶にセロハンテープで貼り付けてあった、六角形の鉛筆。
つるつるした、緑色の表面に、青いカラーペンで書いてあった。
また会える。
また会える。
また会える。
絶対、会える。
会いに来る。
忘れない。
高校一年の夏、家のポストに差出人不明の手紙が舞い込んだ。季節外れのコスモスの便箋が、あの始業式の日を思い出させた。
あなたからの、さいしょで最後のたより。
小学生の時、やっぱりあなたも寂しかったって、書いてあった。わたしと会えたこと、また必ず会いに来ることを希望として、生きているって。
そう、書いてくれたことが、うれしくて、うれしくて。
何度も読み返しては泣いた。泣いては、笑った。
もう、十年が経って。
あなたの顔を鮮やかに思い出すのは、難しくなってきた。思い出も美化されて、多少脚色もされているかもしれない。
けれど、時の流れに逆らうように、時折こうして、あなたのくれた鉛筆を眺めながら、つぶやいている。
『また、会えるから』って。
いつか、あなたに会いに行く。
その時は、また一緒にクッキーを焼いて、マフィンを作ろう。
今は夢でしかないけれど。
夢であっても、かまわない。今もあなたがわたしを覚えていてくれて、わたしもあなたを覚えていて。
そして、二人が互いに必要としあっていたあの頃を、覚えている限り。
わたしたちは、親友だから。
いつか会えるその日まで、あきらめないで、信じている。
−終−