ねがいごと
奏位星華
都会から離れた小さな町にある、ひなびた観光地の土産物屋。
その店内の奥まった所に、水晶や紅水晶、紫水晶の彫刻が飾られている。
招き猫に白鳥、ふくろう、狛犬、豚、イルカ、子牛、虎、亀 蛇があり、動物だけでなく、天使や観音様などもある。
この近くには水晶の鉱脈があり、その近くの山で江戸時代から採掘が行われてきたが、百年近く前に閉山となっている。
それから五十年後、その近くに水晶や宝石を研磨加工する工房が作られ、海外から採掘された鉱石がここに運ばれ、磨かれたり彫刻されてあちこちに流通されるようになった。
あたしがここに座るようになって、もう三ヶ月になる。
生まれ故郷の遠い国の山奥から、海を渡ってこの国に来たのが一年前。それからこの近くの小さな建物にしばらく眠っていたのだけど、ふと気がつくと、あたしは元の姿から、うさぎの姿に変わってこのお店の棚に座っていた。
周りにはあたしと同じように、さまざまな動物に変わって棚に座っている仲間たちがいて、みんなここから外に出ることを待ち望んでいる。
「わぁ、これかわいい〜」
「いいよねーこのふくろう。お土産に買って帰ろう」
あたしの傍にいた水晶のふくろうが、セーラー服を着た女の子の手に乗せられ、レジの方へと消えていく。
他の子たちがうらやましいと言っている中、わたしはそれをただただ見つめるだけ。
たまに自分よりも後に来たのが先に出ていったりすると、ちょっとうらやましいとは思うけど、いつかあたしも、って信じていれば、きっとここから外の世界に出られるって――……。
そんなある日の夜のこと。
お店が終わって、店員さんが片付けをしている時、棚の向こうから、あたしを呼ぶ声がした。
その方を振り返ると、店の入り口に立っている大きな水晶から聞こえてきた。
あたしよりずっと前からここにいて、毎日店の外を見続けているので、みんなは「長老」と呼ばれている。
「あの、どうかしたんですか?」
あたしが話しかけると、磨かれず自然のままの姿であるその石から、優しい口調でこう答えた。
「外を見なさい。きれいな丸い月が出ておるぞ」
長老にそう言われたあたしは、店の外から自分が座っている棚の近くまで、白い光りが伸びていることに気がついた。
「でもあたし、ここから動けないし……」
すると長老がこう答えた。
「大丈夫。わしに任せなさい」
そう言われた直後、突然あたしの体が白い光に包まれた。
「えっ?長老、これは一体何なの?」
「おまえさんの体を、ほんの少しだけ動かせるようにしといたよ」
あたしは思わずピンと立った自分の耳を見ると、ピクピクと小さく動いていた。
その後、おそるおそる四本の足を見ると、スッとまっすぐに立ち上がルことができた。
「すごーい……長老、ありがとう!」
あたしはお礼をゆうと、棚の上から飛び降りて、半分降りたシャッターをくぐった。
暗い夜空に浮かぶ丸い月が、淡い光を出して輝いている。
あたしは地面に座ってそれを見つめていると、なんだか体の中がぽかぽかとしてきた。
(あれ?こんな感じはじめて……)
そう思っていると、長老がわたしにこう言った。
「おや、月の光の力に、おまえさんの体が反応しておるのう」
「えっ?」
「それは、おまえさんの体が月の石でできているからじゃ」
どうして?と不思議に思っているあたしに、長老がその理由を伝えてくれた。
「そうなんだ……」
そういえば、この店に来る前にいた工房で、あたしの体と同じ石があの月にあったり、空から降ってきた隕石の中から出てきたことがある、っていう話を聞いたことがあった。
だからあたしの体は、月の光に反応して光り出したのかな・・・・・・?
もう一度夜空を見上げてみると、白銀に輝く月の光は、あたしの体を淡く照らしてくれていた。
(もしかして、あのお月様なら、あたしの願いをかなえてくれるかな……?)
ふとそんなことを思っていた、その時。
ふわり、と温かい感じが、あたしの体を包み込んだ。
「あらあら、こんなとこにいたのね」
その声を聞いた後、あたしはその場を離れて、その心地よさに体をゆだねていた。
……翌日。
気がつくと元の棚の上に戻されていたあたしは、いつもと同じように店の中をじっと見つめていた。
入り口に鎮座している長老は、あたしに昨日のことは内緒にしておいて、と言った後、そのまま黙り込んでいた。
(それにしても、どうしてあの時長老は、あたしに声をかけたのかな……?)
そんなことをふと考え込んでいると、棚のすぐ近くから、なにやら声が聞こえてきた。
「あ、あったあった。まだここに残っていたのね」
花柄のワンピースを着た若い女の人が、あたしをに手のひらに乗せて、じっと体を見つめた後、透明な丸いお皿に乗せてくれた。
(えっ?あたし、どこかに連れてかれるの?)
突然のことに驚いていると、棚に座っている他の仲間たちがうらやましながら、あたしを見送ってくれていた。
(そっか、あたし……本当に外に出られるんだ)
そう思った直後、入り口の長老から、いってらっしゃい、とあたしにはなむけの言葉をくれた。
(長老、みんな、ありがとう。いってきます)
あたしは別れの挨拶を告げた後、店から離れて外へ出ていった。
少してっぺんが欠けた月が、青白い光であたしの体を照らしてくれている。
ここは、あのお店から遠く離れたところにある、小さなアパートの窓際。
あれからあたしは、若い女の人の家に住むようになった。
彼女はあたしを引き取る数日前に、一度お店に来てあたしを見かけていたといっていた。
その人は仕事が忙しくて、朝早く出かけて夜遅く帰ってくるのだけど、あたしにやわらかい座布団をつくってそこに座らせてくれたのだ。
彼女はわたしが月のうさぎ、っていう理由と、自分の願いをかなえてほしいからあたしをここに連れてきた、と言ってくれた。
それなら、彼女よりずっと小さなあたしの願いがかなったのだから、それがかなうように、あたしは空の月にそっとお祈りした。
『―お月さまお月さま、どうかあの人の願いをかなえてください』