四人四色
K・K
「……海?」
既に夏休みといった雰囲気の教室で、机に頬杖をついたまま聞き返した。目の前の『石川
桃花』はいかにも『遊んでそうな女子高生』って感じだ。……実際遊んでるケド。
「そう、今年の夏休みに行ってくるの!」
桃花は瞳を輝かせていた。海なんていちいち騒ぐ事じゃない気がするし、わざわざ自慢しにきたんかい。そう思いながらもとりあえず会話を続けることにした。
「……で、誰と行くの? 彼氏?」
さっき買って来た昼食のパンを胃の中に片付けて教室の後ろへと目をやる。窓際で桃花の彼氏が携帯をいじってるのが目に入った。桃花の方に目を戻すと、桃花は体を後ろに傾けて首を振っていた。
「違うわよ、この前の大学生に誘われたの! アイツと海なんて死んでもゴメンよ」
「……あぁ、この前彼氏に内緒で行った合コンでメアド交換したって言ってたアレ」
頼んでもないのに写真まで見せてくれたっけ、たしか伸びたラーメンを乗せたような頭してたヤツだったと思う。アレに比べたらあそこで携帯いじってる彼の方がまだマシな気がするけど、どうせ言っても聞かないだろうな。
「もしかして電車で行くの?」
「それがね、彼が車で連れてってくれるの! やっぱ大学生だよね〜」
夏休みに向けてダイエット中だから、とか言ってたな。いかにもダイエット効果あり!
みたいなモノを食べながら、桃花の目が輝きを増したように見えた。車の運転が出来るから大学生だと言われてもねぇ、運転出来ない大学生だって沢山いるんじゃない?
「いつもシュトコーをぶっちぎって腕を磨いてるんだって!」
シュトコー、首都高、……あぁ『700円サーキット』の事か。ライセンスとって本物のコースを走る気も腕もお金も無いヤツラが夜中に首都高速を暴走してるって言うアレ。……って桃花に言ってもしょうがないか。そう言うヤツが一番警察や病院や保険会社の世話になってるんじゃないの?
きっとそんな想像もできないくらいに気持ちが舞い上がってるんだろうけど。
「それでさ、どんな水着がいいと思う?」
桃花は鞄を引き寄せて中から一冊の雑誌を取り出した。表紙の女の子が見えないくらいに大きな字で何か書いてある。『タイプ別でキメる!この夏のモテかわ系水着』って恥ずかしい表紙だな。何だかレジに持っていくのすらためらいそうだよ。
「このワンピース良くない? でもこっちも可愛いし」
「何にも着ないのが一番喜ぶんじゃない?」
何気なく一言呟いて桃花の方を向くと、顔を真赤にして黙ってしまった。オイオイ、そんだけ遊んでそうな格好しててその反応?
ってかマジに取られてもこっちが困るし、もしかしてセクハラだったか?
「二人とも〜、何してるの?」
不意に背中から聞き覚えのある声が飛んできた。遠くまでよく響きそうな声、振り向かないでも分かる。『志堂
夏美』の声。
「桃花が新しい水着買うんだってさ」
相変わらず頬杖をついたまま後ろの夏美に答えた。ふうん、そう軽く答えて夏美は桃花の持っていた雑誌を手に取った。そして幾つかのページをめくった後、雑誌を桃花に返して近くにあった椅子に座った。
「モモ夏休みにどこか行くの?」
「へっへ〜、実はこの前知り合った大学生に海に誘われたの。夏美は夏休み何処か行く予定とかあるの?」
「多分うちは家族で田舎に帰るくらいかな? いいな〜、海行きたいなぁ」
親とか抜きで、夏美は天井を見上げながら付け加えた。いいじゃん、何処か行く予定があるならさ。そう思っていると夏美の視線がいつの間にかこっちを向いていることに気付いた。
「ユキは、何処か遊びに行く予定とかあるの?」
「……部活と、バイト漬け」
「うそ〜? 高校入って初めての夏休みよ、それでいいワケ?」
信じられない、そう言いながら桃花の声が若干高くなった。もしかして驚きや同情よりも優越感の方が強いですか?
遊びに行く相手がいれば遊びに行くよ。別に良いじゃん、部活とバイトで過ごす夏休みだって。
「ユキは剣道一筋だもんね」
夏美は笑いながら竹刀を持つふりをして空中に面打ちをしてみせて、桃花は興味無さそうに相槌を打った。桃花にとって剣道は暑くて辛くてむさ苦しい程度のイメージしか無いんだろう。剣道のどこが良いの?
とか本気で聞いてきそうな気がする。
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
予鈴に気付いて桃花が慌てて立ち上がった。夏美は大して慌てていない。勿論自分の席に座っている自分もだけど。
「ヤバ、岡村って時間にウルサイんだった。」
そう言って桃花は慌てて隣の自分のクラスへと戻り、ドサクサに紛れてゴミをまた机に置いて行った。何かスゴイ理不尽な気もするけど、仕方が無く自分のじゃないゴミをゴミ箱へと持っていく。一つ溜息をついて席に戻ると、夏美が笑っていた。
「モモってホントにユキのこと好きだよね」
椅子に座ったまま一つ伸びをしていると、夏美は笑顔でサラリととんでもない事を言ってのけた。危うく椅子から転びそうになった。
「……エエト、誰ガ誰ヲ好キダッテ?」
「だから、モモがユキの事」
一つ呼吸をしてどうにか落ち着きを取り戻す。
「冗談ヨセ、ただの腐れ縁だ」
「でもお昼に隣のクラスからワザワザご飯食べに来て、彼氏に一声も掛けないで帰たんだよ?」
「アレはもう彼氏じゃないってさ」
そう言って再び『元』彼氏の方を見ると、さっきと同じ体勢のまま携帯をいじってる。こっちも新しい彼女か何かとメールでもしてんのかな?
「ふうん、じゃあ何も問題無いね」
何が?
と聞いてしまった。話の流れからすればその先なんて聞かなくても分かるのに。だけど話はそこで終った。幸か不幸かガラガラガラとドアを開けて、担任の川畑が教室に入ってきた。それと同時にチャイムがなり始め、夏美を含めてクラス中に散らばっていた生徒たちが一斉に自分達の机へと戻る。
「今から成績表配るからな、覚悟しとけよ」
不意に後ろから背中を叩かれ、振り返った。桃花の『元』彼氏の『岸田
京助』が隠れるようにして座っている。後ろは京助じゃない筈けど、後ろにいる筈の奴は京助の席に座っていた。
「何だ京助、どーした?」
「高瀬さん。石川、さっき俺の事何か言ってましかた?」
別に何にも、とりあえずそう答えた。それ聞く為にワザワザ変わってもらったのか?
それにしても男にさん付けで呼ばれるのって妙な感じだな。そんなことを考えてると机に置いてあった京助の携帯が震え始め、京助は川畑から隠れながらメールを見た。
「何、彼女?」
「石川にメール送ったんだけど、メアドが変わってるみたいで返ってきた」
京助は苦笑しながらメールを見せた。確かに宛先が古いメアドになってる。
「なー高瀬、アイツのメアド教えてよ」
京助が情けない声を上げる。桃花のメアドが変わったの知ら無いって事がどう言う事か分かるだろ。
「嫌だ、自分で聞け」
しつこい京助を突っ返していると、背中から川畑の声が聞こえた。どうやらお呼びらしい。テストも出来てなかったし、別に成績表なんて要らないんだけど。
「おい高瀬、高瀬 幸成。成績表要らないなら黒板に貼っとくぞ」
それは困る、俺を笑いものにしたいのか?
「今行きますよ」
笑いものにされるのは勘弁、俺はさっさと欲しくも無い成績表を取りに行った。
成績は、やっぱりゴミ箱に捨てたくなるような結果だった。
―END―