「秘密」〜戦国奇怪草子〜
南方南
ダービー「ノベルフェスタ122」


 越後の国主・上杉謙信には人には言えない重大な秘密があった。
 彼が、己の体が他人と違うことに気付いたのは、まだ虎千代と呼ばれていた幼年時代のことだった。元服し景虎と名乗るようになった数えで14、5歳の頃には、自分の体に受けた呪いをはっきりと意識するようになった。
 人として生きて行くには、その「違い」を絶対に他人に悟られてはならない。
 彼が生涯不犯(未婚)を誓い、周囲がいくら勧めようとも女人を一切近付けようとしなかったのも、熱心に仏門に帰依(きえ)し、その教えを請(こ)うたのも、毘沙門天の守護を恃(たの)んだのも、すべては、その「違い」が原因だった。
 謙信は、ひたすらその秘密を守り通した。
 が、まったく誰にも知られずに過ごすことはできない。秘密を守るために、手助けをしてくれる者がどうしても必要だったのだ。
 秘密の守り手として、最も信頼の厚い、直江景綱、柿崎景家、千坂景親の三人の重臣が選ばれた。
 彼等は謙信の信頼に応え、絶対にその秘密を漏らすことはなかった。また、秘密が外部に漏れることのないように、彼等がありとあらゆる方策をとった。
 27歳の時、謙信は、真正の人として生きることのできない己に絶望し、国を出て、出家するという騒ぎを起こしたが、その時、謙信を諫めて国に連れ戻したのもその三人の重臣たちだった。
 彼等は、たとえ「秘密」を抱えていようとも、一国の主として必要な能力を兼ね備え、主君と仰ぐのにこれ以上相応(ふさわ)しい人物は他にいないと確信していたのだ。
 彼等は、国の為、そして、己の為に、献身的に、この少壮の主君に仕えた。

 下克上・群雄割拠の戦国の世である。
 上に立つ者の足を掬(すく)おうと、虎視眈々と狙っている者達が、それこそ山のように存在した。彼等は、名を馳せた武将の弱点を見つけ出そうと、常に隙を窺(うかが)っていた。
 ある時は忍を滑りこませ、ある時は臣下を籠絡(ろうらく)し、敵は、どんな些細(ささい)な秘密をも見つけ出そうと躍起になっている。
 謙信の秘密も、もし、それが漏れたならば、領内の人心は全て離れ、彼を国主の座から引きずり下ろすのに十分役に立つはずのものだった。

   * * *

「お館さまは、今月も臥(ふ)せっていらっしゃるのかい?」
 井戸のほとりで、まだ仕えて数ヶ月の下男が、長年上杉家に使えている古株のはした女に訊ねた。
「ああ、いつものご病気だ。お前さんが心配することはない」
 はした女は、仕事の手を休めることなく、早口にそう言った。
「でもなぁ、毎月毎月、決まってなるご病気なんて、聞いたことがない。一体お館さまはどんなご病気でらっしゃるんだい?」
 はした女は手を止め、ムッとした顔をした。
「そんなこと、わたしらが詮索することじゃない。叱られたくなかったら、余計なおしゃべりで時をつぶしてないで、せっせと働きな」
 洗い終えた野菜を入れた籠を抱えて、はした女はそそくさと下男から離れた。馬鹿な男のせいで、余計なとばっちりを食いたくないとその背中が物語っていた。

 下男は、遠ざかるはした女の後ろ姿を見詰めながら、スッと目を細めた。
 こういう反応を示したのは、何もこの女一人ではなかった。
 上杉家には、謙信公のご病気に関して噂することはあいならぬとの不文律があった。話すことに対して公式な処罰が定められているわけではない。ただ、上杉家に仕える者は、下々の者といえども、みな謙信公を敬愛していた。それゆえに、謙信公が語られることを望んでいないと知ると、敢えて話題に出そうというような者を、主君の意向に叛(そむ)く不埒(ふらち)な者としてつまはじきにしたのだ。
 主君に対する敬愛の情は分かる。しかし、こうも徹底されているところを見ると、そこに誰かによる策謀の気配を感じずにはいられない。
 日本的な閉鎖的空間においては、言葉に明記されない共有の「常識」が、法律と同等、もしくはそれ以上の価値を有していた。それを把握していることが集団の一員としての証(あか)しであり、鈍感にも気付かずにいる者は常識知らずとして排斥されてしまう。
 国法の違反者には目に見える公的な罰則が科せられるが、「常識」の違反者には社会的圧力という不定形の罰則が科せられることになる。その罰則には刑期がなく、目に見えぬ精神的圧力として常時加えられる為に、対象とされた人物を時には死に追い込むことすらある。いわゆる「世間の目」というものには、恐ろしい力があるのだ。
 それを上手く利用するのも、政治的策略の一つだった。
(やはり何かある)
 男の直感が、重要な秘密の臭いを嗅ぎ取っていた。
 普通、一国の主ともなれば、病すらも政治だった。
 敵の術中に陥るのを防ぐために、「病」という理由付けで危機を回避するということはあったが、概(おおむ)ね国主というものは、常に自分がいかに頑健であるかをア・ピールするものだ。些細な体調の不良が伝わっただけで、それがチャンスとばかりに、領内に不穏な動きが起こったり、他国から攻められたりする可能性がある。本当に国主が病に倒れた場合、固く伏されこそすれ、毎月「病」と称して部屋に籠もり、三人の腹心を除いて他の家臣を一切近付けないというのはどう考えても異常だった。
 男は、こうして下男の姿をしてはいるが、実は、謙信の宿敵・武田信玄の元からやってきた忍(しのび)だった。
 彼の任務は、謙信の弱点を探し出し、上杉家の領内の人心を攪乱(かくらん)することにあった。
(これは何としても秘密を暴かねばなるまいな……)
 男は、じっと機会を窺った。

 数ヶ月の観察で、謙信の病は必ず10日から13日にかけて起こることが判った。空にかかる月が半月から徐々に満ちて行く時期だ。月の満ち欠けは人の心にも体にも多くの影響を及ぼす。
 子供を産む女性の生理の周期も月に支配されている。満ち潮の時に子供が生まれ、引き潮の時に人が死ぬというのも月の力の神秘だ。
 この「病」と称される三日間、謙信は固く自室に閉じこもる。
 警護の兵は、部屋の周囲ではなく、棟の外で、棟全体を守るように配置される。謙信のいる部屋はおろか、その建物にすら、三人の腹心を除いて足を踏み入れることは許されない。食事すら、この三人の腹心が自ら運ぶという徹底ぶりだ。
 不思議なことに、「病」と称していながら、医師の立ち入りすら禁じられている。
 とある月の10日の晩、いつものように謙信が「病」と称して部屋に籠もったのを確認すると、忍の男は、謙信の居室がある棟に忍び込んだ。
 棟の周囲は厳重な警護の陣が敷かれていたが、黒い衣装を身につけ、夜陰(やいん)に紛れて屋根伝いにひっそりと移動する男の姿に気付く者は誰もいなかった。
 男は瓦を外して天井裏に忍び込んだ。
 謙信の居室の真上に忍び込み、覗(のぞ)くつもりだったのだが、意外なことに、防御はそこにまで念入りに張り巡らされていた。
 謙信が寝起きしている部屋の上部は頑丈な鉄板で遮られて、近付くことすら出来なかったのだ。
 忍の男は、この厳重な屋敷の造りに驚嘆するとともに、よっぽど重大な秘密が隠されているのだと、ますます確信するようになった。
 謙信の居室の上部にこそ立ち入る事が出来なかったが、この棟に入ることが許されているのは、謙信を除けば重臣の三人だけであることは判っている。しかも、彼等は常に三人揃っているわけでなく、一人ずつ交替で護衛の役を務めていた。
 忍の男は、隙を見て謙信の居室の周囲を調べた。
 どうやら鉄板で覆われているのは、天井部分だけではないようだ。
 部屋の周囲全てが鉄板で覆われ、蟻の子一匹這い入る隙もない。入口も、一見襖一枚で仕切られているように見えるが、襖を開けると、その中には鉄の扉があり、重い閂(かんぬき)が掛けられている。扉の下部に鍵付きの扉が付いた小窓があるが、今日の護衛担当であるらしい千坂景親がそこから食事を載せた盆を運び出すのを、男は身を隠している廊下の天井から目撃した。
 謙信よりも六つ年下で、三人の重臣の中で最も若い千坂は、きびきびとした足取りで去って行く。
 忍は、心の中で唸った。
(これではまるで、座敷牢ではないか……)
 いや。座敷牢というような生易しいものではない。あのような場所に国主を閉じこめる理由が分からない。
 千坂景親の姿が見えなくなると、忍は、そっと廊下に降り立ち、襖を開けた。
 現れた鉄の扉に耳を当て、中の気配を窺う。
 本当に謙信はこの中にいるのだろうか?
 何の物音も聞こえなかった。中が静かなのか、この扉が音も漏らさぬほど分厚いのか。
 その時、男には油断があった。食器を下げにいった千坂は、直ぐには戻らないだろうと高(たか)を括(くく)っていたのだ。
 不意に背後から肩を掴まれと思った途端、腕をねじ上げられ、投げ飛ばされていた。
 強(したた)かに体を打ち付けた忍が、痛みを堪えて顔を上げると、柿崎景家が恐い顔で睨(にら)み付けていた。どうやら、千坂と警護の任を交代したらしい。
 いや、すでにこちらの動きに気付いており、掴まえる機会を狙って隠れていたのだろう。柿崎の出現はあまりにもタイミングが良すぎた。
 これが三人の重臣のうち最も年上の直江景綱であったなら、なんとか逃れる術(すべ)もあったに違いない。柿崎であると言うこと自体、これが意図された襲撃であることを物語っていた。
 忍の男は己の迂闊(うかつ)さに歯がみした。
 柿崎は、小田原の後北条氏攻めや、武田氏との川中島の戦いで、先鋒を務めたほどの猛者(もさ)である。自分が多少の抵抗をしたところで太刀打ち出来る相手ではないことを男は知っていた。
 ここは主家に害が及ばぬよう自害するしかないと男が覚悟を決めたとき、柿崎は突如笑みを浮かべ、意外な言葉を口にした。
「その方、この中の様子を見てみたいのだろう? どうだ。話によっては見せてやらんでもないぞ」
 罠だ。
 と男は思った。が、相手の話を聞くのはそう悪い事ではないように思えた。もしかすると、不意を突いて逃げ出す手だてが見つかるかもしれない。
「なぜ、そんな事を言う?」
「今、ここには、わしとそなた以外誰もいない。ここで語ったことは誰にも聞かれる怖れはない。だからわしも、安心して本音が言えるのだ」
 柿崎は、少し目を伏せた。
 忍は、そんな相手の真意を探ろうと、柿崎の表情に注目した。ちょっとした動きをも見逃さないように。
「先が見えてしまうのだよ」
 柿崎は目を伏せたまま自嘲的な笑みを浮かべた。
「どういう事だ?」
「今のお館さまに仕えていても、わしに出来ることの限りが知れてるという事じゃ。ここではわしの人間は固まっており、それ以上にも以下にもならん」
「それの何が不満なのだ?」
「わしはな、己の力の限度を試してみたいのよ。わしはここまでの男に過ぎないのか、それとも、その先に登り詰めることの出来る男なのか、はたまた地に堕ち犬のように死んでいくしかない程度の者なのか。
 人の命は限りがある。ならば、どこまで先へ進めるか、とことん進んでみたくなるのが男というものではないか?
 そのためには、天下を目指せる者の下でこそ働きたい。
 残念ながら、ここの殿は、関東ごときで手一杯と見える。現状を維持するのに汲々とするばかりだ。今や天下への情熱も枯れ果てたと見える」
 忍は、柿崎の言葉に驚いた。この男は人生に安定ではなく波乱を求めているのか?
 否応なしに忍の世界に入れさせられ、忠誠を誓わされ、それに諾々(だくだく)として従っている男には、柿崎の心理が理解できない。
 男を動かしているものは、主家への畏(おそ)れと、そして、自分の能力へのちょっとした矜持(きんじ)だった。
 忍の世界の厳しさを生き抜けるだけの能力を持っている自分。そうした自分へのささやかな満足と執着だけが、彼を動かしている。
 それをはぎ取られたら彼は生きてゆけない。だからこそ、誰よりも忍であろうとし続けた。
 そこから抜け出して己の力を試そうとか、己の力で何かを成そうなどとは思ったこともない。
 ただ、主家からの命令があり、それを遂行できる自分がいさえすればいいのだと思っていた。そうやって生きてきた。
「お主の雇い主ならば、わしという男をいくらで買う?」
 細められた柿崎の目には危険な色があった。
 この男は、主君に仕える身でありながら、主君の命令によってのみ動くのではなく、己で己に命令することが出来るのか。忍の男にとって、それはちょっとした衝撃だった。
 生き方が違う。
 視野が違う。
 目指す高みが違う。
 人間としての格の違いの様なものを見せつけられて、忍の男は、ただ命令をこなすだけの自分がひどく惨めなものに思えた。
(だが……)
 と、忍の男はまた思う。
 自分自身の心の欲するものしか見ず聞かず、ひたすら高みを目指す生き方は、幸せなのだろうか?
 少なくとも自分は、命じられた使命を果たすことで、何某かの達成感を得ることが出来る。それは、小さな喜びかもしれないが、茫漠(ぼうばく)たる天を目指すような当て所(ど)のない生き方よりも、自分には合っているような気がした。
「我が主君へ仕官を願い出る手みやげに、ここの殿様の秘密をくれるというわけか?」
「勿論、それだけではないぞ。そなたが、わしに協力してくれるならば、そなたの仕える主は、この国に関するもっと大きな秘密をも知ることができるだろう」
 忍の男は、緊張に、ごくりと唾を飲み込んだ。自分と柿崎。相手の命運を握っているのはどっちだ?
「我が殿に、あんたの事を伝えるのは容易(たやす)い……」
 忍の男は慎重に言った。まだ、柿崎を全面的に信じていいものかどうか迷っていた。それに、この男には、主家に忠義を尽くすというよりは、主家を食い物にしかねない危うさを感じた。
 柿崎の申し出が本心からだったとしても、果たして、それを主家に伝えていいものかどうか。それが、主家の為になることなのかどうか、判断出来なかった。
「なら、話は早いな」
 柿崎は、忍の男の葛藤も知らずに、それが極当たり前の行為だとでもいうように、気軽に懐から鍵を取り出した。男が自分の申し出を断る可能性など微塵も考えてもいない様だ。
 それはそうだろう。断れば、男はあっさりと斬り捨てられるだけの運命なのだから。
 柿崎は、何の躊躇(ためら)いもなく、扉の下部にある小窓の鍵穴に鍵を差し込んだ。
 柿崎のその行為で、忍の男の腹は決まった。
(これで、秘密を手に入れられる――)
 そして、柿崎を国元へ連れて行くことができれば、さらなる秘密を手に入れることが出来るのだ。それは、自分が求められたもの以上の成果を主家にもたらすことになる。
 柿崎の人柄が気にはなったが、この男を臣下に加えるかどうか判断するのは自分ではない。この男をどうあしらうか決めるのはお館さまなのだと、忍の男は割り切ることにした。
 自分は命令を果たす。ただそれだけでいい。
「いいだろう。あんたの事は必ず我が殿に伝えよう」
「その肝心の殿だが――」
 柿崎は手を止めて言った。
「そなたの主君は、どちらの国主だ? 手助けして、後で知らぬ存ぜぬではわしの立場がない」
 忍の男の顔がさっと青ざめる。全てはそれを聞き出すための偽りか。
 返答しないでいると、柿崎は、小窓の鍵を外しながら笑った。
「そなたも慎重な男だ。なるほど、お前のような小者ですら、こうも口が固い。さぞかし、そなたの主君は、立派な方に違いあるまい。わしは、益々そなたの主君に仕えとうなったわ」
 蝶番を軋ませながら小窓を開ける。
「さあ、この中のものを見るがいい、そして、そなたの主君に報告するがいい」
 柿崎が体をずらし、男の為に場所を開けた。
 忍の男は、中を覗く前に、柿崎を真っ直ぐに見て言った。
「わが主君は、甲斐の武田信玄公だ」
 柿崎は、納得したというように、重々しく頷いた。
 忍の男は、柿崎の顔付きに満足して、身を屈めると、小窓から中を覗いた。
 人一人が這ってようやく通り抜けられるかどうかという狭い小窓だ。外からちょっと覗いただけでは、広い室内の壁の片隅が見えるだけだった。肝心の謙信の姿はここからでは見えない。
 男は、小窓の奥に顔を突っ込んだ。
 その時、突然、強く尻を蹴飛ばされた。
 抵抗することの出来ない体制で、部屋の中に押し込まれる。抗議しようと振り向いた男の目に見えたのは、閉ざされた鉄の扉だった。
 叩けども、引っ張れども、扉はびくともしない。
 罠にはまった事を知った忍は、がっくりと肩を落とした。
 が、男には、ゆっくりと自分の運命を呪う時間は与えられなかった。
 背後で獣が唸るような声がした。
 振り向くと、そこに、求めていた謙信の姿があった。
 男は、その異様さに我が目を疑った。
 部屋の上部に掲げられた松明が、その奇妙な姿をくっきりと浮かび上がらせている。
 謙信は、病気とは思えぬ艶やかな顔色をしていた。
 確かに体はどこも病気とは思われない。
 しかし、頭の中身はまさに病気が疑われた。
 謙信は、一糸纏(まと)わぬ姿でそこに立っていた。
 着物はおろか、下帯すら付けていない。
 美貌とすら言って良い繊細な顔立ちに、均整のとれた体。これ以上ない武将の中の武将と思われていた謙信だったが、今は、その美しさが返って魔物じみていた。
 何よりも、その目が危険な色を宿している。
 謙信は、猛獣が獲物を見るような目で、忍の男を見た。言葉など通じそうにない、獰猛な野生の目付きだった。
 謙信の薄い唇がフッと笑みを形作った。その口が、そのまま耳まで裂ける。
 忍の男は、悲鳴を上げた。
 忍らしくないという非難もあえて享受(きょうじゅ)しよう。
 人として、それは、あまりにも耐えられない現実だった。
 謙信の体が、目の前で変化してゆく。
 口が裂け、耳が尖り、体中に剛毛が生え、爪が伸び、尾が生える。
 一瞬の後、男の前にいたのは、巨大な灰色の狼だった。
 涎(よだれ)にまみれた狼の巨大な口が襲ってくる。
 逃げ場はどこにもなく、男は自分の運命を受け入れるより他無かった。
 忍の武器は携帯していたが、野生の敏捷さに人間の反射神経は追いつくものではなかった。
 喉に焼けるような痛みを感じたのは一瞬だった。
 男は直ぐに絶命した。

 鋼鉄で囲われた部屋の中で、巨大な狼が餌を食(は)む湿った音だけが響いていた。
 一日目、狼は、餌の臓物を食べ尽くした。
 二日目、狼は、餌の肉を食べ尽くした。
 三日目、狼は、餌の骨を砕き、髄を食べ尽くした。
 後には、バラバラになった骨の欠片(かけら)と、男が着ていた黒装束だけが残されていた。
 狼は、毛繕いすると、満足そうに眠った。

 四日目の朝、座敷牢の鋼鉄の扉が開かれた。
 冷たい床に裸のまま直に眠っていた謙信は、目を開け、柿崎景家が入ってくるのを見た。
「ご気分は?」
 柿崎は、涼しい顔で主君に訊ねた。
 謙信は、身を起こし、床や自分の体に付いた血の跡を見て、美しい鼻梁(びりょう)にしわを寄せた。
「また、おぬしの仕業か?」
 柿崎は、謙信の不愉快そうな顔に、微笑を向けた。
「少々邪魔な子鼠が侵入いたしました故(ゆえ)に」
「家の者か?」
 謙信の不興(ふきょう)を、柿崎はむしろ楽しんでいるかのようだ。
「いいえ。武田の間者(かんじゃ)でございました」
「毎度毎度、そうやって、わしに始末をさせるな」
 柿崎は、時々こうやって、主君に生贄を捧げた。それは、今回のように敵の忍であったり、または、主君を裏切ろうとした家臣だったりする。
「お館さまに始末して頂くと、後腐れがございませんので」
 柿崎はしゃあしゃあと言ってのける。
 確かに、わずかな骨片になった犠牲者は、まるまるの死体よりは後始末が楽だろう。
 謙信は、鉄臭い味の唾を吐き出した。
「湯殿の用意ができております」
 柿崎は、頭を下げると、静かに後ろへ下がった。
 謙信は、頷き、部屋を出ると棟内に設(しつら)えてある湯殿へ向かった。
 当時一般的だった蒸し風呂ではなく、人が体を沈めることが出来る大きさの桶(おけ)に沸かした湯がたっぷりと満たされていた。
 謙信は、その湯で体にこびりついている血を洗い流した。
 座敷牢の後始末は、半ば腹いせに、毎度、柿崎一人にやるよう言いつけてある。柿崎がどういう気持ちでその仕事をやっているのか謙信は知らない。懲りずに生贄を捧げ続けるところを見ると、血の臭いに満たされた空間を、案外、楽しんでいるのかもしれない。
 柿崎が主君に対してそんな態度を取れるのも、謙信が柿崎に対して遠慮無く嫌味な仕事を押しつけることが出来るのも、その裏にお互いの信頼があればこそだった。
 かつて、謙信が自分の運命に絶望して出家を試みた時、謙信の特異性をも忌避(きひ)せずに、全てを受け入れて、自分たちのお館さまとして認めてくれたのが、柿崎を含む三人の重臣達だった。
 彼等のお陰で自分が一国の主として――いや、人間として生きていられるのだということを、謙信は深く胸に刻みつけていた。
「我々は、お館さまが、いかなる者であろうとも、命をかけてお仕えいたします――」
 そう真っ直ぐな目で訴えてきた彼等を、死んでも裏切ることは出来ない。
 だから謙信は、いかなる呪われた体であろうとも、人間として真っ直ぐ前を向いて進むことにした。
 彼等の為にも生き抜く。そして、彼等は、謙信のそうした想いに全身全霊で応えてくれていた。

 体を清め終わると、謙信は、別室で待っていた直江景綱と千坂景親に手伝わせて、髪を結い、着物を身につけ、堂々と部屋を出た。
 何も知らない家臣たちは、毎月、病と称して姿を隠した主君が、今まで以上に色艶が良くなって部屋から出てくるのを不思議がったものの、それについて深く詮索する者はいなかった。
 彼等にとっては、元気になって出てくる主君がいさえすれば、それで構わなかったのだ。謙信公が、彼等を導いてくれる力ある国主で有る限り、彼等には、何の不満もなかった。

 謙信の秘密は生涯、いや、その死後も守り通された。
 三人の重臣たちは、その為に、ありとあらゆる手立てを講じていた。
 意図的に、謙信に対し「越後の虎」というあだ名を流させたのも、その策略の一部だ。どこかで真実を垣間見てしまった者がそれを語った所で、「謙信公は寅年生まれゆえ、虎と呼ばれておるのであって、同じ獣ではあっても、狼などではないぞ」と笑われるのがオチだろう。
 その延長として、重臣達は、各国の国主にも同様の呼び名を流布させた。
 曰(いわ)く、美濃の道三は「蝮(まむし)」だ。
 曰く、信長は、小姓(こしょう)の血を好んで飲む「鬼」だ。
 曰く、秀吉は、「猿」だ。
 曰く、家康は「狸」だ。
 人々は、それを、武将の性格を表す比喩と捉えた。そして、謙信の「虎」も同じようなものだと考えた。それが真の姿をカモフラージュするためのものだとは、ついに誰も気付かなかった。
 この「呼称」の流布によって恩恵を被った人物と、それを不愉快に思う人物とがいた。
 謙信と同じく、己の異形を隠して生きてきた者達だ。
 秀吉は、「猿」という呼称を嫌った。彼は、自分の過去が、藤吉郎という人間などではなく、花果山(かかざん)から来た斉天大聖(せいてんたいせい)の眷属(けんぞく)であるということがバレることを怖れていた。彼は心底人間になりたいと思っていたのだ。それも、ただの人間ではなく、多くの人々にかしずかれる立場の者でいたいと願っていた。故に、それが揺るがされることを大いに嫌悪した。
 家康は、「生き血をすする鬼」の呼称が信長に捧げられたことを心密かに喜んだ。後に政権を手中に収めるなり、伴天連(バテレン)の信仰を禁じた彼が、実は処女の生血が大好物だというのは誰も知らない秘密だ。
 秀吉の苦悩も、家康の生き様も、それなりに面白そうではあるが、それはまた別の物語。ここでは語られない。

 謙信が、志(こころざし)半ばでこの世を去ったのは、天正6年(1578年)3月13日のことだった。
 享年49歳。
 死因は脳溢血とも、信長の刺客によるものとも言われているが、「大虫」(婦人病の一種)と記す文献もある。
 「大虫」死亡説は、謙信女性説の論拠の一つとなっているが、もちろん謙信は女性ではない。
 13日。
 それはまさしく「病中」であった。
 彼の命を奪ったのは、心臓に寄生する虫だったというのは、決して知られてはならない秘密だ。その寄生虫は糸状虫という。すなわちフィラリアだ。
 謙信の遺骸は、封印され、何人(なんぴと)にも暴かれることのないように、遺された臣下によって厳重に護られた。
 謙信は辞世の句にこう詠んだという。

「極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし」


参考文献

【Wikipedia】
上杉謙信
直江景綱
柿崎景家
千坂景親

【その他のサイト】
◆上杉謙信は女性!?
http://www.interq.or.jp/asia/kakka/sacc/cg/list/nobunaga/kensin_w.htm
◆無念の最期を遂げた武将 TOP3
http://www.m-network.com/sengoku/sen-14.html
◆武家家伝-柿崎氏
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/kakizaki.html


ご注意※この物語はフィクションです。(笑)


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