Convenience Storys・10 「酒と泪と男と子供」
南方南
七夕賞「ノベルフェスタ123」
真夜中のコンビニには、奇妙なお客がやってくる……
「これ、くだ…… しゃい……」
ゴトンと音がして、振り向くと、小さな手が500ミリリットルの缶ビールをカウンターに乗せた所だった。
カウンターにようやく背が届くといった小さな男の子。なぜかサラリーマンのようなスーツをしっかりと着込んでいる。愛くるしい顔に、大人びたスーツ。そのアンバランスがなんとも可愛らしい。
「ボク、こんな時間に一人?」
ボクは、背を屈めて男の子に訊ねた。
「うっ」
男の子は、驚いた顔をして周囲を見回し、そして、腕を振り回し、足踏みし、腹を手でさすった。
「ちまった」
店内の壁に掛かった丸い時計を見上げる。
「12時過ぎちまったか……」
がっくりと項垂れる。
「お遣いに来たの? でも、大人にしか、お酒は売れないんだよ。お父さんにそう言ってね。ゴメンネ」
男の子は泣きそうな顔になった。
「おれは、おとななんだ。ほら、めんきょちょうもある」
そう言って、胸のポケットから財布を取り出し、免許証を見せた。
そこには24、5歳の男の写真が貼ってあった。確かに男の子とよく似ていた。が、いくらボクだって間違いようがない。
「大人の大事なものを持ち出しちゃだめだよ。早くお帰り」
「だから、これが本当のおれなんだよ。呪いで12時過ぎると子供になっちゃうんだ。毎日残業で、帰りはちゅう(終)電。たまにはビールの一杯でも飲みちゃいのに、どんなにはち(走)っても、駅から一番近いこの店にちゅ(着)くのが12時ギリギリ。ちゃの(頼)む。売っちぇくれよ」
拝まれた。
そんな事されても……
「呪いなんて言われても信じられないし……」
困る。
「ほんちょう(本当)に、呪いなんだ」
子供は、手に提げた子供には大きすぎるビジネスバッグを床におき、しゃがみこんで中をごそごそと探った。
「これだよ、これ」
神妙な顔で差し出したのは古びた新書本だ。表紙の絵柄からするとホラーのようだ。
「ちゅうしぇい(急性)アルコール中毒でち(死)んだ若者の呪いがかかっちぇる本なんだ。ち(死)ぬちゅんじぇん(寸前)にちっかりと握りちめていたというこの本にアルコールを垂らちてちまうと、夜中の12時から翌朝の6時まで、子供になってちまうんだ。飲み会で、そんな話しが出て、冗談半分にビールを垂らちてみたら、本当にこうなっちまったんだよ」
男の子はウルウルした目でボクを見た。
「ちゃのむ。本当におれは大人なんだ。ビールの一杯ぐらい飲まちてくれよ……」
「そう言われても……」
それが本当なら、実に気の毒な話だと思う。
でも、渡された本をパラパラとめくって見たが、染みだらけだと言うほかは何の変哲もないタダの本だし。信じろと言われてもねぇ……
「本当かどうか、実験してみればいい」
突然、店長の声がした。
いったいいつ現れたんだろう?
店長は売り物の缶ビールを片手にカウンターに近付いてきた。
男の子の前まで来ると、プルタブをプシュっと抜いて、左手を腰に当て、眼鏡を店の照明にキラリと光らせつつ、缶の中身を美味そうに喉に流し込んだ。
ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ。
男の子は、その姿を羨ましそうに見上げている。物欲しそうに開いた口の端から涎が垂れた。
「ちゃのむ。売っちぇくれ!」
カウンターに抱きつくように訴えてくる。目が必死だ。
「店長、実験って、どうやって……」
「キミが、その本にビールを垂らしてみればいい。それで子供になったら、この子の言っていることは本当だ。姿はこうでも、確かに大人ならば、売っても問題あるまい」
店長は、そう言うと、ボクに飲みかけのビールの缶を差し出した。
男の子が期待を込めた目でボクを見詰める。
しかたない。
呪いなんて、そんなバカなことがあるはずないんだ。
ウソが証明されれば、この子は素直に帰ってくれるだろう。
ボクは、本をカウンターに置き、その上でビールの缶をそっと傾けた。
「あ。キミ、いくちゅだ?」
男の子が突然思い出したように言った。
「確か、19だったよね」
店長がにこやかに言う。
ボクは頷いた。
傾いた缶からビールが一滴垂れる。
「そりゃまじゅい! この呪いは、子供にするんじゃなくて、歳を20若返らしぇるんだ」
ビールの雫が、本に向かって落ちてゆく。
「ち(死)んだ若者は、みちぇい(未成)年だったから、同じくみちぇい(未成)年で酒を飲もうとするやつを罰ちようとちて……」
雫が本に当って染みを作る。
途端にボクのカラダは縮み始めた。
「みちぇい(未成)年は、生まれる前にもろ(戻)ってちまうんだ……」
って、そんなこと、もっと早く言ってくれよ〜
あわわわわ〜〜〜
「あ〜 消えてませんね。こりゃよかった♪」
店長がわざとらしく言うのが聞こえた。
すっかり縮んだボクは、カウンターの後ろで、床に寝ころび、手足をバタバタさせていた。
ミニサイズのジーパンにTシャツと、やっぱりミニサイズになった店の制服。
そういえば、12時過ぎて日付が替わったから、今日はボクの20歳の誕生日じゃないか。
良かった。胎児とか卵子とか、それ以前の考えたくない状態とかに戻ってしまったわけじゃなくて。
「これでわかっただろ?」
男の子が勝ち誇った声で言った。
「おれは大人なんだ。だから、ビール売っちぇくれ」
店長は、カウンターの内側に入ってくると、ボクをそっと抱き上げて、首を振った。
「どうちてだよ!」
男の子が抗議する。
「だって、キミ。キミは、この赤ん坊に、元々大人だったからってビール飲ませられるかね?」
男の子は、思いっきり顔を顰めた。
それから何かを必死に考えているらしく、上を見たり、横を見たり、一人で百面相をやったあと、ぼそりと答えた。
「…………できない…………」
「じゃあ、キミもお帰り。呪いが解けたら、またいらっしゃい」
店長がにっこりと笑いかけると、男の子は項垂れた。
「呪い、ちょ(解)けるかな……」
「さあ?」
店長は、飽く迄も、にこやか、かつ、無責任だった☆
男の子はとぼとぼと出口に向かった。
自動ドアの所でもう一度振り向き、物欲しそうな視線を向けたが、溜息を吐くと、重そうなカバンを引きずりながら帰っていった。
「さて」
店長は、腕に抱き締めたボクを見て、にっこり笑った。
いったいどうしてくれるんですか!
抗議してみたが、ボクの口からは、ただ泣き声が出ただけだった。
「ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ!」
「お〜 よちよち。仕方ないから明日の6時まで面倒をみてあげまちゅよぉ〜♪」
店長は嬉しそうに頬擦りをした。
ぎゃぁ〜 嫌だぁ〜 帰りたいっ!!
「ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ!」
「おやおや。オチメでちゅか? 今、ちゃんとちてあげまちゅね〜」
店長はそう言い、売り物の紙おむつを手に取った。
「ちんぱいちなくていいでちゅよ〜 あとで、ちゃんとキミのバイト代から引いといてあげまちゅからね〜♪」
ボクは思いっきり抗議の声を上げた。
「ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃん!!」
了
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