愛は牛歩戦術
南方南
帝王賞「ノベルフェスタ127」


1.朝起きると、隣の蒲団の中で夫が牛になっていた

「おい、なぁ、俺、なんか牛になっちゃってるよ。牛だよ、牛!」
「ああ〜ん? うっさいなぁ。食べて直ぐ寝ると牛になるって、子供の頃教わらなかったの? ダメじゃん」
「食べて直ぐになんて寝てない」
「じゃあ、なんか悪いもんでも食べた?」
「食べてない、食べてない」
「夢ん中で拾い食い」
「してない、してない」
「う〜ん。じゃあ、原因不明だわ。しょうがないじゃん。諦めたら?」
「ちょっと待て、寝るな。重大事じゃないか、起きろ〜 てか、もう朝だから」
「ちょっと疲れてるだけだよきっと。あなたって、休日も何やらかにやら動きっぱなしなんだもん。今日は仕事休んで寝てたら?」
「それで治るかなぁ?」
「さあ?」
「って、お前が寝るな! お前がっ〜〜〜!!」


2.娘は父親を嫌うもの

「親父、くっせぇ〜 何か臭せぇ〜 最低ぇ〜 信じらんない」
「お父さん、牛になっちゃったんだから、仕方ないでしょ。少しは我慢しなさいよ」
「ありえねぇ〜 毛深いし、角生えてるし、ひずめだし。よだれ垂らしてるし。そのくせ目だけ異様に可愛らしいし。萌えだよ、目だけ萌え。ありえねぇ〜 絶対にありえねぇ〜っ!!」
「あり得なくないわよ。普通でしょう。牛のチチ」
「ありえねぇ〜 おかん、ありえねぇ〜!!」


3.息子は微妙なお年頃

「おはよう」
「…………」
「おい、挨拶ぐらいしたらどうだ?」
「…………」
「そりゃあ、父さん、こんな姿になってしまって、お前としては複雑な心境かもしれんが……」
「…………」
「ちょっとぐらい口きいてくれてもいいだろう?」
「…………」
「待て、ちょっと、待て! それは角だ! ゲームのコントローラーじゃねぇ! お前、寝ぼけてるだろ! てか、まだ寝てるな? 目ぇ開けたまま寝てるな! 起きろ!!」


4.病院へ行こう

「何探してるんだ?」
「タウンページで家畜病院さがしてるのよ。普通の動物病院は犬猫・小型動物って書いてあるし……」
「俺、人間だから、人間だから」
「どの辺が?」
「………………」


5.行ってらっしゃい♪

「とりあえず、近所の総合病院に行こう」
「行ってらっしゃい」
「付いてきてくれないのか?」
「何言ってんの? 子供じゃあるまいし」
「普通こういう難病には家族が付いてきて、患者とは別室に呼ばれて医者に言われるもんだろ? 『奥さん、残念ですが、ご主人は……』」
「『牛です』ってかぁ? 本人に隠す必要もなく、牛ですから。はっきりしっかり牛ですから。間違いなく牛ですから。大丈夫。行ってらっしゃい」
「だって、一人じゃ心細いじゃないかぁ……」
「へ〜え。ふぅ〜ん。ほおぉ〜う。付いてこいっていうの? あたしに? このあたしに? ねぇ、このあたしに本気で付いて来いとか言うわけ!? へえぇぇぇ〜〜〜」
「いえ。いいです。すみません…… ごめんなさい。一人で行ってきます」


6.道路交通法違反

「そこの牛、止まりなさい! 二足歩行している牛だ。そうだ、キミだよキミ!」
「なんでしょう? お巡りさん。俺はただ歩いてるだけですけど?」
「歩道を歩くな。牛・馬は軽車両扱いだ。車道左側端を走行するよう義務付けられている。車両進入禁止には入れないし、携帯使用禁止。傘差し運転も禁止。当然路上駐車も違反だ。飲酒運転も禁止だし、牛自身が酒を飲んでれば整備不良車両になるからな。それから、夜はちゃんと灯火を点灯しなければ、5万円以下の罰金だぞ」
「以後、気を付けます……」


7.愛のビーフステーキ

「どうしたんだ? 今日の夕飯はやけに豪勢じゃないか。誰かの誕生日…… じゃないよなぁ……?」
「いやぁ…… そのぉ…… ほら、何となく、見てたら食べたくなるじゃない」
「で? 俺の分は?」
「牛って、草食でしょ? 庭にいっぱい草用意してあるから」
「あれは、単に草むしりがキライなだけだろ。雑草を背丈に届きそうになるまで放置して。無精なだけだろう」
「ま、いいじゃん。お陰で役に立つんだから。生えるに任せておいてよかったわ。雑草は雑草じゃないって、中学の時の理科の先生が言ってたし」
「けんけーねーよ」
「親父ぃ、俺が草むしってきてやろうか?」
「ヒロコ、お前、何か面白がってないか? なんだ、そのアヤシイ笑顔は。冗談じゃない。俺は草なんて食べないからな。俺もビーフステーキを食べる」
「お父さん、ダメよ。共食いしたら、狂牛病になっちゃうよ? いいの?」
「良くない。それは良くない」
「じゃ、庭の草むしり、お願いね〜♪」
「…………」


8.仕事に行こう(ダーリンは宅配屋さん)

「このまま仕事を休み続ける訳にはいかないしな」
「そうね。医者には、ここは人間の病院だって言われるしね。獣医には、健康だって太鼓判押されるしね。仕方ないよね」
「足はどうにかなる。アクセルとブレーキを踏めばいいだけだからな。手が問題だよな。ひずめじゃ、ハンドルは握れん」
「手に輪っかにした粘着テープ貼っとけば? ハンドルにペタってすれば、動かせそうじゃない?」
「なるほど! そいつはイイかもしれない。で? この姿はどうする? 免許証の写真と明らかに顔がちがうぞ?」
「整形する…… とか?」


9.役に立つものも有るはずっ

「車に乗れない配達屋なんて…… ホント、役立たずだわよね…… 牛なんだから、せめて牛乳でも出せないの? ……て、あなた雄だから、しゃぶっても出てこないか……」
「いや、そう役立たずでもなさそうだぞ。人間だった時よりも、でっかいし、元気だ。しゃぶってみるか?」
「しもねた禁止」


10.乗れないなら乗せろっ!

「せっかく牛なんだから、いっそ自分で荷物引いて行ったら? 今日はわたしも付いていってあげるわ」
「って、どこから、そんな荷車出して来たんだ?」
「そりゃ、もちろんポケットの中から……」


11.牛の呪い

「やっぱり、のろいな」
「そうね。のろい、のろい。本当にのろいよ」
「こりゃ恐ろしいことになった」
「いつになったら仕事場に着くの?」
「あ、明日の朝かなぁ……」


12.一難去らずにまた一難

「きゃぁ〜〜〜 どこ目ェ付けて運転してるのよっ うちの人に衝突して、どうしてくれるのよっ!! 何が、暗い夜道に黒い牛のボディが見えなかっただわよ! あんたの目は節穴かぁっ!! ああ、死んじゃう〜 死んじゃうぅ〜 早く救急車呼んでよっ」
 ぴ〜ぽ〜 ぱ〜ぽ〜
「怪我人はどこですかっ!!」
「ここよ! 目の前に倒れてるでしょっ!! ああ、お父さんっ!! しっかりしてっ」
「牛は運べません」
「そんなっ このヒト人間なんです。姿形はこんなだけれど、わたしの夫なんです。助けてください! 見捨てないでっ!!」
「奥さん、危ない。牛を持ち上げるなんて…… うわぁ〜 こっちに投げようとしてるでしょう! 牛、投げつけようとしてるでしょ」
「投げつけられたくなかったら、早く病院へ運んでよっ」
「ハイ……」


13.愛の力

「ああ、お父さん。しっかりして。目を醒まして。ねぇ! お父さん!!」
「奥さん、落ち着いて、あなた、ご主人の首絞めてますから……」
「ああ、お父さん、お父さん!! お父さんがいないと我が家は困るの。お願いこんな姿で死なないで。どうせ死ぬなら、元の姿にもどってからにして。人間として生まれたのだから、せめて人間の姿で死なせて上げたい。だって、このままの姿じゃ保険が下りないかもしれないし、事故の相手から賠償とれないかもしれないじゃない…… あ♪ でも、国産黒毛和牛の肉って、高く売れる?」
「……って、お前の心配はそれかいっ!?」
「あ、意識を取り戻した……♪」


14.ああ、無情

「ふ…… お前にとって、俺は、都合のいい男に過ぎなかったんだな」
「まあ、有り体に言えば、そんなこともなきにしもあらずってわけでもないわけでもない……」
「否定の否定の否定の否定で肯定かよっ!」
「でもね、お父さん。お父さんと暮らして十八年。よく持ったと思うのよ」
「こっちも思うよ。(ーー;)」
「あれほど結婚前にハゲにだけはならないでって泣いて頼んだのに、額がどんどん後退していっても我慢している。リストラされても、そのあとロクな仕事にありつけなくても、水虫になっても、子供達に莫迦にされていても、それでもお父さんと離婚せずにいるのはなぜだと思う?」
「他に貰ってくれる男がいなかったからだろ?」
「そうよ…… そうなのよ! ああ! 悔しい。憎たらしいことに、わたしには、あなたしかいなかったのよ…… フン。他にもっといい男がいたら、絶対に乗り換えてるわよっ! でも、わたしにはあなたしかいなかったの。あなただけがただ一人の、わたしの大事な旦那様だったのよっ、こんちくしょう。世界でたった一人の大事な人なのよっ、ああ、うっとうしい!」
「それ、喜んでいいんだか、怒っていいんだか、よくわからないセリフなんだけど……」
「三日飼えば情が移るっていうじゃない……」
「俺は、猫かっ!」
「いや、牛だから…… ううん。言いたいのはそんなことじゃない。十八年間の情は、そう簡単に捨てられないってことよ。例え牛になっちゃったとしても、お父さんはお父さんだし、お父さんと暮らした日々の想い出はわたしの大事なメモリー」
「ああ、そうだよな。こんな女房でも、十八年も連れ添えば、例え鬼瓦かシーサーかにしか見えないクソババになっても、そう簡単に捨てるわけにはいかない。つくずく情とは恐ろしいものだ……」
「殴っていい?」


15.人生のドラマの筋書きは、自分で書け!(己の都合のいいように)

「俺、こんな体になって…… しかも車に轢かれて…… もうだめかもしれないな…… お前との人生はそれなりに楽しかった。うん。俺はイイ女房を貰ったと思う。お前のお陰でイイ人生を歩めたよ。俺が死んだら、後のことは頼む。子供達も立派に育ててくれ。愛してるよ、アキコ……」
「うっわぁ〜〜 キモッ!! 鳥肌立つ。愛とか恋とか、真面目な顔でいうのやめてくんない?」
「……って、ちょっと待て。ここは、死なないで、あなたっ! とか、涙ながらに叫んで感動的なシーンにすべきところだろ? 自分の人生のシナリオを自ら貶めてはダメだ」
「冗談じゃないわよ。何がイイ人生だっただわよっ! 人生これからじゃない。これから二人のメモリーをもっと書き加えていくんでしょ? 死ぬなんて許さないからねっ 特に牛のまま死ぬなんて。どうせ死ぬなら、人間として正しい死に方をしてっ。牛のまま、惨めに死んでくあなたなんて、見たくない!! 妻子の事を思う夫の正しい死に方は、高額の生命保険に入った直後、交通事故でぽっくり即死に決まってるじゃない。保険金ぷらす賠償で、遺族はがっぽがっぽ、そのあと路頭に困る心配もないのよ!」
「なんか、すご〜く、ムカつく。死ぬに死ねないじゃないか」
「だから、生きてって、いってるでしょ。わたしには、あなたしかいないって、さっきから言ってるじゃない。あなただけなんだから。ね? お父さん」
「……………」
「…………?」
「あれ? 今、ちゅうした? 口にちゅうした?」
「随分、古典的な解決方法だけれど、うわ〜い♪ お父さん、牛じゃなくなってるわよぉ〜♪ 人間に戻ってる!!」
「やったぁ! アキコ、これからも二人で幸せを築いて行こう!」
「え? あなた死にそうだったんでしょ? 人間に戻ったから、いつ逝ってもいいけど?」

 おいおい!


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