その瞬間から続く恋愛模様
沖田 遊魂留
ノベルフェスタ・桜花賞





別に待ち合わせをしているわけじゃない。
放課後、部活を終えて着替えて教室に戻ってくる頃には、
同じく部活を終えて教室に鞄を取りに来る君と鉢合わせになる。
毎日の事。

別に一緒に帰ろうと持ちかけたわけじゃない。
そう誘われたわけでもない。
ただ、なんとなく二人で一緒に校門を出るのが日課になっていた。

二人の距離は微妙で、間に一人並んで歩けるぐらい。
昨日見たテレビの話しとか、今日出た宿題の話しをどちらからともなく話し始める。
適当な相槌を繰り返し、繰り返され、時折笑い、時折微笑み。私たちは歩いていく。
駅につき、同じ電車に乗り、電車の中で繰り返される会話は他愛もない話。
明日の授業の話し、今日のテレビの話し、部活の話し。
10分と立たないうちに電車は駅につき、揃って私たちは電車を降りる。
改札を出て、駐輪場に君が自転車を取りに行く。
軽く手を振って、私は自分の家に向かって歩き出す。
五分もしないうちに、自転車に乗った君が追いついてくる。
何も言わずに私の横に止まるのを合図に、私は君の自転車に鞄を放り込む。
後輪に取り付けたステップに跨ると、君は自転車を走り出させる。
君の両肩に添えた私の手に、君のぬくもりが広がっていく。
学校を出た時よりも大きな声で、また会話を始める。
自転車が切り裂いていく風の音が君の声を、私の声を遮る。
その度に私は君の声を逃さないようにと顔を近づけ、君も大きな声を張り上げる。
自転車は私の家の近くの公園でそのスピードを落としゆっくりと走る。
私の家の前に着く頃には、二人とも自転車を降りて歩き出していた。
私が軽く手を振ると、君は決まって困ったような苦笑いをする。
それが名残惜しそうな顔には到底見えないのだが、私がその表情の意味を問いただすと
君はそんなような事を口にする。どこか冗談っぽくて、本当かどうかわからない。
二人して苦笑いに近い笑顔を交し合うと、私は踵を返して家へと入っていく。
君が背中越しに声をかける明日の約束を私は振り向かずに手をふって返事をする。
振り向いてしまったらなぜかそこから一時間ぐらい話し込む事になるからだ。

家にあがったらすぐに二階の自分の部屋にかけあがる。
カーテンをあけて窓からそっと道を見る。
いま君と走ってきた道を君が自転車を漕いで行く後姿を見る。
君の家は駅を挟んで反対方向なのだが、君は毎日私を家まで送り届けてくれる。
別に良いとは言ってあるのだけれど、君はなぜか譲らないので、
お言葉に甘えて毎日自転車の後ろに乗せてもらっている。
ふと気づくと君の姿が見えなくなっていた。
毎日そうだ。今日交わした君との会話を思い起こしているうちに君の姿を見失う。
気づいたように私は鞄を机の上に置く。
そして何事もなかったかのように、着替えて居間へと降りて家族と会話を始めている。

お風呂に入り、食事をし、歯を磨いた頃に君からメールが入る。
別に他愛もない話。
歯ブラシを口に咥えたまま返信をして、口をゆすぐ頃にまたメールが帰ってくる。
テレビを見ながらメールを繰り返し、寝るその寸前までメールを受信し、返信する。

いつもと同じ時間に目が覚めて、いつものように洗面台と20分睨めっこして、
最大限の妥協案を自分自身に押し付けて、こんなもんかと格好を決めて家を出る。
駅までの道のりを欠伸を隠しながら歩いていく。
駅につき、毎日決まった時間に決まった場所から乗る電車。
プラットフォームに滑り込んできた電車に乗り、扉が閉まる寸前になると君が飛び乗ってくる。
荒い息を立てながら君は朝の挨拶をぶっきらぼうに吐き出す。
毎朝見慣れた光景だ。
昨日のメールの続きを喋りながら気づくと降りる駅が近づいている。
途端に私が喋らなくなり、君は一歩扉へと近づく。

電車が止まると同時に君は小走りに改札に向かい、私はゆっくりと改札へ向かう。
改札近くで君が君の友達と小突き会いしながら笑い合い、学校へと向かっていく。
私は改札で五分間待つ。その間にクラスメイトたちが一人、二人と通り過ぎ、
私の親友たちも一団となって改札から出てくる。
毎朝決まった仲間たちと決まりきったお喋りをしながら学校へと向かう。

退屈な授業。
黒板の文字だけはしっかりノートに取っておけば、テストで困る事はないから、
それだけ終えたらノートの切れ端に落書き。
眠い午後の授業を乗り越えたら、部活の時間だ。先輩と後輩に囲まれながら
ワイワイとその時間を過ごすのはとても楽しい。

部活が終わって教室に戻ると、君が丁度教室を出る時だった。
別に待っていてと頼んだわけではないが、君は教室の出入り口で立ち止まっていた。
二人で揃って学校を出ようとすると、私の下駄箱の中に一枚の手紙が入っていた。
いまどき古風なもんだとは思ったがものの、
生まれて初めての経験に、ドギマギは隠せない。すると君が頭の上から声をかけた。
嫌味交じりに、苦笑交じりに、どこか楽しそうで、どこか寂しそうな顔をする。
手紙を開いてみた。恥ずかしくなるような言葉が並べられていた。
君が私にぼそりと呟く。その言葉に内心複雑だ。
少し困った顔をしていると、彼が静かに喋り出した。
その言い分はわかる。だが私の言い分もあるだろう。
ぱっと出てくる言葉は無いが、私はこれでも女なのだ、男の気持ちの理解は難しい。
女の言い分を君が理解出来ていないように。
しばし考えたが、君の言い分に従ってみようと思う。
それを凝縮した言葉を一言吐いた。君が嬉しそうな寂しそうな顔をする。
足早に靴を履き、一言だけ呟いて君は歩いていった。
一人残された私は、手紙を鞄にしまった。
何を思ったのか鏡を開いて身だしなみをチェックする。ほんとに何を思ったんだが。

いつも向こう校門とは逆の方向に歩いていく。
校舎裏、人気の無い所にあまり見覚えの無い人が立っていた。
見覚えがまったく無いわけではない。別のクラスの誰か、と言う事だけはわかる。
何度か会話をしたことがあったかもしれない。その程度だ。

私が近づいていくと、彼は私が見てもわかるぐらいの緊張をあらわにして、
ゆっくりと、その思いを私にぶつけてきた・・・










校門。
いま、一人の男の子を傷つけたのかな。そんな自惚れた事を考えながら通り抜けた。
通り抜けた瞬間に、門の影に隠れていたのか待っていたのか、
静かな足取りで君が私の隣に寄ってきて、並んで歩き出した。
別に待っていてと頼んだわけじゃない。君も待っていると言ったわけじゃない。
ただ二人で、何も喋らないまま歩き出した。
駅までの道のりは長かった。君は何も聞かないし、何も喋らない。
何を言っていいのかわからないし、何を聞いていいのかわからない。
だからといって何か喋ろうとも思わない。君は隣にいる。

ふと、私が顔を見上げると、君の視線はまっすぐに前を向いていた。
だが、その視線はいつものように空を見上げるような爽やかさは無く、
どこか暗く、無理しているようだ。

思わず言葉が出た。

その問いにも取れる一言に、彼は苦笑いを浮かべる。

しばしの沈黙。

彼は言葉を吐き出した。まるで吐息のように。まるで当たり前に。
そうか、そういう事か。
さっきの手紙の男の子も古風だと思ったが、君も大概に古風だな。

それをきっかけに、吐き出すように私は喋り出した。
なにかを取り繕うように喋り出した。
別に嘘をついているわけじゃない。別に隠し事があるわけじゃない。
いや、隠し事はあるのだけれども。

その姿が滑稽だったのか、彼は思わず苦笑いを浮かべた。
それに少々むくれた。別に変な事は言ってないし、笑われるような事も言ってない。
すぐにそれに気づいた彼が平謝りに言葉を並べる。
許す許さないじゃない。別に怒ってなどいない。
私の機嫌を損ねてないと知ると、君は安堵の笑みを漏らした。
普段あまり見ない君の優しい笑顔だ。

そういう顔、もっと私に見せても良いと思うよ。

駅に付く頃はいつもと変わらない他愛も無い話をしていた。
お互いに手紙の事は話題に出さない。
プラットフォームに滑り込んでくる電車に二人で乗り、二人で降りる。
駅から私が歩き出すと、いつもと変わらず、君が自転車で追いかけてくる。
私は自転車の後輪のステップに跨って、家まで送ってもらう。

毎日これの繰り返し、毎日これが続くと思った。

思ってた。


帰り際、家の中に入ろうとする私に、君が一言言葉をかける。
いつもは家に入ろうと決めたら振り返らない。軽く手を振って答えるだけだ。
振り向いたらそのまままた話しこんでしまうから。
でも、反則だよ。そういう事言うのは。

思わず振り向いた。君がなにか寂しそうな顔をしている。

こういうのには順序やなんやらあるのだ。私の心の準備だってある。
私の顔にそう言いたいのが出ていたのだろうか、その気持ちを君は察してくれたのだろうか、
君は見たことも無い飛び切りの優しい笑顔を見せてくれた。

どうして言いのか、どう言っていいのかわからなくなった。
頭の中が真っ白になるとはこういう事か。
私が無言で君の顔を見つめていると、君はまた寂しそうな顔に戻る。

明日の約束。初めての明日の約束。

いつもは、約束なんてしなくても良い。
気づいたら君が隣に居て、気づいたら毎日一緒に学校に行って、帰ってきて。
気づいたら・・・





一人で電車に乗る。退屈な授業。
部活を終え、一人で電車に乗り、一人で歩いて帰る。
毎日自転車で帰っていたはずなのに、いつもより早く家についた気がした。
自分の部屋でふと窓の外を見る。
毎日の習慣になっていた。君の後姿を見送る事が・・・





変化は突然にやってくる。
じわりじわりと真綿で首を絞められるよりかはよっぽど良いが、
突然は突然で結構苦しく、切なく、悲しいものだ。
鳴らない携帯電話。メール着信音は二人の好きなアーティストの名曲。
その曲がもう流れる事はないのだろうか。
ベットの中で、携帯を握り締めて寝てみる。いつメールが来ても良いように。





グダグダと考え込むのは性に合わない。
ウジウジとしながら過ごすのは嫌いだ。

だけど、後悔ぐらいはしても良いと思う。
あの日の自分に会えるのなら、あと一言ぐらい言っても良いだろう。と、
背中を押してやる事が、今の私に出来るだろうか?
出来ないにしても、そうしたいと思う気持ちはある。


教室。彼の机。部活の為の大きな鞄が掛かっていた机。主人を失った机。
クラスの男の子たちが机に花瓶を乗せた。悲しくなった。
それを静止する言葉が出せなかった自分に悲しくなった。

毎日は簡単に動き出す。

私を置いておいて欲しいと思っても、私を乗せて走り出す。

日常の変化などは簡単に巻き起こる。
そのうち彼のことも忘れるだろう。
そしていつか結婚でもするんだろうか。
まだ見ぬ誰か、もう知ってる誰かか・・・
すっかり忘れた頃に、ふと君の事を思い出して涙する日でも来るのだろうか?
毎日部屋に帰ってくると、あたり前のように家の外へと目をやる。
窓の冊子をつかんで自分の嗚咽に気づいて涙を止める努力をしてみる。
そんな事は無駄なのに。
忘れるのが一番良い事だと自分に言い聞かせる。
自分の中でもそれで納得してみせる。
納得すれば忘れられる。そう思う。そう忘れられる。





忘れたくない・・・





自分のきちんとした気持ちに向き合う事は勇気のいる事だと知った。
気持ちに気づかないようにするのは難しい。
だから気づかない振りをした。向かいあう事をしなかった。

彼の最後の言葉を思い出す。
無茶な事を最後に私に押し付けていった。
その言葉がひっかかって、私はなんとも言えない気分を毎日味わう。


私にどうしろと言うのだ。私はこれから青春なのだ。
楽しいことも一杯したい。まだまだ遊びたい。まだまだやりたい事も一杯あるのに。
どうしろと・・・言うのだ・・・
こんな気持ちにいつまでもつかまってろと言うのか。
こんな風にした君を恨むぞ。私はどうすれば良いんだ。





日常は簡単に動き出す。私をほっておいてはくれない。
小さな変化は毎日起こる。気づかないうちにいくつか変化もする。
町並みも変わる。季節も変わる。私の時間の感じ方も変わる。
それは一気に。それはゆっくり。それは確実に。


変わらないものもある。それどころか私は心の中でそれを育み続けた。

叶わない?そんな事は無い。そんな事は・・・無い・・・・


無いはずでしょう?答えて欲しい。君の苦笑混じりの笑顔で、答えて欲しい。






時間に換算すると、早くも三ヶ月が経過した。
夏休みの計画を立てる事無く、学校に行く日々も無くなった。
宿題と睨めっこする事ぐらいしか、時間の潰し方が無くなった。

だけど、少しましになった。考えなくなった。なにも考えなくなった。
それが一番良いんだ。そう言い聞かせた。無駄かもしれないけど。
それが一番良いんだと思った。



不意に鳴り響く携帯電話。
大好きなアーティストの名曲が部屋一杯に広がる。
一通のメール。それを見て私は焦りまくった。
とにかく急いで出来る精一杯のおしゃれをして、家を飛び出した。



一発ぶん殴ってやる。私を何ヶ月もこんな気持ちにさせやがって。



出会い頭に顔を思いっきり引っ叩いた。
次から次へと出てくる言葉がどんどんどんどん私の頭の中をかきむしる。
何を言っていいのかわからない。何を話していいのかわからない。
次に気づいた時には号泣していた。
色んな人が泣きじゃくる私を見て変な顔をしている。かまうもんか。


もうだめだ。私はもうだめだ。


困ったような顔して、慰めるように私の顔を覗き込んでくるその顔が憎たらしくて、
もう一回殴ってやった。殴ってやって抱きついた。

もうだめだ。でも、もう良いや。



君は照れくさそうな顔をして、困ったような顔をして、私が泣き止むのを待っていてくれた。



















電車に乗る時間をずらして、親友たちと一緒に電車に乗るようにした。
帰りは部活の後輩たちと一緒に帰るようになった。
家に帰ってきてから、部屋の外を見る癖は無くなった。
だけど、ベット中で眠る寸前まで携帯電話をいじる癖は前より酷くなった。
10分と間をおかずにメールを受信し、送信した。
次の連休が来るまで毎日こうだろう。


時折喧嘩もするだろう。時折嫌にもなるだろう。



でも、大好きだ。君が大好きだ。
実はまだそんな事を君は伝えていない。これからも伝えてやらない事にする。
私たちはまだ付き合っていない。そんな約束も印も無い。必要も無い。


だけど、気づいたら君は隣にいてくれる。そう信じてる・・・


                        END




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