キク蔵とリンダ
沖田 遊魂留
ノベルフェスタ・スプリンターステークス
「私まーつぅーわ♪いつまでも、まーつぅーわ♪」
「また随分と古い歌だな」
「そうか?オカンが好きでよく歌ってたんだ」
「ほぉ…お袋さんがねぇ…そういやお前の両親については知らんな」
「話す機会ないしな」
「そうだな」
「それに、俺を生んで直ぐにオトンが逃げたからな。結婚もしてないらしい」
「いきなり重いな…」
「まぁな。母子家庭はよく虐められたよ」
「辛い幼少時期を過ごしたんだな」
「あっさり言うなぁ〜。まぁその通りだけどな。
母方の家系は厳格な所でさぁ〜、結婚もしてないのに
どこの馬の骨かもわからない男の子供を生むなんて!って、よく親戚一同から言われたよ。
それでも気丈に親戚の集まり出てたな。オカン」
「いや、重すぎるぞ」
「たとえ貴方が振り向いてくれなくてもぉ〜〜♪」
「続くのかよ」
「まぁつぅわぁーまつわ、いつまでもぉまぁーつぅわぁ♪」
「一人ハモリか」
「じゃぁお前がハモレよ」
「なんでだよ…」
「酷っ!俺らは一心同体じゃん?!身も心も…」
「ホホを赤らめるな…」
「いたっっ!!…つぅ…無表情で人の頭をポカスカ殴んなよ!」
「お前が気持ち悪い事言うからだ」
「気持ち悪いってなんだよ!」
「…いや、殴って悪かった」
「ほんとにな…で、そういや何の用?」
「あん?…いや時計見ろよ。仕事の時間だぞ」
「え?…あらまぁほんと。もう休憩時間終わりだな」
「まぁ別に今日は仕事なさそうだがな。もう事務所に報告して終わりにするか」
「おしっ、いくか…」
「あぁ…」
「ところさぁ…」
「なんだ?」
「何であの歌、歌ってたか、聞かないんだな」
「あぁ?聞いてほしいのか?」
「そりゃちょっとはね」
「なんで歌ってたんだ?」
「ひねりも何にも無い内容だな」
「どう聞いて欲しいんだよ」
「いや、ちょっとはひねろよ。”待つわ”なんて歌ってるだからさ。
振られたの?とか、寂しいの?とか、あるだろ?」
「なぜ俺がお前に”振られたの?”とか”寂しいの?”とか聞かにゃならん」
「えー!親しき中にも礼儀ありだろぉー?
相棒が寂しそうにしてれば、慰めるのが相方の役目だろぉ?!」
「仕事でこれだけ世話してるんだ。まだ望むか?」
「いや、もうちょっとこう日常の方も…」
「飯作ってやってるだろ?仕事前には起こしてやってる。今だって俺が運転。お前が助手席。
ほかに何かして欲しいのか?」
「いや、そりゃまぁ毎日お世話になってますよ。えぇ…」
「……」
「……」
「ふぅ…で、何があったんだ?」
「えへへ…優しいねぇ〜」
「……」
「ちょぉ、それぐらいでむくれるなよぉ!」
「むくれてなどいない。ただ明日から一週間は朝昼晩、納豆と卵だけだからな。米も炊かん」
「ごーめーん。おかしあげるからぁー!」
「いらん。って、お前まだ菓子なんか食ってるのかぁ!いい加減良い歳なんだからやめろって!」
「やめられんもん。モグモグ」
「今やめないと、帰ってから飯作らんぞ…」
「ひっど。そういうの引き合い出すの酷いよね」
「言ってろ………で?」
「ん?」
「いや、指に付いたポテチの粉舐めるなよ。はしたない」
「んー…」
「いや、服の裾で拭くなよ」
「よく見てるね。ちゃんと前見て運転してる?」
「してるよ。…で?」
「何が?」
「もういい…」
「あ、ちょ…うん。ごめん…」
「…相棒だからな。悩みがあるなら聞いてやるよ」
「うん…実はさ…」
「あぁ」
「振られちゃったんだよね。いや参ったこれ。ほんと参った」
「…ほぉ、お前は俺の逆鱗にそれほど触れたいか。触るか?ほら触るか?」
「いや、ごめんなさい。いた、いたた…前見て前…
空いてる手で腿を叩かないで。いったっ!太もも痛ぁ!」
「…とか何とか遊んでるうちについたぞ」
「ありゃりゃ。じゃぁチャッチャと仕事しちゃおうか」
「駐車場入れてくるから降りていいぞ」
「あぁ、先に事務所行って報告書作っとくわ」
「…で、本当の所はどうなんだ?」
「ほへ?」
「…」
「いたぁ!叩きすぎ。ほんと俺の事叩きすぎ!」
「仕事中にガリガリ君貪ってる相棒いたら殴りたくもなるわぁ!」
「いーじゃん、暑いんだからさぁ…」
「ちっ…たまには優しくしてやろうと思えば…」
「いつも優しいぜ」
「ん?」
「お前はいつも優しい。助かってるよ」
「…ふむ…」
「あぁ〜いま、”その顔で言われると弱い…”とか思ってたしょ?」
「…」
「照れるな照れるな。…いや…実はさ、
中々言い出せなくてさ。悩んでたんだ。言ったらお前引くかなぁ〜って」
「ほぉ…俺に何か言いたい事でも?」
「いや、だからさ。その…まぁ言えなくてさ。
気づいたらオカンがいつも歌ってた曲。歌ってた」
「なんだ。言ってみろ。怒らない内容だったら聞いてやる」
「怒る内容だったら?」
「殴る」
「ひ、ひど…」
「良いから言ってみろ」
「ん…実は、明日オカンの命日なんだ。だからさ…その、よかったら」
「…あぁ、良いぞ」
「え?あの、別に休み欲しいって言ってるわけじゃ…」
「わかってる。一緒に行こう。なんだ、もっと早く言えよ。そういう事」
「キーやん…」
「いや、その呼び方止めろ。いまどき”キーやん”って」
「うわっ、シリアス場面を一言で流したよこの人!この後キスシーンとかじゃねぇの?ねぇの?」
「ねぇーよ!」
「いたぁ!また殴った。また殴ったよこの人。俺の事嫌い?ねぇ嫌い?」
「あーはいはい。好き好き。大好き。愛してる。さぁ仕事終わらせて帰るぞ」
「うわぁー、キーやん投げやりぃ〜」
「だから”キーやん”はやめろ」
「じゃぁクッキー!」
「論外。甘そう」
「アマあまじゃーん。俺に対してアマあま〜」
「今日から飯抜き」
「ひでぇー!俺に対して最近冷たいよ。キーやん」
「あぁ、毎日一回言おうと思ってるから今日も言うぞ」
「何?愛の告白?」
「いい加減、一人称を”俺”と使うのは止めろ」
「またそれぇ〜もう良いじゃん。直らないんだよぉ〜
それとも何?ボクっ娘の方がキーやんの好み?それとも名前の方が良い?
はぁ〜い、リンちゃんだぉ〜〜。キーやん元気ぃ〜?」
「お前なぁ、再来月には三十路突入の女がいつまでも”俺”って無いだろ…」
「えー良いじゃん。もう人妻だしぃー」
「ほんと、旦那の顔が見たい…」
「鏡見ればいいじゃん」
「ほんとな。もーほんと…間違っては無いと思うだけどなぁ…」
「あ、もう一つ言い忘れた。言うとキーやん引くかなぁ、って思って。言えずにいたの」
「なんだ?早く仕事あげて帰りいんだが…」
「うぇ〜〜〜…オロロロロロ」
「な、なんだイキナリ?!」
「つ、ツワリかな?出来ちゃった…って痛ぁー!殴るの早やぁー!」
「ダウト…」
「ちょ、嫁さんから子供出来たって言われれば普通喜ばない?」
「そんなミスはしていない」
「うん。そうね。最近ご無沙汰だもんね」
「…」
「きゃぁーキーやん顔赤らめちゃってかわいぃー」
「よし、別れるか」
「いやぁー!やぁーもん!捨てないでぇー!」
「ハイハイ捨てないから早く来い。仕事あげて帰るぞ」
「おっしゃぁ、今日も元気に行こうぜ相棒!」
「後は報告書出して帰るだけだがな…いくぞ相棒」
「おう!…あ、今日の晩ご飯はオムライスがいいな。お腹の子もそう言ってるの」
「…お、オムライスな…うん、で、マジ?」
「え、うん。マジ。二ヶ月ですってよ。パパ」
「……」
「まぁ喜びの声は仕事終わってから聞くよ」
「そうしてくれ…」
END
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