みどり豚
志摩凉子
みどりさんが息を切らして帰ってきた。
旦那はどうしたと訊ねる。みどりさんは目を白黒させながら、旦那に言った。
「わたし、妊娠したみたい」
旦那は小躍りして喜んだ。
それが童話の始まりだった。
むかしむかしあるところに、みどりさんと旦那さんが住んでいました。
旦那さんは山へ芝刈りに、みどりさんは川へ洗濯に行きました。
みどりさんが川で洗濯をしていると、向こうから大きな豚がどんぶらこーどんぶらこーと流れてきました。
みどりさんはジーンズの裾をまくって、川にじゃぶじゃぶと入り、大きな豚を後ろから抱え込むと、にたりと笑って口笛を一つ吹きました。
「今日はトンカツだ」
旦那さんは午前中に芝刈りを終え、早めに帰宅し一人で粥をすすっていました。
そこに両手で大きな豚を抱えた嫁が帰ってきました。
「今日はトンカツだ」
旦那さんは箸と椀を畳の上にぽとんと落とし、口をあんぐりと開けてみどりさんと大きな豚を交互に見比べます。
「トンカツ」
「なんならカツ丼にしようか」
「いやまて、ソースとキャベツがあったかな。したらソースカツ丼も悪くない」
「余ったら生姜焼きにしよう」
「酢豚もいいな」
好みの豚メニューをあれこれ並べ、夫婦はちゃぶ台を囲みました。
そのうち豚が目を覚ましました。
豚はみどりさんちをぐるりと見回して、ひとつ大きなため息をつきました。
そして、豚はお好み焼きになりました。
十月十日経って、みどりさんは近所の産婦人科で出産した。旦那は仕事を休んで立ち会った。十時間にも渡るお産だった。
助産師さんが赤ん坊を取り上げた。旦那は感動の余り涙した。どんなに可愛い赤ん坊だろう。見ると、丸々とした大きな豚だった。
旦那は、これまでの超音波写真を張ったアルバムを取り出し、写真と赤ん坊を見比べた。確かにどちらも見紛うことなく、豚だった。
みどりさんは疲れてぐっすりと眠っていた。
旦那がぽつりとつぶやいた。
「今日はトンカツだ」
( ̄▽ ̄)
-了-