クリスマスの夜
Taku
―1―
雪が降っていた。
朝。私はベットから身体を起こすと、窓を開けて、窓枠に積もった雪を手に取った。ひんやりとしていた。昨日の夜、ベットの上に横になったときには、まだ降っていなかった。だが、朝起きてみたら、世界が銀一色に染まっている。降ってきたのは深夜、私が眠りについたあとからだろう。積もった雪が朝日を反射し、眩しく輝いていた。
手に取った雪を外に振り払い、窓を閉めた。寒かった。室内の温度が、昨夜と比べ、大幅に下がっている。それは体感温度で分かった。おそらく雪が降ったからだろう。今晩は、とても寒くなりそうな予感がした。
私は暖炉に近付いていって、脇に置いていある薪を暖炉の中に並べ、火を付けた。薪に火が付き、それが徐々に広がっていく。寒かった部屋の中が、少しずつだが暖かくなっていく。そのあいだに、服を着替えた。着ていた寝巻きを脱いで、白のシャツを着る。その上にセーターを着て、黒のスラックスを穿く。いつもの格好だ。部屋の中はだいぶ暖かくなっていた。洗面所にいき、顔を洗う。お湯ではなく、水で、だ。水は凍えるほど冷たかったが、そのぶん、まどろんでいた意識がすぐに覚醒して、完全に眼を覚ました。そして部屋の中も、完全に暖かくなっていた。
暖炉の近くにある、揺れ椅子に座る。五年前に妻を亡くし、それからずっと一人で暮らしてきた私にとって、この椅子にゆっくりと揺られているときが、一番、心が和む時間だった。
しばらくのあいだ、眼を閉じて、ゆっくりと揺られていた。
どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、不意に、窓を軽く叩く音が聞こえてきた。私は眼を開けると、立ち上がり、窓のほうに眼をやった。
窓の外、そこには、一人の少年が立っていた。歳は十歳くらいだろうか。フード付きの黒いコートを着ていて、まだ幼さが残るそのあどけない顔には、楽しそうな笑みが浮かんであった。私は窓まで近付いていくと、そのまま窓を開けた。
「おはよう、チャボ」と少年がすぐに挨拶をしてきた。
「おはよう、ジニー」と私も挨拶を返した。それから聞いた。「外は雪が降っているね。そんな格好で寒くないかい?」
「大丈夫だよ、チャボ。このコートはすごく暖かいんだ。それに今日はクリスマスだからね。僕と約束したプレゼント、覚えてる?」
「ああ、覚えているよ、ジニー。ちゃんと覚えてる。去年のクリスマスに約束したプレゼントだろう? 大丈夫、ちゃんと覚えてるよ」
「そうか、よかった。チャボは最近、物忘れが激しいからね。僕との約束も、忘れてるんじゃないかと思ってたんだ」
「そんなことはないさ、ジニー。君との約束は、たとえボケていようとも、絶対に忘れない。絶対に、だ」
私が力強くそう言うと、ジニーは心から嬉しそうな笑顔を見せた。それを見た私は微笑んでいた。
彼は私にとって、孫のような存在だった。そして彼もまた、私のことを祖父のように慕ってくれていた。
「それで」とジニーが聞いてきた。「出発はいつごろになるの? 準備はもういいの?」
「そうだな」と私は答えた。「出発は暗くなってから、夜になってからだな。準備はもう出来てある。昨日のうちにやっておいたからね。あとは、トナカイに餌をやるだけだ」
「じゃあ、僕がやってくるよ」
ジニーはそう言って、私の家の隣にある、トナカイ小屋に走っていった。私は小さくなっていくその背中をずっと見ていた。妻が亡くなってから、私の心の支えは彼だけだった。近所に住む若い夫婦の子供。彼は初めて会ったときからずっと、私のことを慕ってくれていた。子供もいなく、当然、孫もいない私にとって、彼は孫のような存在だった。それだけ特別な存在だった。
しばらくして、ジニーが走って戻ってきた。その顔はやはり、笑顔だった。
「餌をやってきたよ」ジニーが言った。
「そうか、ありがとう。トナカイの様子はどうだった?」
「元気だったよ。すごい勢いで餌を食べていて、すごく元気だった」
「そうかそうか、それはよかった。ところで、ジニー、ずっと外にいて寒くないかい? 中に入ってきてもいいよ。一緒に朝食を食べよう」
私がそう言うと、彼は悲しそうな顔で首を振った。
「ごめん、チャボ。僕、これから学校に行かないといけないんだ」
「クリスマスなのに学校があるのかい?」
「うん。だから、一緒に朝食は食べれないや」
「いや、それなら仕方ないさ。ちゃんと学校で勉強してくるんだぞ」
「分かってるよ、チャボ」そう言ってから彼は、腕時計に眼をやった。「あ、そろそろ学校に行かなきゃ。それじゃあ、夜になったらまた来るね」
「ああ、いってらしゃい。気を付けてね」
「うん」
彼は満面の笑みを浮かべて頷いて、それから、背を向けて走り出した。彼が走るたびに、雪の中に小さな足跡が出来ていた。
やがて、彼の姿が見えなくなった。私の心の中に、一抹の寂しさが訪れた。それはどこか、祭りが終わったあとのような静けさに似た、言い知れぬ空虚感にも似ていた。
私はそんな感情を振り払うかのように首を左右に振って、窓を閉めた。外ではまだ雪が降り続いている。
降ってくる雪が積もり、ジニーの足跡を消していた。
―2―
夜になった。
もう雪は止んでいる。朝方から降ってきた雪は、昼過ぎには止み始め、そしていつの間にか止んでいた。だが、道路や家の屋根なんかにはまだ積もっていて、世界を銀一色に染めている。
私は暖炉の前で揺れ椅子に座り、ゆっくり、ゆらゆらと揺られていた。クリスマスのせいか、町はいつもより賑やかで、楽しげだった。外からはクリスマスの曲が流れてきている。私は眼を閉じて、そのメロディーを聴いていた。
すると、それらの音にまじって、窓ガラスがノックされる音が聞こえてきた。立ち上がり、窓のところまで行った。
そこには、ジニーが立っていた。表情は相変わらず、朝と同じ笑顔だ。私はこの笑顔を見ているだけで、なぜか癒されるような気分になってくる。
窓を開けた。「こんばんは、チャボ」とジニーが言ってきた。
「こんばんは、ジニー」と私は言った。「また、ずいぶんと早かったね」
「それゃあそうだよ。なんたって、今日はサンタクロースになれるんだからね」そう言ってジニーは、窓から一歩離れ、自分が着ている服を私に見せた。赤を基調とした、襟や裾が白色の服。サンタクロースの服だ。頭には、てっぺんに白い丸が付いた赤い帽子もかぶっている。「ほら見てよ、チャボ。この服ね、パパが買ってくれたんだ。クリスマスプレゼントにね。どう、似合ってる?」
「ああ、とてもよく似合ってるよ。私よりも、サンタクロースらしく見える」
私がそう言うと、ジニーは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、チャボ。ところで、チャボはサンタクロースの格好をしないの?」
「いや、するよ。まだ着替えていないだけさ」
「なら、早く着替えてきてよ。それで早く行こう。僕、もう待ちきれないんだ」
「そうだね。そろそろ時間だし、行くことにしようか」
「うん」
「じゃあ、悪いけど、玄関の前で待っててくれるかな。トナカイと橇(そり)はすでに用意してあるから」
「うん、分かった」
頷いてジニーは、玄関のほうに走っていった。私はそれを見てから窓を閉めた。
服を着替える。クローゼットから、一年に一度しか着ない服を取り出した。サンタクロースの服だ。だいぶ色褪せていて、裾のところは綻んでいる。仕方のないことだった。サンタクロースをやり始めてから、ちょうど今年で四十年になるのだ。その間、一度も変えずに、ずっとこの服を着ている。
服を着替えた。帽子もかぶる。鏡を見た。そこには、白い髭を伸ばした、サンタクロースの姿があった。私は自分の姿に満足し、白い手袋をはめて、革のブーツを履き、外に出た。
外は当然ながら、暗かった。そして寒い。肌を切り裂くような冷気が感じられた。だが空の闇には、いくつもの星が煌めき、輝いている。はあ、と吐いた息が白くなって、空の闇の中へと消えていった。
私は一歩を踏み出した。雪を踏む感触がブーツ越しに伝わってくる。相当積もっていた。雪が止んで半日ほど経つが、まだ解ける気配は見せていないようだ。歩くたびに、ざくざくと雪を踏む音が聞こえていた。
ジニーは、トナカイの首を撫でていた。だが私の姿を見付けると、すぐに近付いてきた。
「やっぱり違うね」ジニーが言った。
「なにがだい?」
「サンタの格好。やっぱり、チャボのほうが似合ってる」
「そんなことはないさ。似合う似合わないは、年季によるものだからね。ジニーも毎年その格好をすれば、すぐに似合うようになるよ」
「それじゃあ、毎年連れて行ってくれる?」
「私が引退するまではね」
「本当? やったー!」
ジニーが、身体全体を使って喜びを表現した。私はそれを見て微笑ましい気分になっていた。そしてじっさい、私は微笑んでいた。素直で感情豊かな彼は、いつも私を幸せな気分にさせてくれる。
私は言った。「さ、行こうか。橇に乗ってくれ」
「うん」ジニーが満面の笑みで頷いた。それから橇に乗る。
私はトナカイを首を撫でた。トナカイが顔を寄せてくる。私はその顔を抱きしめ、頬にキスをすると、もう一度撫でて、橇に乗った。
橇の後ろには、三つの大きな袋が積んである。その袋は全て、まんぱいに詰まっていた。これが私から、世界中の子供たちへのプレゼントだった。
「それじゃあ行くよ」私はすぐ隣にいるジニーに言った。
「うん」とジニーが頷いた。その顔は、本当に楽しそうだった。
手綱を軽く引く。それがトナカイへの合図だ。トナカイは頭を上に向けたあと、すぐに歩き出した。
一瞬の浮遊感。ゆっくりと、だが確実に、トナカイと、二人を乗せた橇が、空に上がっていく。
「すごいよ、チャボ!」とジニーが大声を上げた。「この橇、空を飛んでるよ!」
「それはそうさ、ジニー。なんたって、空を飛ばないと、世界中の子供たちのところに行けないからね」
「すごい、すごい! 町がもうあんなに小さくなってる!」
下を見たジニーが驚いて、そして楽しげな声を上げた。私も彼と同じように、下を見た。
橇はだいぶ高いところまで上がっていて、真下から見える町は、本当に小さくなっていた。そしてその小さな町は、クリスマスのせいか、いつもより華やかだった。色取り取りのキャンドルライトが点滅し、それが闇の中で彩り、鮮やかに光り輝いている。上を見れば、夜空に煌めく星たちも輝いている。暗闇の世界の中で、キャンドルライトと星たちが光り、煌めき、輝いている。それは、とてもとても綺麗な光景に思えた。
クリスマスの夜。その日だけ私は、サンタクロースになって、世界中の子供たちに、夢とプレゼントを届けに行く。
橇に乗って、トナカイと共に。
溢れるくらいのプレゼントを持って。