アフリカの星 盗難事件
オグココ(オーグ)


 名探偵二階堂が緊急で呼び出されたのは、銀座でも1、2を争う大型百貨店だった。二階堂は週刊誌で知った、今日、そこで行われているはずの宝石展示会の事をふと思った。中でも世界に二つと無い宝石・・40カラットのダイヤモンド「アフリカの星」が展示されると有って、一月ほど前から雑誌などでも取り上げられていたから、人出もかなりのものだろう。その百貨店へ来いと電話で呼び出したのは、二階堂とは旧知の友、真鍋警部であった。

「どうしたんです?そんなにあわてて」
「君、「アフリカの星」が展示されている銀座の百貨店を知っているだろう」
「ええ・・一月前から大宣伝してますからね。何かあったんですか。」
「やられたよ、見事に。そのダイヤが盗まれてしまったのだよ。詳しいことはこちらに着いてから説明する。とにかくすぐに来てくれたまえ。」


 二階堂がホテルの前でタクシーを降りると、まるでその一区画が戦争でも始まったような大混乱であった。真鍋警部の名前を出し、なんとか警官の輪を潜り抜けると、ようやくホテルのドアまで二階堂はたどり着いた。総ガラス張りのドアの向こうには、真鍋警部が待ち構えていて、警官を押しのけるとドアを開け、彼を中に引きずり込んだ。
「いやぁ〜すごいですねぇ。まるで戦争みたいですよ。」
彼は、そう冗談を言ったが真鍋警部の耳には入らなかったようだった。
 そのホテルはガラス張りの正面玄関を入ると、広いホールになっており、左手にフロント、右手にはクロークがあった。フロントを抜けドアから正面に進むと、そこは大きなダイニングキッチンになっており、このホテルの名物であるフランス料理が供されている。また、フロントまで行かず、ドアを入りすぐに右手に曲がると、そこは世界でも一流のファッションタウンになっており、その一番玄関に近いホールが宝石店である。今回の「アフリカの星」もこの宝石店が主催したものであった。
 警部は辺りを観察している二階堂の腕をガシッとつかむと、ドアから向かって右手奥の、宝石展示場に彼を連れて行った。警官で何重にも囲まれた宝石展示場は、周囲がすべてガラス張りの宝石の展示台になっており、その部屋の真中に2メートルほどのロープで囲われた、「アフリカの星」が展示されていたであろうテーブルがあった。テーブルは床まで垂れるほどのビロードの布がかけられ、その上に50センチ四方くらいのガラスのケースがあった。ケースはその一面が粉々に砕かれ、その破片がそのあたりに散らばっていた。

「さぁ。二階堂君。頼むよ。」
警部はいきなり二階堂を部屋の真中の方に押し出した。
「いやはや、どうも、いきなりだなぁ・・。」
「うーむ。すまんすまん。なにやらどうも、大変な事件だからな。時価200億円とも言われる宝石が盗まれたのだからな。警察の面目もなにもあったものじゃない。下手をすると外交問題にもなりかねん。」
「なるほどねぇ。200億円かぁ・・・。今ごろ犯人は、祝杯でもあげていることでしょうねぇ」
二階堂が言うと
「いや、それがそうとも言えんのだよ」
「ほう。それはまた、どうしてですか?」
「そうだな。それでは事件の顛末を説明しておこう」
「そりゃそうですよ。いきなり、ほら犯人を探せと言われてもねえ。警察犬じゃないんだから」
二階堂はからかうように言った。真鍋警部は頭をポリポリかくと・・
「いかん。ワシとしたことがどうも、足が地に付いておらんわい」
そういうと、煙草を一本くわえ、火をつけた。
「煙草、いいんですか?」
二階堂が聞くと
「もう鑑識の調査も終わったからかまわないだろう。ほら、携帯灰皿ももっておる」
真鍋警部はポケットから、アルミの灰皿を取り出した。何のことは無い、それは警部のデスクの上にいつも置いてある灰皿であった。

「事件の始まりは、火事騒ぎから始まったのだ・・・」

 真鍋警部の話を要約すると、こうである。

 展示会場は、順序良く見られるように、観客を一方通行にしてあった。つまり会場への入り口は正面玄関ではなく、建物の横にある入り口を使っていた。そこから、ブランド品の並ぶホテル内の商店街を抜け、最後に正面ドアに一番近い宝石店で「アフリカの星」を見てから宝石店を出て、左に折れれば正面ドアから表へ出るか、右に曲がれば大型ダイニングレストランに入るかの 二手に分かれる。
 これは、見物客が他の店を通るため、そこで売上が上がることも狙った一石二鳥の配置だった。
 ちょうど閉店間近と言うこともあり、事件の発生した時間はものすごい人数で、宝石店内はごった返していた。その時、宝石店の入場口側から 火事だぁ〜 とものすごい声で
叫ぶ声が聞こえた。と、同時に白煙がモウモウと店内に充満し始めた。客は一斉に、正面ドアから避難しようと、宝石店の出口の方へ殺到した。宝石店が雇った4人のガードマンがすかさず「アフリカの星」のテーブルに駈け寄り、テーブルが倒れないように懸命に支えたのだった。ちょうど流れの早い川に入り、流れてくる大木を必死で支えるような形である。ガードマンと客との押し合いが続いている時、ガシャンとガラスが割れる音がした。
ガードマンが、なんとか支えているテーブルの足を押さえながら展示台のガラスを見ると
その一面のガラスが割られ、「アフリカの星」が消えていた。
 ガードマンは大声で泥棒だぁ〜っと叫び、同じく宝石店の外で警備に当たっていた警察官に盗難を知らせた。その時同じく宝石店の客が入ってくる側の警備の警察官が
「火事じゃない、発煙筒だっ。正面玄関封鎖ーっ」
と怒鳴り、正面玄関をホテル外部の警官が押し寄せてくる客が、外に出ないように、ホテルの正面玄関を封鎖したのだった。しばらくは、怒号や泣き声が聞こえてきたが、館内放送で危険が無い事を知ると、ようやく客達は落ち着いたのだった。

「ふーむ。なるほど。そうすると「アフリカの星」は、まだ店内にあると警部はお考えなのですね?」
「そうなんだ。だから今、ホテルの協力の元、二階の大宴会場に客を閉じ込めてある。そして一人ずつ身体検査・持ち物検査をすると同時に一応身元を確認してから、容疑の晴れたものだけを、返している」
「なるほど。だいたいの状況は分かりました。ちょっと現場を拝見させて頂いてよろしいですか?」
「もちろんだ。そのために君を呼んだのだから。警察の鑑識作業は終わったから自由に見てくれたまえ。」

 二階堂は、ポケットから巨大な虫眼鏡を取り出すと、地面に這いつくばって宝石店の出口の方から這うようにして、盗まれた宝石を展示していたテーブルまで、まるで落とした針を探すように、丹念に調べていった。やがて今度は展示台自体を、入念に観察していたが
「ふーむ・・」
「なるほど・・」
などと、時折独り言を呟きながら
「警部、ちょっと良いですか」
と真鍋警部に声をかけた。
「うむ。何か見つかったかね、手掛かりかなにか・・。」
真鍋警部が二階堂の隣にしゃがみこむと、彼は言った。
「警部、ここテーブルを覆っていたビロードの生地を見てください。10センチほど裂けたような傷が入っていますね。」
「そりゃ君、あれだけの群集が殺到したんだ。踏みつけられて裂け目くらいできるだろう」「いえ、警部。もし踏みつけられて生地が裂けたとしたらもっと床に近い部分が裂けるはずです。ところがこの裂け目は展示台の上から20センチほどに着いています。」
「ふむ。なるほど・・・」
「警部、これが何を意味するか、おわかりですか?」
「うーむ・・・」
警部は無言でうなった。
「では次です。このガラスの割れた下の部分を、この虫眼鏡でよく見て下さい」
警部は言われるままに、粉々に砕かれたガラス板の割れ目を見ていたが、君っ!これはっ」

 二階堂は自分と真鍋警部を取り囲んでいた大勢の警官や、警備員の方へ向くと、言った。
「警備員の方・・えと・・確か宝石店に雇われた警備員の方が四名いらっしゃるはずですが・・」
二階堂がそう言うと、4名の警官とは違う制服を着た屈強な男が四人、前へ進み出た。
「すみませんが、みなさん、今はめている白い手袋をはずして、この展示台の上に置いて頂けますか?」
4人は、いぶかしげな表情で手袋を置いた。
「警部。この4対の手袋。なにか不自然な所はありませんか?」
警部はしばらく入念に調べていたが
「特に怪しいところはないな。例の汚れもないし、全くきれいなものだよ?」
「警部。そこがおかしいんですよ。この手袋。それぞれ持ち主の名前が刺繍されていますね?」
「ああ。米山・阪木・田所・向井・・・。間違いない。彼らの物だが?」
「警部。さきほど虫眼鏡でごらんになったでしょう?あのガラスの破片には微妙ですが、血痕と皮膚が着いています。つまり犯人は展示台の内側からビロードの布の外に腕を出し、ガラスを手で叩き割り、宝石をつかんで盗んだのです。その手を急いで引っ込める時に、ビロードの布がガラスに引っかかり裂け目ができ、手もガラスで引っかいた。ですから犯人は怪我をしているはずなんです。」
「確かに、あのガラスには血がついていた。犯人は右か左のどちらかの手に傷を負っているのは間違いないだろう。だがこの手袋は四つともきれいそのものじゃないか。ましてガラスで傷が付いた痕もない。この四人はしかも展示台が倒れないように、懸命に支えていたんだぞ」
「警部。殺到するお客達が、一瞬の内にガラスを叩き割り、中のダイヤを握り締め、腕を引き抜いて逃げ去るなんて、不可能ですよ。犯人は、この展示台の側にずっと居た人物です。」
「しかし君、手袋はみなきれいだが・・・・」
真鍋警部の言葉をさえぎるように、二階堂が言った。
「今回の犯人はかなり用意周到だったようです。まあ、これだけの大犯罪を行おうとするのですから当たり前ですがね。今警部がご覧になった四対の手袋。一つだけおかしくありませんでしたか?」
「うーむ・・」
真鍋警部はまた、うなったまま黙り込んだ。
「警部はよく観察なさいました。しかし探すものが間違っていたんですよ。」
「探すものだって?」
「そう。警部は手袋から傷跡や血痕などを探そうとしました。でも、そんなもの無いんですよ。そう。はじめっからそんなものは、無いんです・・。ここにある手袋にはね。警部、もう一度その手袋を見て下さい。今度は逆の視点で。つまり、どれくらいキレイか、と言う視点でです。」
真鍋警部は、言われるままにその四つの手袋を丹念に調べていたが
「なるほどっ そういうことかっ 」
そう叫ぶと四人の警備員の方をにらみ付けた。

と、その瞬間、警備員の一人である田所が宝石店の出口の方へ猛然とかけだした。何が何やら分からない警官たちは、ポカーンとそれを見送るばかりである。そこに真鍋警部の怒声が飛んだ。
「そいつが犯人だっ!馬鹿者っ 早く追えっ!」

田所は玄関ホールの人ごみの中にサッと身を隠した。二階堂や真鍋警部も追いかけたが、何しろものすごい混雑である。その時、二階堂の目が、奥のダイニングのドアが閉まりかけるのを捕らえた。彼は
「警部、犯人はダイニングですっ」
と叫びながら、ダイニングのドアへと走った。その後を真鍋警部を始めとする大勢の警官が追った。二階堂がダイニングのドアを勢いよく開けると、田所はダイニングの一番奥のキッチンへと入っていく所だった。
「居たぞっ。キッチンだ。半分は表玄関から出て、裏口へ回れっ!」
そこからは、大人数の警察官が、無線で連絡を取り合い、田所はあっけなく逮捕された。
唯一にして最大の謎を、残して・・・・。

彼は、「アフリカの星」を、持って居なかったのである。




 探偵、二階堂は警視庁の真鍋警部のデスクの横に座ると、買ってきた警部の大好物の草もちを、警部とほお張りながらお茶を飲んでいた。
「今回もまた、二階堂君にはお世話になってしまったな」
「いえ、私もこれで結構楽しめましたから」
そう言うと二階堂は目で笑った。
「しかし、手袋を二つ持っていたとはねえ。君から指摘されるまで田所の物だけが新品だったとは、気づきもしなかったよ。」
「田所の手袋は、もちろん血がついていたでしょう。彼は私が手袋を見せるよう言った時、巧妙に今まではめていた手袋と新品を摩り替えたのですよ。しかし、本当に新品だったものだから指の先の部分がペチャンコになっていた。一度でもはめておけば、指先まで膨らみますからね。僕も気が着かなかったでしょう。手の傷は、ほんのわずかなものですし、言い訳はなんとでもなりますからね。」
二階堂は続けて言った。
「しかし、悔しいのはダイヤの行方ですね。発煙筒を投げた男は金で雇われたチンピラで、すぐに分かりましたが、もう一人仲間がいてダイヤを受け渡したとは、どうにも考えにくいんですが・・」
「もう国内には無いだろうね。残念だが・・・。」
なにしろ警視庁あげての大捜索にも、まったくダイヤの行方はわからなかった。口では言わないが、真鍋警部の引き出しの中に辞表が隠されていることは、二階堂も薄々気づいており、心を痛めていた。

ちょうどそんな時、事務の女性が小さな化粧品会社の紙袋を真鍋警部に差し出した。
「あの、これなんですけど。本庁の警備の警官が通りがかりの若い女性から落し物だと受け取ったそうで・・。その女性はそのまますぐに立ち去ったそうで、身元は不明だそうです。」
「ああ、私が受け取っておくよ。ご苦労。」

「アフリカの星」事件以来、証拠となりそうなものや不信物はすべて真鍋警部の元に集めるように指示されていた。

真鍋警部は手に持っていた草もちを、口に放り込むと紙袋をガサゴソと開け始めた。
「草もちなら良いですね」
二階堂が言うと、真鍋警部はハッハッハと大声で笑いながら紙袋を、自分の手の上で逆さまにすると、中から紙にくるまれた硬いものが出てきた。その紙をはがすと・・・・
真鍋警部も二階堂も、声を失った。そこには、太陽の光を100倍にして跳ね返しているのではないかと思うほどの、見事なダイヤモンドが煌めいていたのだった。

「き・・君、これ・・・」
「はい、・・・間違いないでしょう」

「いったい、何がどうなってるんだ??」
「うーーーむ」
二階堂は、うなるしかなかった。

巨大な宝石が、レストランのグラスの底で過ごした一夜の事は、もちろん二人とも想像も付かなかった。しかし、これで日本の名誉が傷つくことも無く、逆に真鍋警部の大手柄となったことは、言うまでもない。


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