「二人の約束―GOOD BADな天使と詩人/天使SIDE―」
慧綺戦トリックS(相川丹)
ダブルスカップ「ノベルフェスタ130」




     1


 おれが通っている先宵大学は、二十分ほど坂をのぼった行き止まりにあるので、精神力が衰えている学生だと、そのふもとで引き返してしまう。
 今日のおれが、まさにそうだった。
 朝の三時まで〈ハチミツとクローバー〉のDVDを観たおしていたのが、よくなかった。女友だちの佐藤さんに薦められて、ツタヤで全巻、借りてきたのだった。
 まばゆい青春の輝きに満ちているアニメだった。おれにとってはハワイよりも遠い場所にある。見果てぬ理想郷だよ。いまは多少、改善されたけどな。
 似ているのは、真山が踵落としを食らったり、巴投げで飛ばされたりするところくらいか。相手が山田あゆみのようなすてきな女の子ならまだしも、おれの場合、〈ハチクロ〉より〈特攻の拓〉にでてきそうな連中ばかりが相手だったからな。
 そんなこんなで、失神するように眠りに落ちて、いちおう九時くらいに目がさめたのだが、疲れが尾を引いて、登校する元気が湧いてこなかった。
 大学二年生の九月中旬。
〈中だるみ〉ということばの見本みたいな時期だ。
 で、アーケード街のマクドナルドに入ったら、レジに近いテーブル席に、二瓶司と山口貴行がいた。大学でいちばん親しいふたりだ。こいつらも精神力が衰えているな。
「おお、上田だ」
「よう」
「上田高成だ」
 なんで二回呼ぶんだ、山口よ。しかもフルネームで。
「上田、暇だろ」
 二瓶は二瓶で、失礼なことを断言する。
「決めつけるんじゃねえ」
「じゃあ、忙しいのか」
「暇だ」
「なんだ、そりゃ」
 黒ぶち眼鏡の奥の目が、呆れたように回転する。
 朝の十時に二十歳の男が三人、だらだらとモーニングメニューのハンバーガーを食っていれば、忙しそうだな、と思ってくれるやつは皆無だろう。九割がた、大学生か浪人生か無職だ。
「上田、こい」
 エキセントリック・ハンサム・ボーイの、相変わらず唐突な発言だった。
「どこに」
「おれといっしょに、こい」
「だから、どこに」
「アパート」
「だれの」
「二瓶もいる。三人で、いこう」
 質問と回答が、哀しいくらいに噛みあっていない。山口クオリティである。
 まんが好きの女の子なら、こういう男に〈萌え〜〉なのかもしれないけど、実際に接していると、無数のちいさな苦労があるんだぜ。
「高校のときの友だちの家なんだわ」
 二瓶がぼちぼち、説明をはじめる。
「宮本っていってな、あ、もと巨人の宮本じゃねえぞ」
「わかってる」
「宮本亜門でもないし、スーパーマリオの生みの親でも――」
「いいから本題を続けろ」
「うおっしゃああーっ! サラリーマンを舐めんじゃねえーっ!」
「それは本宮だ! 本宮ひろ志」
「上田、朝から、ノリがいいな」
 山口がおかしなところで感心し、二瓶はけけけと笑う。
 おれはため息をついて、ハッシュポテトをかじった。

     ※

 宮本亮平。
 それが、おれたちが向かっている住宅街に住んでいる、二瓶たちの同窓生の名前だった。
「高一のとちゅうから転校してきてな。おもしろいやつだった」
「夢をもっている、努力家の、男だったな」
 ふたりそろって、直球で褒めている。めずらしい。
 おれがこんなふうにいわれたことなんか、一年半のつきあいで皆無である。おれに問題があるわけじゃないぞ。断じて。
「高校をでてから、会ってなかったんだわ」
「なんで」
「宮本は、浪人した。あまり、勉強の邪魔をしないように、気を配った」
「正解だ」
 おれは深くうなずいた。
 とくに山口なんかは、なまじ頭がいいだけに、勉強ができないのにやらなきゃいけないというストレスが、いまひとつ理解できていないふしがある。
 国語が苦手ならば、数学と英語で、百点をとればいいだろう。三百点満点で、二百点をとれば、大学には合格するさ。――こんなことを真顔でいいだしかねない。
 全部の教科がまんべんなくできねえやつも、世のなかにはごまんといるんだよ。おれみたいな。
「で、いまはなにしてるんだ。どっかの大学に受かったのか」
「わかんね」
 二瓶は首を横にふった。
「どうも、息しかしてないらしい」
「息しかって、おまえ」
「で、宮本のおっかさんから電話がきて、親がこんなことを頼むのもおせっかいだけど、どうか会ってやってくれないか、と」
 進学も就職もしていない。外にもあまりでないで、おかあさんに心配されている。立派なニートじゃないのか。
「そいつの夢って、なんだったんだよ」
「テレビゲームをつくるんだと」
「ゲーム」
 おれにとってゲームの会社といえば、任天堂とか、セガとか、スクウェアとか、世界的な企業であるイメージが強い。
「そりゃまた、ずいぶんビッグな夢だな」
「ゲームにも〈インディーズ〉の市場があるんだってよ」
 二瓶が解説してくれる。
「まずはオタク相手にデモテープ――じゃねえや、同人ソフトっつうのか。手売りで自作のゲームを売って、評判を高めていく。で、大手の会社と契約して、メジャーデビューできるようにがんばるんだと。そうすると、契約金とか制作費をくれるから、もっと立派なゲームがつくれるって按配らしいわ」
「なるほど」
 漠然と〈ゲーム会社〉といっても、すべてを自社でまかなえる大企業もあれば、製作だけをやる職人の集団もいるってことか。
「じゃあ、大学なんかいかないで、ゲームづくりに没頭したほうがいいんじゃねえか」
 おれがいうと、二瓶はあてつけがましく首を横にふった。
「上田みたいに、いつ人生のレールを踏み外してもこわくないような、ファンキーな人間ばかりじゃねえんだっつうの」
「なんていいぐさだ、この野郎」
 歯を剥くおれに、
「上田は、なにか、将来の展望が、あるのか」
 山口がいきなり深いことを訊いてきた。
「ない」
 おれは即答した。
 とにかく、柄のわるい地元を抜けだしたい一心で、わざわざ地方の大学に進んだのである。そこから先のことなど、頭になかった。
 夢、か。
 おれになにができるのだろう。おれは、なにをしたいのだろう。
「山口は、卒業後のこととか考えてるのか」
「まず、南の島を買う」
「は?」
 気の抜けた声がおれの口から洩れた。
「そこで、パイナップルを栽培する。孫娘と、ふたりで、のんびり暮らす」
「いきなり余生じゃねえか! あいだを飛ばしすぎだ!」
「ん、そうか」
 いつもの調子でわいわいやっているうちに、目的地に着いた。
 ふつうの一軒家だ。庭に花が咲いている。車庫にクルマが二台、停まっている。
 おれたちを出迎えてくれた中年の女性は、スウェットを着て頭にカーラーを巻いているようなことはなく、ちゃんとした格好をしていた。
 ただし、ひどく疲れている印象だ。息子が息しかしていなくて、高校の友だちに電話してすがるくらいだもんな。
 これがほんとの〈息(をする)子〉ってか。笑えねえ。
「どうぞ、あがっていてくださいな。いまお茶を淹れますから」
「いやいや、おかまいなく」
 こういうときは如才ない二瓶についていって、二階の奥にある部屋に入った。
「うわ」
 思わず声がでた。
 フローリングの八畳間、なのだろう。海のように広がり、山のように積みかさなった、雑多なモノのすき間から、かろうじて木目の床がのぞいている。
 まんが、ゲーム、脱いだ服、空き缶。ゴミ箱とか本棚とか押し入れとか、べつの場所にしまわれているはずのモノが、ぜんッッぶ、床とベッドのうえに散乱している。どこで寝るんだ。
 部屋の主は、そんな魔界の中央であぐらをかいて、プレステ2のコントローラをにぎっていた。
 髪が長いのも、無精ひげが生えているのも、ネルシャツの裾がすりきれているのも、おしゃれでやっているわけじゃないのは、漂うオーラで瞭然だ。
「よう、久しぶりだな」
 そういって顔をあげた宮本亮平の目は、まさに〈死んだ魚の〉ってやつだった。

     ※

「一浪したら、なんか、気が抜けちゃってな。ずるずると〈キモオタヒッキー〉にまっしぐらだよ。親にはわるいって思ってんだけど、どうもエンジンがかからん」
「このままNHKのドキュメンタリーに使えるわ、こりゃ」
「ニート特集か」
 わはははは、とカラ笑いする宮本に、二瓶は苦笑してみせた。
 山口はそばにころがっているお菓子の空き箱の成分表などをじっとながめている。なにしにきたんだ、おまえ。
「上田くんだっけ。すいません、ゴミ溜めみたいな部屋で。適当にそのへん、どかしていいですから」
「はあ、どうも」
 などといいながら、おれは宮本を観察していた。
 やたら2ちゃんねる用語ばっかりつかってくるような、本格派のバカヤロウを想像していたのだが、社会性はある。むしろ二瓶と山口より上かもしれない。
「わかってんなら、なんとかしろって。ゲーム創りはどうしたのよ」
 二瓶がつとめて軽い口調にして、もどかしさを抑えているのが、おれにはビッシビシと感じられた。ほんとうは怒鳴りつけたいのかもしれない。
 もちろん、それは宮本にも伝わっているだろう。
「ゲーム業界も不況でなあ」
「なんで。DSとかマリオとか、バカ売れじゃねえか。プレステ3も出るしよ」
「ミスチルやケツメイシが百万枚売れるからって、二瓶のバンドがメジャーデビューできるわけじゃないだろ」
「そりゃ、そうだけどよ」
 二瓶は大学の軽音楽部でドラムを叩いている。かなりの腕前だ。
「月に新作ソフトが百本近く発売される。たとえば毎週一本、あたらしいゲームを買うやつって、上田さんの感覚ではどうですか。ふつうですか」
 急に話をふられて、
「いや、かなりのゲーム好きなんだなあって思いますけど」
 おれはあわててこたえた。
「ですよね。それでも、百本のうちの数本なんですよ。ほんとうに厳しい世界です」
「本だろうが映画だろうが、クリエイター系の仕事はみんなそうじゃねえか。おまえのゲームがその数本にえらばれれば、問題ねえって」
「軽々しくいうな。二万本も売れればヒットっていう時代なんだよ。二億も三億もカネかけて、一万本も売れないゲームのほうが多いんだ。たまんない仕事だよ」
「夢をあきらめるんなら、おとなしく進学なり就職なりしたらいいんだわ。だらだら、ただ飯食いやがって」
 二瓶の声からへらへらした愛想が消えた。
「ちゃーんと大学にいって、人生の保険をかけてるロックンローラーのいうことはご立派だな」
 二瓶に応じて、宮本も挑発のせりふを吐く。
「てめえ」
 腰を浮かせる二瓶を、おれと山口はとっさに押しとどめた。
 宮本はわざとらしく、顎をあげて憎々しい表情をつくってみせる。
「二瓶、茶を飲んで、落ち着け」
 山口が、宮本のおかあさんが運んでくれたティーカップを、勢いよく二瓶の口にもってゆく。
 念のためにいうが、熱い紅茶だぞ。
「ぎゃあっちい!」
 当然、こうなる。
「頭が、冷えたか」
「熱いわ!」
 舌と唇を火傷したせいで、〈ハフイワ〉と聞こえる。すまん、あまりに予想外で止められなかった。
 山口の無駄に男気あふれる行為で、とりあえず衝突はまぬがれた。
 とはいえ、一触即発の状況にはかわりない。出直しだ。

     ※

 おれたちはモスバーガーに寄った。そのまま解散する気になれなかったのだ。
「おれの友だちがひとり死んだ」
 本気で憔悴している二瓶をみるのは、はじめてだった。
 お冷やをがばっとのどに流しこんで、
「おもしれえやつだったんだわ。上田、嘘じゃねえぞ。いいやつだったんだわ」
「わかってるよ」
 宮本が根っからの屑じゃないのは、おれにも会話のはしばしからうかがえた。利発的っていうのかな、受けこたえにキレがあった。
 ただし、根っからの屑なんてのは、そうそういるもんじゃない。おれの通っていた阿呆高校くらいだ。
 みんな、最初はまともだったのが、なにかのはずみでだんだん腐っていって、屑になる。
 その意味で、宮本の状態はやばかった。
「親への、反抗だろうか。レタスが、うまい」
 山口がいう。後半のせりふは、サラダの感想だ。
「でも、自分でもよくないとは思ってるふうだったぞ」
「うちの高校は、まずまず、進学校だったから、九割以上が、どこかの大学に進む」
 それで〈まずまず〉なんだから、学力の地域格差は確実に進行している。日本はあぶないな。おれのおやじの会社も潰れかけているし。
「それこそ、上田がいったように、進学しないで、ゲームをつくろうとしても、このドレッシング、なにを混ぜているんだろう。ごま油か。親はなかなか、そういう進路は、認めないものだ。板ばさみになって、コーンも、甘みがでているな。どっちにも、ゆけなくなってしまったのかもしれない」
「食うかしゃべるか、どっちかにしろ。スパイの暗号文じゃねえ」
「うむ」
 山口は食うほうに専念しはじめた。〈む。このパンは〉とか〈ハンバーグの、焼きかげんが〉などと、いちいちつぶやいている。料理が趣味なのだ。
「宮本のおかあさんには『またきます』なんていっちまったけど、もういきたくねえわ」
 二瓶は乱暴にストローをさして、シェイクをすすりこんだ。
 おれは腕を組んで、黙考した。
 こういう事態をもっともよろこぶ不謹慎なひとに、心あたりがある。

     ※

 で、次の日、その不謹慎なひとを連れていってみた。
 二瓶が落ちこんで、まるでふつうの人間みたいになっているのが、みていられなかったのだ。
 こいつはいつでも、ひとを食った、舐めくさった態度でいなくちゃだめだよ。それでこそ、二瓶司である。
 宮本をなんとかしなくちゃ、二瓶のこころに傷が残る。
 おかあさんもおどろいていたが、昨日とまったく同じ姿勢でゲームをやっていた宮本は、そんなもんじゃ済まなかった。
 もう、魂を抜かれたように呆然として、おれのかたわらに立つ女性をみあげている。
「はじめまして」
「は、は、はじめまして」
「〈はせがわ整体院〉院長、長谷川麻耶と申します」
 麻耶さんはそういって、ていねいに頭をさげた。
 栗色の髪は、肩までの長さのボブカットだ。最近、見慣れたロングヘアを、ばっさりと切った。〈飽きたから〉とのことで、とくに理由はないらしい。
 もっとも、このひとなら、アフロだろうと坊主だろうと、それなりに似合ってしまうだろう。ここまで神がかり的に美人だと、どんな格好をしても〈そういうものだ〉と収まってしまう。
「それにしても、ひどいわね」
 挨拶後の第一声が、いきなりこれだ。長谷川クオリティである。おれの周囲には、無用の個性を発揮する人間が多いよ、ほんと。
 このはっちゃけた整体師のもとで、おれは一年以上前から、アルバイトをしているのだった。
「宮本くん、立って」
「え、あの」
「立って」
 麻耶さんはくり返した。宮本はふらふらと従った。
「これじゃ、勉強する気なんか起きるはずがないわ」
 宮本の全身を一瞥して、背後に回った。
「あ、あの、いったい、なにを」
「頚骨」
 大理石の彫刻みたいにうつくしく、しかし、あくまで血の通ったしなやかさをたたえた右手を、うろたえる宮本の首のつけ根に添えた。
 左手で後頭部をおさえて、軽く――ほんとうにごく軽く、首を伸ばすようにちからを加える。
 ぱちぱちぱちっ――
 ちぢんでいた首の関節がもとどおりになる音が、連続して鳴った。
「上田くん、僧帽筋をほぐしてちょうだい」
「はい」
 今度はおれが宮本のうしろに立って、指示された場所を両手で揉みはじめた。
 僧帽筋とは、首、肩、背中を結んで、複雑な動きをつかさどっている筋肉のことだ。ここを刺激しないと、肩こりは治らない。
 そのあいだに、麻耶さんは宮本の前方にまわって、膝をついた。
 左右の腰骨に手をかけて、顔をちがづける。
 非常に危険な姿勢だ。なにがキケンかわからないなら、そのままでいいです。
「ちょっ、おれ、まだ、こころの準備が、昨日からシャワー浴びてないし――」
 阿呆か。おれは肩甲骨の下のツボに、強めに親指をねじりこんでやった。
「ぎゃおす」
 絶叫する宮本の腰を、麻耶さんは腕の筋肉を張りつめて、かすかに揺らした。
「寛骨と仙骨」
 ごりっ。――石をこすりあわせるような音が、一度だけ鳴った。
 骨盤のゆがみを矯正しているのだと、おれにはわかった。骨だけでなく、内臓も正常な位置にもどる。
「気分はどうかしら」
 起きあがった麻耶さんの問いに、宮本は首をかしげた。
 肩をまわし、頭のてっぺんを掻いて、
「――頭痛と肩こりが治った」
 それが自分のことではないみたいに、ぼんやりとつぶやく。
 麻耶さんはにこりとした。
「肉体と精神は密接に関連している。これで勉強する意欲も湧いてくるわ。週一回、わたしのところに通えば――」
 いいかけて、美貌の整体師は表情を消した。
 宮本を凝視する。
 あの目だ、とおれは思った。
 身体の状態から、こころの歪みまでも透かし見てしまう、長谷川麻耶の魔術じみた眼力がはたらいている。
「――まだね。まだ、なにかが澱んでいる」
「澱んで」
 魅入られたように、宮本は復唱する。
「話してちょうだい。なにが気がかりなの。なにが重荷なの。それを取り除かないかぎり、きみの身体は全快しない」
「べ、べつに」
「嘘つき」
「おれは、嘘なんか」
「それが嘘」
 ここまで断言していいのだろうか。いや、いいのだ。麻耶さんにはゆるされる。おれはだまって推移をみまもった。
 やがて――
「ぼくは、うらぎりを」
 と、宮本は苦しげにいった。
「ともだちを、うらぎって」
「どうしたの」
「ぼくは――あいつを」
 へなへなと膝を折る宮本を、麻耶さんは慈愛に満ちたまなざしでみおろした。


     2


 ぼくには親友がいた。
 占星術では、おなじ誕生日のふたりは双子として扱うらしい。一九八六年十月十日生まれ。――ぼくとおなじ日に生まれた、性格も外見も異なる、後天的な兄弟。アストロツイン。
 それが、坂田透真だった。
 ぼくとちがって、はったりめいたところのないやつだった。かっこいいからでもなく、モテるからでもなく、自分がやりたいことだから、やる。――そんな姿勢で、黙々とサッカーに打ちこんでいた。
 ぼくには、そういう打ちこめるものがなかった。
 たまたま、ちいさいころから親に勉強の習慣をつけさせられていたので、成績はよかった。でも、それだけでは、学校という社会で水準以上のポジションは獲得できない。
 とくにぼくは、運動が壊滅的に苦手という、おおきなハンディを背負っていたので、かなり自覚的に〈熱いやつ〉〈おもしろいやつ〉になろうと努力してきた。
 ただのうるさいやつは、きらわれる。軽んじられる。
 その境界線を踏みちがえないコツは、自分を売りこむのではなく、相手にちょっとだけ得をさせることだと、ぼくは小学五年生で体得していた。無自覚でなく、理屈でわかっていた。
 居酒屋チェーンの地区マネージャーをやっている父親の血が、ぼくにも流れていたのだろう。
 情けはひとのためならずなんて、昔のひとはいいことをいう。ひとへの情けは、自分のためにかけるものだ。
「亮平は頭いいよなあ」
 透真はよく、ぼくをそうやって褒めてくれた。
「ただ頭いいんじゃなくて、おもしろいし、やさしいよな」
「そんなことねえよ」
 そんなことは、ある。ぼくはそういうイメージを恣意的につくりあげてきたのだから。でも、それはフェイクなんだ。透真のように、リアルな、ほんものの自分じゃない。
 だから、透真と親友になれたことは、誇らしいのと同時に、どこかうしろめたかった。
 なにか、ぼくにもないだろうか。
 透真にとってのサッカーのような、自分の身体をつらぬく芯のようなものをさがすのが、透真と〈双子〉になってからの、僕の最重要課題だった。
 みつけたのは、中学三年生の夏だ。
 それは、テレビゲームだった。
 コントローラをにぎって、ここではないべつの世界と対峙しているときは、自分が周りにどう思われているか、自分をどうプロデュースしてゆくか、そんなことにこころを砕かなくてよかった。些事を忘れて、無心になれた。
 それまでもゲームは好きで、たまに透真の部活が休みだった日は、ふたりで格闘ものやサッカーものの対戦をしたりしていた。しかし、ひとりでゲームをやるときは、はっきりと目的をもつことにした。
 自分が好きなゲームの、いったいどこをおもしろいと感じるのか。いわゆる〈クソゲー〉は、なにがいけないのか。グラフィックか、操作性か、シナリオか。――そういったことに気を配って遊ぶよう、こころがけたのだ。
 将来、ゲームをつくるために。
 本や映画にも意識してたくさん触れるようにした。図書館とツタヤに毎日のように通っていたのは、このころだ。
 当然、第一志望の私立高校には受からなかった。
 いちおう周りには落ちこんでみせたし、実際に「しくじっちゃったなあ」という後悔はあったのだが、それよりも、安心のほうが勝っていたのは、だれにもばれていないはずだ。透真にも。
 大学入試は、高校入試とちがって、内申点が問われない。本番の一発勝負だから、一夜漬けとはいかないまでも、一年漬けが通用する。
 あまり偏差値のいい高校だと、毎日の予習復習が負担になる。ゲームにとりくむ時間が確保できない。
 そういう計算があったので、透真とおなじ高校、おなじクラスに通えるのは、うれしかった。
 でも、誤算が生じた。
〈恋がしたい〉なんて思っているひとは、よほどおめでたいか、暇をもてあましているか、なんでも思い通りにゆく人間的な魅力にめぐまれたやつだろう。
 ぼくはそういう意味での阿呆ではなかったし、ゲームでいそがしかったし、おもしろいやつの皮をかぶった平凡な男だった。
 それなのに。
 岩田沙紀を好きになってしまった。
 周りを観察し、自分の立ち位置を微修正するくせがついていたぼくは、他人のことがよくみえた。具体的には、腹黒い女子、ぶりっこしている女子を識別できた。
 岩田は透真とおなじ人種だった。
 嘘がない。ありのままだ。
 かわいく生まれて育ったことに、自覚がないのだろう。
 男だって、大人ぶった女子が思うほどバカばっかりじゃない。にせものにだまされることはあっても、ほんものがわからないってことはないんだ。
〈ほんもの〉の岩田は、だから当然、めちゃくちゃモテた。
 七月に入るまでに、クラスの壁――いや、学年の壁を超えて、二桁の男が告白しては玉砕したという噂を、ぼくは焦燥と安堵で揺さぶられながら耳にしていた。
 隠していたつもりだが、透真にはバレバレだったらしく、
「おまえなら、落とせるんじゃないか」
 とんでもないことをいってくる。
「いや、おれなんかじゃ」
「だめかどうか、試してみなけりゃわからないだろ」
 ああ、透真にはわからないんだな。――そう思った。
 たとえば、ぼくたちが社会人だったら、すこしは可能性があるかもしれない。
 ゲームでいえば、社会人は、パラメータが大量に設定されている。不細工でも、運動音痴でも、包容力とか財力とか、ほかのパラメータが高ければ、レベルが上の敵とでも工夫しだいで戦える。
 高校生はだめだ。評価されるパラメータが少なすぎる。
 ぼくはなんとかごまかして、高校でも文科系のリーダー格を維持してはいるが、透真のような王道をゆく魅力は欠落している。
 岩田だって、いい子だけれど、
「――きっと透真みたいなイケメンが好きなんだよ」
 そういう、ふつうの女子なんだ。
 かんちがいしてはいけない。
 うちのクラスにも、岩田はただやさしい性格というだけなのに、愛想よくされて、特別な感情をもたれていると、安易な夢をみてしまった愚かな男子がたくさんいる。
 ぼくはそうはならない。
 ならないと、決めていたのに。
 たまたま、帰りの列車でとなりの席になって。
 舞いあがって、うっかりしゃべってしまって。
 ――おれ、テレビゲームをつくりたいんだ。プレイしたユーザーの人生を変えるような、ハードの売れゆきを左右するような、記録と記憶の両方にのこるソフトを、つくりたい。
 しくじった、と思った。こんな夢、理解なんかされるはずがない。
 透真は小学生からの親友で、男だから、まじめに聞いてくれた。
 でも、岩田は。
 ふーん。――どうせ、それで終わりだ。あとには、宮本くんってけっこうオタクなんだね。そんな印象だけが残る。
 ――おっきな夢だね。
 ――え。
 ――わたし、好きだな。そういうの。
 そういって、岩田はほほえんだ。
 笑顔が、すぐそばにあった。
 ――宮本くんなら、できるような気がする。テキトーなことをいう女って思われちゃうかもしれないけど。
 ――そんな、そんなことはないよ。
 ――よかった。宮本くんって、頭がよくて、みんなに気配りするひとでしょう。そういうリーダーシップのあるひとのところには、きっとすごいスタッフがたくさん集まると思うんだ。
 頭がまっしろになった。列車がどこの駅まで進んだか、わからなくなった。
 ――わたしも、ドラクエとファイナルファンタジーはやるよ。弟が買うから、貸してもらうの。宮本くんのソフトがでたら、わたし、自分で買うね。
 そのあとは、なにをどう答えたかわからない。
 わたし、好きだな。
 そのせりふだけが、いつまでも耳に残った。

     ※

 ぼくの父親は優秀なマネージャーであるようで、半年とか一年とか、短期の単身赴任を繰りかえしていた。店長たちを指導して、各店舗を軌道に乗せ、その地区での知名度を確立させるのだ。
 その功績がみとめられて、十月から、本部での統括業務にあたるよう命じられた。
 わかりやすくいえば、出世したのだ。
 ところが、その居酒屋チェーンを経営している会社は、なぜか本社が先宵市にある。東京から列車で二時間の、地方の街だ。
 今度は数年間、おなじ場所で働く。
 ぼくは家族ごと引っ越すことを母親に提案した。
「だって、あんた、学校は」
「編入するよ。正直いって、いまの学校は、そんなにいきたいところでもなかったし」
 父親はよろこんだ。ひとり暮らしは気楽でいい、なんて強がっていたけど、やっぱりさみしかったんだな。
 これでいいんだ。――そう自分にいいきかせた。
 ぼくは清算の行動にうつった。
 夏休みに入る数日前、クラスの男女を集めて遊ぶ計画をたて、体育会系のリーダー格の男子にもちかけた。ぼくよりも、彼が音頭をとったほうが盛りあがるという計算だった。
「チャンスだぜ」
 岩田も参加することを知って、透真は愉快そうにささやいてきた。
 ほんとうにいいやつだな、と思った。こんなふうになれたら、ぼくはゲームをつくろうなどと思わなかったかもしれない。
 渋谷にでて、ふらふらしているうちに、ひとり、またひとりとはぐれてしまったのも、織りこみ済みの展開だった。
 要するに、合コンというのが裏の趣旨なのだ。気にいった組みあわせで、あとは勝手にやってくれというわけである。
 透真と、岩田と、ぼくの三人が、適当な喫茶店に残った。
 透真がなにかいいだすまえに、
「ほかのやつ、さがしてくるよ。ったく、授業中は何回もメールチェックするくせに、こういうときは電話にでないんだから」
 ぼくは早口でいい残して、店をあとにした。
 もちろん、さがすつもりも、透真たちのところに戻るつもりもなかった。
 これでいいんだ。
 届かないものなら、自分から手ばなせばいい。
 岩田をみていれば、わかった。岩田は透真をみている。
 サッカー部にしてはもの静かでめだたない透真のよさを、ちゃんと見きわめられる、しっかりした眼力をもっている子であることが、うれしかった。
 透真なら、いい。透真と岩田なら。
 これでいいんだ。
 帰り道、ぼくは幾度も幾度もつぶやいた。――これでいいんだ。これでいいんだ。これが、ぼくたちにとって最良の道なのだ。

     ※

 夏休みになり、透真からの連絡はこなかった。それが、岩田との仲がうまくいっている証拠だった。
 一度だけ、家に電話した。
 透真はケータイをもっていないのだ。いまはどうかわからない。彼女ができれば、メールの交換もしたくなるだろう。
 夜だった。部活も終わっている時刻だが、透真はまだ帰ってきていなかった。朝まで帰ってこないかもしれない。
 返信はいいです。――そう家のひとに告げて、電話を切った。
 結局、あいさつらしいあいさつもしないまま、ぼくは先宵市に引っ越した。
 それ以来、透真とは、一度も会っていない。


     3


「ぼくは、透真にひどいことをしました。黙って姿を消して、あいつはきっと苦しんだはずだ」
「よかったじゃない」
 そういって、麻耶さんは涼しげにほほえんだ。
 宮本は耳を疑うような表情になった。

「だって、それがきみの狙いだったんでしょう」

 おれも、同感だった。
 宮本は、坂田透真と岩田沙紀に罪悪感を植えつけて、思い知らせたかったのだ。
 ぼくを苦しめて、ふたりで幸せになればいい。――そのような、あてつけがましい嫉妬の発露にしか、おれには思えなかった。
「坂田くんが、宮本くんのいうような男の子なら、きっと眠れない夜を何度も過ごしたでしょうね。だれだって好きになってしまうような女の子を、好きになる。その当然の気持ちを、友情のために否定せざるを得なかった。岩田さんもかわいそうに。きっと坂田くん、岩田さんといても、ちっともたのしくなさそうにみえていたと思うわ。好きなひとが自分といてつまらなさそうにしているのって、女の子はいちばんさみしいのよ。かわいそう。坂田くんも岩田さんもかわいそう。――だから、よかったじゃない。きみの理想どおりの筋書きだわ」
「あんたになにがわかる!」
 宮本は激昂した。そりゃ、ここまでいわれたら、逆ギレしたっておかしくないわな。
 いつになく、麻耶さんは容赦がない。だが、これは経過だ。結果ではない。見習いのおれは口をはさまなかった。
「他人に劣等感をもったことなんか、あんたにはないんだろう!」
「あるわ」
 一年以上みてきたおれだから、気づいたのだろう。一瞬のさらに半分くらいのあいだ、麻耶さんの表情が痛ましげな翳りを帯びた。
「あるから、ひとは努力するんでしょう。その努力が尊いから、ひとはひとを好きになるんでしょう」
 きみだって、と麻耶さんはいった。
「ゲームをつくるっていう夢があるんでしょう。その夢で、岩田さんを口説けばよかったのよ。女の子はね、かんたん。男の子がむずかしくしているだけ」
「でも、いまゲーム業界は飽和状態で、ゲームで食べてゆくなんて、それこそ夢物語なんですよ」
 宮本はいくらか落ちついた口調にもどる。
「でも、食べてるひとはいるんでしょう」
「それは――」
「きみの夢はなに」
「なにって、だから」
「ゲームで食べてゆくこと? お金持ちになること?」
「そ、それは」
「ちがうでしょう」
 ――おもしろいゲームをつくる。
「それを、夢と呼ぶのよ。わたしはなにがファミコンでなにがプレステなのか、さっぱりわからないけれど、夢というものがどういうものなのかは、わかる」
 圧倒的な真実だった。なかなか、こんなふうにいいきることはできない。やりたいことを、ただやればいい。――それができているひとにとっては、かんたんなことなのだろう。
 麻耶さんにとっては、整体師が夢なのだ。
 ひとを癒し、治すこと。それが夢なのだ。
「あやまりにゆきましょう」
「え――」
「坂田くんにあやまりにゆくの。そうしなかったら、きみの倦怠感は完治しない。大学に進むのか、ほんとうはコンピュータの専門学校にいきたいのか、いますぐゲーム会社を立ちあげたいのか、それは、わたしが干渉することじゃない。自分で考えなさい。でも、それ以前の段階で、きみはつまづいている」
「でも、きっかけが」
 あ、と口を円くあけたまま、宮本は固まった。
「――どうして、どうして忘れてたんだ。こんなことすら、ぼくは」
 ダムの決壊に似ていた。いきなりにみえるけど、ずっと溜まっていたのだろう。宮本の目から涙がいっきに噴きこぼれた。
「ぼくは――うっ、うえっ、うう――」
 嗚咽で意味のあることばにならない。
「や、やくそくが」
「約束」
「十月、十日」
 ――アストロツインの、約束があるんです。
 つっかえながら、宮本はそういった。

     ※

「渋谷なんて半世紀ぶりにくるわ」
 ギャグにしては微妙すぎることをいって、麻耶さんはあたりをみまわした。このひとが吸血鬼で千年くらい生きていたとしても、おれはおどろかない。いや、おどろくけど、納得すると思う。ふつうの人間と考えるよりは理にかなっている気が――
「上田くん、なにかいいたそうね」
「いやあ、おれもひさしぶりですよ」
 ははは、とおれは空笑いをした。
 駅の西口、ハチ公前広場だ。火曜日だというのに、まるで日曜日のような賑わいだ。こんな感想は、田舎ものの証拠だろうか。
 ホームレスが屋台で組織的に拾い集めたまんが雑誌を売っている。その横では、黒いスーツを着たキャッチが、それこそ田舎ものが想像する渋谷のギャルそのままの格好をした女の子をつかまえている。都会の風景だ。
 すこし離れたところで、おれたちは宮本亮平をみまもっているのだった。
 ひげを剃り、髪を切り、あたらしいジャケットとジーンズを着て、さっぱりした格好の宮本は、落ちつかなさそうにしているけれど、なんだかふっきれたようすだった。
 今日までの一ヶ月あまりで施した、麻耶さんの治療が効いたのだ。からだにも、こころにも。
 小学生のときに、宮本は坂田と約束したという。たとえなにがあったとしても、二十歳の誕生日にはいっしょに酒を飲もうぜ。渋谷で午後七時に会おうぜ、と。
 六時五十分。運命のときまであと十分を切った。
「きますかね、坂田は」
「どうかしら」
 麻耶さんは心もとないことをいう。
「でも、宮本くんをここに連れてくるまでが、わたしたちの役目だったわ。あとは、宮本くんにまかせましょう」
「おねえさんおねえさん、ひとり?」
 軽薄な声で、キャッチが麻耶さんにちょっかいをだしてきた。六時半に着いてから、もう五度めだ。しかたないよな、この美貌じゃ。
「ひとりじゃねえよ」
 おれが睨みつけると、
「なんだ、クソガキ」
 キャッチは凄んできたが、おれが睨みかえすと、顔色を変えた。怒りと怯えが天秤にかかっている。
「死ね、バカ」
「てめえが死ね。中学中退」
 ぶっちぎりに差別的な挑発を投げつけたが、それ以上キャッチはやりあうつもりがないらしく、地面に唾を吐いて去っていった。
「上田くんっておそろしいわね」
 麻耶さんは肩を抱いて恐怖におののくしぐさをした。
 こういうときのボディガードとしておれを駆りだしておいて、ひどい言い草である。
「あ、院長、あいつじゃないですか」
「え、どのひと」
「あれあれ」
 おれが指差したのは、ダウンのベストを着た、背の高い男だった。宮本にみせてもらった、中学の卒業アルバムに載っていた写真のおもかげがある。
 坂田透真とおぼしき男が、宮本におそるおそる近づいてゆく。感動の対面となるか。それとも――
「そこの麗しきエンジェル、愛の力を信じますか! さあ、わたしの手をとって! 恥ずかしがらなくてもけっこう!」
「コーセイ!」
 麻耶さんに名前で呼ばれるのは緊急事態を意味する。おれはいかれたせりふを発した相手の顔もみず、反射的にその手首をつかんでひねりあげた。
「あいたたたた、痛い痛い痛い」
「痛くしてるんだよ、おっさん」
 苦鳴をあげているのは、くたびれた背広を着た、どこにでもいるような中年男にみえる。
 だが、おれの勘がなにかに触れた。みためどおりの人間ではないって意味では、麻耶さんとおなじ人種だ。
「なにもんだ」
「わたしはただの、愛を紡ぎだす吟遊詩人だよ。手を離したまへ。――あだだだだ」
「そんな職業は現代の日本にねえ」
「上田くん、あのふたり、だいじょうぶそうよ」
 麻耶さんのことばに、自称吟遊詩人のおっさんから手を離さず、後ろを向いた。
 宮本が、坂田の肩に手を回して、繁華街のほうに歩いてゆく。
 おれのこころにあたたかいものが満ちた。
 わだかまりが完全に解けるには時間がかかるかもしれない。でも、とにかく、ふたりは光の射すほうへふたたび進みはじめたのだ。
 安心して、おれは当面の問題に意識を向けた。
「わたしは迷える少年たちを慈しむ、平凡な吟遊詩人だといっているだろう! きみ、折れる、あっ、あっ、折れるってば、こら」
「まあ、吟遊詩人? めずらしいお仕事ですね」
 麻耶さんは激痛に全身をよじるおっさんに、のんきに話しかける。やっぱり同類か。

「はじめまして。整体師、長谷川麻耶です」
「愛の伝道師、ロマニーと申します。以後お見知りおきを」

 異常な状況での、なごやかな自己紹介だった。
 あれ、交番から制服警官が駆け寄ってくる。非常にまずい。まあ、麻耶さんの美貌と口八丁でなんとかなるだろう。



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