ことづて
神月蒼
たったの一言、「あなたがすきです」と伝えることができない。
人間としてあまりにも不出来な私は、自分があなたを本当に愛しているのか、それとも恋に恋をしているだけなのか、それすらもわからないから。
もしも、あなたを愛していないのなら、これほどあなたに対して失礼なことはない。
せめて、これが恋なのか勘違いなのか、きちんとわかれば良いのに。
愛と恋との違いも、そもそも、その感情がどんな物なのかも、よくわかっていない。
昔、あなたに好きだと言われたとき、本当は嬉しかったのだけど。
胸の端から染みてきた恐怖に絡め取られて、結局応えることができなかった。
愛されることに恐怖を覚えた。
同じように、愛することにも。
私は愛されない子供だった。
表面上、家族は私をとても愛してくれたのだけど。
「家族だから」という理由でしか、彼らは私を愛してはくれなかった。
情のある人たちだったからまだ良かった。彼らに言わせて見れば、私は「友人には絶対にしたくないタイプ」で、「家族だからなんとか愛せる」らしいから、きっと情のない人たちのところだったら、今頃私はひどい環境にあっただろう。
さいわいにして、私は周囲に恵まれた。
同じ趣味を持つ仲間がいて、少なくても親友と呼べる友人がいて、なんとか衣食住に困らない生活を送っている。
これ以上、なにかを望むなんて、してはいけない気がする。
しあわせというのは、そんなに長くは続かないものだから。
いま、こうしてあなたの傍にいられるだけで、本当は満足していなければいけないのに。
あなたに好きですと伝えてしまったら、しあわせは崩れてしまうかもしれない。
分不相応なことを望んではいけない。
愛も恋も求めてはいけない。
たくさんの言葉に翻弄されて、流されて、行き着いた結論。
他人を愛すること、他人に愛されること。
想うこと、想われること。
成長していけば自然と覚えていくことのはずなのに、こんなに難しい。
小さい頃は、それでも何とか生きてこられた。
だけど、大人と言われる歳になって、もう『けっこういい歳』になってきた。愛も恋も隣り合わせ、どうあっても無関係ではいられない。
ここから先を生きていくために、あなたが必要だと思った。愛を知るのなら、あなたとが良いと思った。
……「だけど」。
愛は、怖い。
恋も、怖い。
恐怖を拭いきれないまま、あなたにすきですと伝えることはできない。
臆病で脆弱なこの心を抱えたまま、私は生きていくのだろう。
いま、ここにあるしあわせが、掌からこぼれていかないように。
せめてひと時、とどまってくれるように。
祈りながら、日々を過ごす。
まだもう少し、せめて、もう少し。
あなたの傍に、どうかいられますように、と。
―― 終 ――