マヒルノツキ
神月蒼
これから私がお話しすることを、あなたが信じてくださらなくても構いません。なぜなら私は、自分でも今からお話しすることが夢だったように思えてならないからです。
私の家は、両親が共働きで姉とも四つ歳が離れていたため、幼稚園に通っていた私は午後のひと時、たった一人家に取り残されることが多かったものです。
当時、我が家は二世帯住宅で、二階建ての一階部分には祖父母がおりましたが、私は祖父母にあまり懐いていなかったようで、一階に行くことはあまりありませんでした。
ですが、私はあまり家に一人でいた記憶がありません。私のそばにはいつも綺麗な十七、八の頃のお姉さんがいて、彼女は私に挨拶の大切さや、箸の持ち方、物を粗末に扱ってはいけない、などの常識的なことを教えてくれたものでした。
後になってきいてみると、なぜか彼女の存在を誰も知らないのです。近所に似た年恰好の人もいなかったし、なにより物心ついたばかりの娘の話ですから、彼女の存在を信じる人すら多くはありませんでした。
夢だったのかしら、と今では思ってしまうこともあるほどです。
だけど家族はろくに使えない箸を私ひとりうまく使って見せたり、家族の知らないことを私だけがしっていたり、そういうことが多かったものですから、彼女はやはりいたのでしょう。
そして、今もおそらく私のそばで私を見守ってくれているのだと思います。
中学生の時でしょうか。こんなことがありました。
私が家に戻ると、母が洗濯物を干していました。
私は母にただいまの挨拶と、疲れたから少し寝ると言って自室に引き上げました。私の部屋は南と東に窓があり、大変明るいので、一級遮光のカーテンを引いて私は昼寝を始めました。
どのくらい経った頃か、ふとたくさんの笑い声が聞こえた気がして目を覚ましました。
まだ幼い子供たちの、楽しそうで無邪気な笑い声でした。
おかしいな、と私は夢うつつに考えました。何故なら、私の家の近所には公園は多いのですが、どれも私の家からは少しずつ離れていて、笑い声がこんなに近くに聞こえるはずはないのです。
そのうち、子供たちが私に近寄ってくるのを感じました。
私は直感しました。
ああ、この子供たちは生きてはいない。
リーダー格の少年が無邪気に笑いながら言いました。
「ねえ、一緒に行こうよ!」
全身が強張りました。
一瞬で、彼の言葉の意味を理解したからです。
「一緒に行こう」
つまり、死のうと。
私は足掻きました。まだ死ぬわけにはいかない。死にたいと思ったことはあるけれど、彼らと一緒に行くことはできない、と。
全身が氷のように冷え、頭も目を開くことさえできませんでした。
だけど少年たちの顔はうっすらみえるのです。十人ほどいたでしょうか、一番年上の、私に一緒に行こうと言った少年が十一歳くらい、そして最年少は六歳くらいの少女でした。
行けない、私はそこには行けない。
何度も言いましたが、彼らはなかなか離れてくれません。
身体も動かないまま、私は必死に隣室で洗濯物を干している母に助けを求めました。
そのときです。
ふと、脳裏にかつて私の面倒を見てくれた彼女のことが蘇りました。
同時に、薄暗い部屋の中に、朧の月が見えたような気がしました。
「お姉さん!」
叫ぶと同時に、子供たちは散り散りに走っていきました。
そして、私は肩に、お姉さんの温かな掌の温度を感じていました。
真昼の月のように、見えないけれどもそこにたしかにいてくれる。
そんな夢のようなことを、私も夢かうつつかわからないまま、不器用に信じています。
あなたがこのお話を信じるか信じないかも、ご自由にどうぞ……。
―― 終 ――