オーロラのかけら
奏位星華
真冬の深夜に部屋の窓を開けると、キンと張り詰めた冷たい大気が頬に当たった。暖冬とはいえ、朝晩はやっぱり冷え込む。
ベランダに出て、半纏のポケットから携帯を取り出し、ボタンを右手で打ちながら空を見上げると、きらきらと冬の星座たちが瞬いていた。
(そういやあの人、確か今日帰国って言ってたような……)
テーブルにカップと携帯を置いて椅子に腰掛けると、すぐに『きらきら星』の着メロが携帯から流れてきたので、それを手にとり通話ボタンを押すと、聞き慣れた男性の声が聞こえてきた。
『もしもし』
「もしもし、久しぶりー」
『久しぶり、って一ヶ月ぶりだろ』
「そりゃだって、日本離れて海外出てたから」
『まあ確かに。今は駅から歩いて移動中』
「えっ?それじゃあもうこっちに向かってる?」
昨夜の飛行機で早めに帰ってきたんだ、と彼が返答したのを聞いたあたしは、カップの中のカモミールティーをすすった。
あたしの彼氏はフリーのカメラマン。世界中を駆け回り、さまざまな被写体をファインダーにおさめている。今回はカナダの北極圏近くまで行ってくる、と言ってたけど、流石に季節が真冬なだけに、無事に帰ってこれるか心配だった。
そもそもあたしも彼も、『空』そのものが好きで、あたしは描くこと、彼は撮ることが仕事になったようなもの。
大学時代に付き合い出したきっかけだって、美術部にいたあたしがばら色の星雲や、彗星を描いた宇宙の絵を彼が見てくれたからなんだけど。
『――東城さんの絵、俺すごく好きだな』
その直後に彼がお友達からでいいからということで、卒業後からお互い仕事で忙しい中、メールや電話で話しつつ、時間が合えば会ってどこかに行って遊ぶ、と言った具合で付き合っている。
『しっかしカナダはすっごく寒かったー。初めて行ったけど思ってたより厳しかった』
「そりゃ日本よりずっと北にあるから当たり前でしょ。それで、良いの撮れた?」
『ばっちり、と言いたいとこなんだけど……やっぱ天気がなかなか良くならなくて、最後の三、四日間でようやく良くなったくらい」
「そっか……じゃあなかなか撮影できなくて大変だったんだ」
あたしがそう言った後、彼はうれしそうな声でこう話してきた。
『ああ。でもさあ、夜空に広がるオーロラを見た瞬間、何日もずっと待ち続けた疲れがふっとんで、何も言えないくらいに心がいっぱいになって……あーコレをあいつに見せてやれたらな、って』
「あたしに?」
『そう』
それだけ荘厳で綺麗だったんだ、と彼が言ってくるので、あたしはお茶を飲みながら話を聞き続けた。
『それでさあ、菜乃にお土産渡したいんだけど』
「え?でももう夜遅いし、またでいいって」
『下見てみ、下』
彼にそう言われて視界を下に向けると、家の前の歩道に彼が立っていた。
「ちょ、な、なんでー!?」
それを見たあたしは慌ててベランダから部屋を経由して、すぐさま玄関からマンションの外に出た。
「……驚いた?」
「驚いたも何も、あたしはてっきり自宅に帰るのかと思ってたわよ!」
「俺、日本に戻ったら真っ先にお前のとこに行くつもりだったし」
サプライズでそれをやられると、あたしも何も言えないわよ。
「で、渡したいものって?」
あたしが彼に尋ねると、彼はスッ、と目の前に紺色の四角い小箱を出し、あたしの手の平にポン、と置いた。
「これ、開けてみて」
言われるがままに箱をそっと開けてみると、中には少し黒みがかった、虹色の石が入っていた。
「ラブラドライト、っていうあっちで採れた石なんだ。お土産にと思って」
楕円形に磨かれたその石を見て、あたしはその中に彼が見た極北の夜空がぎゅっと凝縮されてるように見えた。
「うわ……なんか、オーロラのかけらみたい」
「だろ?」
近くにある街灯の照明で、きらきらと虹色に輝く石をじっと見つめていると、彼がいきなりぎゅっと抱き付いてきた。
「ちょっと、いきなり何すんの!」
「だって寒かったし、温めてほしいから」
「あのねー!」
あたしは空いていた左手で、彼の頬をお餅みたいに引っ張ってお返しした。
「いたたたた!何すんだよもう」
「そういうのは恥ずかしいのよあたしが!」
彼に言い返して、その後にそっと小さくつぶやいた。
「……ありがと」
手の中にある虹色の石を握りしめて、あたしはふわふわと温かな感覚に包まれながら、真夜中の星空を見上げていた。
いつか彼と二人で、あのオーロラの空を見れることを夢見つつ。