Winter Rainbow 〜冬の空にかかる虹〜
奏位星華


 

 激しい水音と、地面を叩きつける大粒の雨。
 地下鉄を降りて階段を上がり、出口まであと数段になった時、激しく降る雨が私の行く手を阻んだ。
 待ち合わせ場所まであと少しという所で足止めされた私は、じっとこの状況を収まるのを待つしかなかった。

 傘も持ってない上に、服も靴もまだ新しいのに、このままだと約束の時間に間に合わない。地下鉄の出入り口にしゃがみこんで、薄い灰色の空を見上げていると、突然透き通った青いフィルターが、目の前に飛び込んできた。


「なんだ、こんなとこにいたのか」


 聞き覚えのある声が後に続いて、私はその方へ顔を向けると、心配そうな顔をした彼が、傘を手に立っていた。

「何じっと見てるんだよ」
「……いきなりだったからびっくりした」

 その返答に対して拍子抜けした私を見て、彼は私の横に歩み寄り、傘を閉じた。

「何かおまえ、子猫みたいだぞ」
「えっ?」
「じっとうずくまってて、泣きそうな顔してた」
「そうなの?」
「いかにも『拾ってください』って感じ」


……だからほっとけないんだろうな。


 彼が小さくぽつり、と呟くと、冷たくなっていた私の手を取った。温かく大きな手に包まれて、その熱がじんわりと伝わる。
 私がゆっくりと立ち上がり、視線が重なると、彼は思わず目を反らした。



「せっかくのデートが雨で台無しだな」
 相合傘で二人並んで、雨で煙る街をぼんやりと眺めつつ歩いていると、彼が小さくため息をついた。降り続く雨の中を行き交う人も少なく、冷たい空気が露出している肌に当たる。
 だけど、つないでいる手だけは、とても温かくて柔らかい。

「あ、なんか手がぽかぽかしてきた」 
「そりゃあ俺と手をつないでるからだろ」
 彼と一緒だから……それだけでなくて、何かまた別の気持ちが私の中で現れてる。
 
「本当なら雪降るのが普通なのに、暖冬だからなあ」
「そういえば、今年になってからまだ雪降ってないよね……去年のクリスマス前に降ったきりだし」
 私が彼にそう言った後に顔を上げると、どんよりとしていた空がさっきより明るくなり、雨も小降りになってきた。
「もう少ししたら止むかなぁ?」
「そうだな、にわか雨みたいだし。俺が家を出ようとした時に降りそうだったから、傘持ってきて正解だったな」
 二人で暫く歩き続け、屋根つきアーケードがある大通りに差し掛かる直前、目の前の横断歩道の信号が赤になり、私と彼は足を止めた。
 ずっと片手で傘を持ち続けている彼に、替わったげようか、と声をかけようとしたその時。
 サアッと突然車道が明るくなり、思わず空を見上げると、分厚い雲の隙間から鮮やかな青が姿を現し、そこから太陽の光が地上へと射し込んできた。その光にぱらぱらと降る小雨が合わさって、七色の虹が作られると、私はまばたきしながら色鮮やかな自然のアーチを見つめていた。
「うわ、きれーだなー」
 彼の声に気づいてそちらに振り返ると、視線を空に向けて微笑んでいる顔があった。
 車が行きかう通りの両脇に立ち並ぶ、ビルとビルの間にかけられた曲線。人工物と自然物が融合して出来た光景を、しばしの間一緒に見つめていると、彼が私と手をつなぐのを止め、上着のポケットから携帯電話を取り出した。
 画面を開いて空に向けて数秒後、カシャ、という音を立てて写真を撮ると、それを私に見せてくれた。
「どう?ちゃんと写ってる?」
 縦長に仕切られた空間に収められたそれは、とても鮮やかで綺麗な世界だった。
「うん、すごくきれい」
「冬に虹が見えるのって滅多にないもんな」
 よかった、と彼は嬉しい顔をこちらに見せると、携帯をしまって傘をたたみ、再び私の手を握った。 
 

 横断歩道の信号が青に変わり、私と彼は再び歩き出す。
 お互いをつないだ手はさっきよりも温かく、包み込むように感じた。
 その頭上にかかる虹が、やがて空の青に溶けて消えるまで、街の人々や植物、乗り物や建物に、淡い光を降り注いでいたー……。


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