マシロノヒカリ
奏位星華
この世界には、「見えないもの」っていうものがある、っつうか存在してる。
まあ大体幽霊や天使、悪魔とかそんなもんだろうけど、霊感のないオレには見えないんだから関係ねえ、って今まではそう思ってた。
だけど、非日常な出来事というものは、ある日突然やってくる。
オレは中学のころからカメラを手にあちこち出歩いて、いろいろなものを撮影している。何気ない日常の中でふと自分の目に留まったものをカメラに収めては、現像してアルバムにまとめていた。
そんなオレがこの春めでたく大学生になり、入学記念に親からデジカメをプレゼントされた。新品の一眼レフタイプで、いままでアナログな銀塩フィルム機で撮影をしていた自分にとってはとても新鮮だった。
デジカメは撮影した画像がすぐに確認でき、パソコンに取り込んで保存や編集が楽に出来るから、せっかちなオレにとってはありがたいものだ。
デジカメからSDカードを出し、パソコン本体の挿入口に差し込んでみる。画像編集用のアプリケーションが起動してディスプレイ画面を見ると、なぜか一枚だけどうみてもピンボケで撮影に失敗したのがある。
「あ、まちがえたんだこれ……」
何かのはずみでうっかりシャッター切ったんだろうなあ……とはいえこの物体は一体何だ?
真っ白い光の球体が、電柱の横にポツンと浮かんでいる。心霊写真じゃねーよなあコレ。幽霊だったら人の形をしているわけだし。
「ま、いいか。せっかくだし保存しとこ」
カードの中に入っているデータをハードディスクに保存して、空になったそれをカメラに戻すと、オレは上体を畳の上に預けた。
そのままうつらうつらとしていると、いつの間にか意識は闇の中へと引きずり込まれていった。
ふと気が付くと、目の前がどんよりと濃い灰色の世界に変わっていた。
体を起こして見回すと、真っ黒いものがオレがいる空間をぐるぐると渦巻いてる。うっわ気持ちわりー。なんなんだよこれは。
そう思った直後、どこからかおどろおどろしい声が聞こえてきた。
「か〜え〜せ〜」
……へ?
なんだなんだこの声は?
「……おまえがもっている、あの光をかえせ〜」
はぁ?なんだよあの光って。そんなもん持ってねえよ!
「嘘をつけ、おまえが手にいれたのは知っているのだぞ」
なんだよそれ。知らないもんは知らないっつうの。
オレがそう答えた直後、ズオ、という音とともに、足元から黒い泥のようなものが姿をあらわし、みるみるうちに体にまとわりついてきた。
「うわぁっ!」
べっとりとして気持ち悪いそれを取ろうと、オレは必死になって抵抗するが、取れないどころかものすごいスピードでどんどん頭に向かって広がっていく。
黒いぬめりが首まで達して、もう駄目かと思ったその時だった。
突然、自分の体がほのかに光り出し、それがみるみるうちに全体を包み込むようにして真っ白になると、意識がそこでフッと途切れた。
ふと気が付いて慌てて飛び起きると、窓の外は明るくなりはじめていた。
うっかりそのまま寝てしまったとはいえ、つけっぱなしになっていたパソコンは電源が切れていたし、さっきまで感じていたべとつき感もすっきりと消えていた。
「なんだったんだろアレ……」
オレはカメラをバッグに入れて、部屋を後にした。
「あーもう、今日は天中殺かっつうの!」
その夜、オレはふらふらになりながら家に帰宅し、部屋のベッドの上でうつぶせになった。
大学に行って講義を受けてる最中に何度も睡魔に襲われ、うっかり眠ってしまった時に、昨晩の夢に出てきたあの黒いおどろおどろしい物体が追っかけてきたのだ。
運良く講師の先生に注意されずに、授業が終わった時に隣の席にいた学生が起こしてくれた時、こっちに意識を戻せたのだけど、戻ったら戻ったで今度は体が酷く重たくなり、結局4時間目の途中で学校を早退した。
そういえば、オレが通っていた高校の先輩に、その手のものに詳しいのがいたっけなあ。
オレは傍らにあった携帯を手に取り、彼に連絡を取ってみることにした。
「あ、福田!ひさしぶりー」
それから三十分後、家の近所にある小さな公園に行くと、オレが電話で呼び出した相手―日浦先輩がそこにいた。
両耳に補聴器がついているのだが、喋り方は普通の一般人と変わらない。
彼の場合は聴力はあるけど、余計な雑音が酷くてそのために補聴器をつけているので、難聴持ちというわけではないんだが、器械をつけるまでは結構苦労していたということを知っている。
その理由は後で話すとして、オレはとりあえず昨日のことを打ち明けてみた。
「なるほど、おまえの夢の中に出てきた黒いもの……なんか心当たりある?」
「いや、たまたま間違えてシャッター切っただけなんでなんとも…」
「そうか……もしよければ、その画像を見せてもらえないかな」
「わかった、ちょっと待って。カードポケットに入れてるんだった」
オレはポケットの中から、さっきパソコンから取り出してきた例の画像が入ったSDカードを出し、先輩に渡そうとしたその時――。
突然、ザアッ、という音の後に、公園全体の木々が急激にざわめきだした。
か〜え〜せ〜……
夢の中で何度も聞いたあのおどろおどろしい声が、園内に響き渡る。
「これはまさか――……福田、避けろ!」
何度も何度も繰り返すその声を聞いていた日浦先輩が、突然オレの右腕を引っ張って横っ飛び。その上を掠めるようにして、黒い影がものすごい速度で飛んできた。芝生の上に転がるようにして避けた後、慌てて体を起こすと、再びこちらに向かって襲い掛かってきた。
「うわぁっ!」
なんとか体をそらして避けたものの、影の勢いはますます強くなっていく。
「何だよこの黒いのは!夢の中だけじゃなく、リアルでも出てくんなっつうの!」
オレは公園の真ん中で鈍い音を立てつつ蠢く、不気味な黒い物体をにらみつけた。すると丁度反対側にいる先輩が、大声でこちらに声をかけてきた。
「おい福田!この影はおまえが持ってるカードを狙ってる。早くそれを捨てろ!」
「ええっ?!なんでですか?」
「いいから早く!」
そう言われるまま、オレはカードを芝生の上に置き、数歩後ろに引き下がると、先輩はそのカードを指差し、こう言い放った。
「――『マシロノヒカリ』!」
黒い影の先端がカードに触れるまであと数センチとしたところで、突然パキン、という音とともにカードが真っ二つに割れ、そこから真っ白い光の球体が飛び出すと、それはオレの目の前にフワリと静止した。
(カードが割れた……一体どういうことなんだ?)
黒い影はその光にすぐさま反応し、重苦しい音を立てながら動きを徐々に鈍らせると、光の球体を包みこみはじめた。
「せ、先輩、何が起きてるんです?」
「闇が光を取り込み、一つになろうとしてるんだ」
よく見ておけよ、と先輩に言われ、オレはその状況を見守っていた。
ゆっくりと侵食するようなスピードで、影は球体をすっぽりと包み込む。やがてそれが完全に覆われた時、突然まばゆい光が公園内を包み込んだ。
「うっわ、まぶしくてチカチカする……」
光がようやく収まり、ふと割れたカードが落ちている地面を見ると、そこにはちょっと変わった形をした一匹の獣の姿があった。
外見は猫に近いものの、耳と足としっぽは黒、後は白い体毛に覆われ、右が金、左が銀の瞳を持つ、不思議な生き物。
「どうやら上手く融合したみたいだな」
「えっ?どういうことですか」
オレがその猫もどきを見つめながら、その疑問を先輩に尋ねた。
「さっきの黒い影は福田が持っているカードに入っていた、白い光の持ち主だったんだよ」
「へ?」
「おそらく、たまたまおまえが偶然に間違ってシャッターを切ってしまった時に、その光をカードの中に取り込んだんだろう」
まあ昔のことで、人間が写真を撮られるとカメラに魂を抜かれてしまう、っていう迷信があるけどね、と先輩はそう答えてくれた。
「さっき僕はあの黒い影の声を聞いたんだ。『私の光を返してくれ』と」
そう、先輩は普段人間の目には見えないものの存在の、声が聞くことが出来るのだ。小さいころはその声があちこちから聞こえていて、それが心身的にこたえて辛い思いをしていたそうだ。その後先輩が小学生になった時、彼の耳の話を聞いたある男性が、特別な補聴器を作ってくれた。それはリアルで聞こえる雑音と、見えない存在が出す音を聞き分けられることができるもので、それをつけてからは、彼の難聴はようやく収まったのだ。
ふと気が付くと、猫もどきの動物は公園から姿を消していて、日浦先輩曰く元の姿に戻ったからこれで大丈夫、と言っていた。
「……で、コレが福田が撮った光の画像?」
それからオレの家に来た日浦先輩が、パソコンの画面を見てこう訊ねてきた。
「そうなんだけど……なんか他にも変なモノ映ってたとか?」
「ほらそこの右下の隅っこに、小さな黒い影っぽいものが映ってる」
彼にそういわれて、オレは言われた箇所をじっと見つめると、なにやらもやっぽい黒いものが映っていた。
「おそらく事故か何かのはずみで本体から光が出てしまい、獣の姿から影の姿になってしまったんだと思う。その時にたまたま通りかかったおまえが誤ってカメラで撮って、光をカードに吸い込ませてしまったんじゃないかな」
とはいえ、SDカードは真っ二つに割れてもう使えない。消耗品だから仕方ないとはいえ、中にあの画像以外にデータがはいってなかったのが救いだったというか。
「昨晩の夢の事もだけど、アレはおそらくパソコンに入ってた画像の光が、お前を助けるために一旦体の中に入って、その後出て行ったんだろうな。朝起きた時にパソコンの電源が切れていたのはそれだろうし、もしあのまま放っておいていたら、福田がやられるとこだったなあ」
確かに先輩がいなかったら、マジでオレが影に取り込まれるとこだったんだろうなあ、とオレはその光の画像をパソコンから削除しようと思った時、ふと彼に聞いてみた。
「そういえば……さっき先輩がカードに向かって叫んだけど、アレって一体何なんです?」
「ああ、アレはカードに封印された光を解放するために言った言霊。おまえが持っていたカードを見た時に、ふっと思い浮かんだ」
そっか……やっぱ先輩ってすげーな、と思いつつ、オレはパソコンのエンターキーを押し、画像をパソコンから消去した。
ちなみにその後、光を取り戻したあの動物は、オレの家の近所を徘徊しているらしい。それはいまのとこ、オレと先輩だけにしか見えないんだけど、もしかしたらこの話を読んだあんたにも見えるかもしれない……、多分ね。