青き瞳の彼方のまほろば
奏位星華


 週末の昼下がり、都心にあるマンションの一室で、紺のワンピースにエプロン姿の妙齢の女性が部屋の掃除をしていた。
 こげ茶色の髪を後ろで一つにくくり、気持ちよく鼻歌を歌いながら、掃除機で床のごみをていねいに吸い取っていく。
 白とベージュを基調にした室内は、リクライニングベッドに木製の衝立、ソファー、ガラスのテーブルという至ってシンプルな内装で、その所々に観葉植物や紫水晶、瑠璃などの原石が置かれている。
 窓際にある水晶クラスターの置物が太陽の光によってきらきらと輝き、その向こうには青い空が広がっていた。

 部屋の掃除が終わり、一息つこうと女性が奥の台所へ向かおうとした時、玄関のチャイムが鳴った。エプロンを脱ぎつつ小走りで玄関に向かい、ドアを開けると、そこには紺のブレザーの制服を着た黒髪の少女が立っていた。
 
「こんにちは……」
「いらっしゃいませ、ご予約の方ですか?」
 女性が尋ねると、彼女ははい、と首を縦に振った。
「それじゃあ、中に入ってください」
 そう言われた少女は茶色の革靴を脱ぎ、鞄を両手に抱えて中へと入った。

 女性の後について、廊下を通り奥の部屋に出た少女は、そこで不思議な感覚にとらわれた。掃除したばかりの整然とした室内に、微かに漂う甘い香り。
 ここに初めて来るお客用に、女性が掃除を始める前にリラックス効果のあるお香をあらかじめ焚いておき、終わったころには残り香になる程度にしておいたのだ。
 ベージュのソファーに鞄を置き、その横に腰を下ろした少女の目の前に、女性はカルテを挟んだファイルとボールペンを置き、必要事項を書くようにとすすめて台所に入った。
 五分後、女性はガラスのティーカップに入れたカモミールティーを少女に出し、向かい合わせに座ってファイルを手に取った。
 カルテに書かれた少女の個人情報を見た女性に対し、少女はティーカップに手をつけずにじっと彼女を見つめていた。
 ふと女性がこちらを振り向くと、少女は思わずうつむいてグレーのプリーツスカートの裾を握り締めた。

「どうしたの?」
「あ、なんでもないです……」
「まあ初めてここに来たから無理もないけど、お茶でも飲んでみたら少しは楽になるから」
「はい……」
 緊張しているのを察した女性は、彼女に微笑んでからファイルに再び目を通した。少女の個人情報が記されている箇所を読んだ後、彼女の紹介者欄を見ると、家の近所に住む友人の知りあいからで、女性も何度か顔をあわせたことのある人物だった。
 このヒーリングルームは女性専用で、テレビや雑誌などではほとんど紹介されていない上に、街の中心部から少し離れた場所にあるため、利用者のクチコミ情報で訪れる客が多い。今回初めて訪れた少女もその経緯でここにたどり着いたのだった。

「それじゃあ、本題に入りましょうか。今日はどのようなことでここにこられたのですか?」
 女性が対面に座る少女に尋ねると、彼女はおもむろに口を開いた。 
「一ヶ月くらい前からなんですけど、同じ夢を毎晩見るんです」
 少女は両手でカップを持ってうつむいたまま返答した。
「それはどんな内容ですか?」
「えっと、若い男女が湖のそばに佇んでいる夢なんです」
「湖、ですか……。その湖に見覚えはありますか?」
「いえ……全然ありません」
「そうですか。彼女たちが着ていた服とか、髪型や顔ははっきり覚えてますか?」
 その設問に少女が小さくうなずくと、女性は上の紙をめくって白い紙に替えたファイルを少女の目の前に置き、テーブルの上にある色鉛筆のケースを開けて彼女に描かせはじめた。その間に女性はノートパソコンを立ち上げ、少女から聞いた情報をもとに検索をかけて調べていた。
 数分後、ラフなスケッチではあるが、少女が男女の詳細画を描き上げた。顔までははっきりわからないが、髪型や服装をきちんと描き、細かな詳細もあちこちに記していた。
 女性の服装は神社の巫女服で、男性は武士のような服装をしていた。
「あなたはその男女がすごく気になるのね?」
「はい、その夢を初めて見たときから……」
 少女の口調と発言から、口に手を当てしばしの間黙想していた女性は、彼女にこう切り出した。
「それじゃあ催眠療法で、その夢の中に入ってみましょう。ただ、必ずしもその夢を見れるかどうかはわかりませんが、よろしいでしょうか?」
 女性にそういわれた少女は、顔を上げて首を縦に振ると、自分が座っているソファーの背後、衝立の向こうにあるベッドに誘導された。 
「ここに横になってください」
 言われるがままにベッドに上がり、仰向けになったところで、女性が綿毛布をかけようとした時。
 左足の靴下の上からチラリ、と見えた赤い痕。そこだけでなく、反対側の右足首にもうっすらとついている。見た目火傷の痕に似たそれに気づいた女性は、少女にこう尋ねてみた。
「……すみません、ちょっとお聞きしてよろしいでしょうか?」
 気を悪くされるようであれば答えなくてもよい、と付け加えて、女性は彼女の足のことについて聞いてみた。
「小さいころに突然できたものなんです。原因はよくわからないんだけど」
「そうでしたか……」
 申しわけありませんと謝った女性に、彼女は気にしていませんから、と返した。しかし、その直後にふっと見せた表情に、女性は妙な違和感を感じた。



「それでは、目を閉じて、肩の力を抜いてください。それから少しずつ、手足の先から力が抜けていき、徐々に全身の力が抜けていきます」
 女性はゆっくりとした口調で、少女に語りかけながら誘導催眠を始めた。滞りなく進行し、ほどなく少女の身体がリラックスしたところで、何度も女性がゆっくり声をかけながら、少女の眠りを導いていく。やがて意識が完全に落ちたのを見計らって、女性も瞳を半分閉じた状態で、彼女の右手の上に自分の右手を置き、自らの意識を彼女の中へと入り込んだ。


 

 


 深い緑の木々に包まれた森の中。
 薄暗い世界のあちこちから、微かに小鳥のさえずりや川のせせらぎが聞こえ、 その草むらの中央に、制服姿の少女が眠っている。
 少女の瞳がゆっくりと開かれ、最初に視界に入ったのは、薄暗く深い森の緑だった。先程と全く違う世界にとまどいを感じながら、上体を起こして辺りを見回す。


「ここは……?」
 少女が小さくつぶやくと、その頭上から女性の声が聞こえてきた。
「ここはあなたの意識下の世界。先ほどの誘導催眠でここにたどり着いたのです。もしものことがあった場合、すぐにセッションを中断します」
 よろしいですか?と女性からの問いに、少女ははい、と答えると、女性からその場から歩いてみて、といわれ、彼女はゆっくりと足を踏み出した。
 
 森の中、まっすぐな一本道を自分のペースで歩いていく少女に、女性はこう設問した。
「―その道の先には何がありますか?」
 少女が歩き続けていくと、森を抜けた先に開けた場所が見える。その向こうにあるのは、明るい水色をたたえた湖だった。
「湖が見えます……夢でみたあの湖です」
 森を出て、湖にたどり着いた少女は、ふとそこで既視感(デジャヴ)を覚えた。
「なんか……この湖、前にも来たことがあるような気がします」
「そうなの?」
「はい。この近くに住んでいたのかも……」
 少女の答えを聞いた女性は、彼女にこう問いかけた。
「その湖の周りには何かありますか?」
「小さな祠があります。……お花とお供え物がしてあるけど、扉は閉まっていて中は見えません」
「他に何か見えますか?」
 女性に聞かれた少女が祠の周辺を見渡すと、先ほど自分が歩いてきた道を、一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。その容姿を見て少女はハッと驚いた顔をした後、女性にこう応えた。
「女の人がいます……わたしと同じ黒髪で腰まであるのを一つに結んでます」
「服装は、神社の巫女さんの姿……赤い袴をはいています」 
「それはさっき、あなたが絵に描いた女の人と同じですか?」
「ええ、全く同じで、いまその人の顔を見たら……あたしにそっくりなんです」  
 背格好も顔立ちも少女と同じ巫女姿の女性。ただ違うとしたら、彼女の瞳の色は深く鮮やかな水の青。その透き通るような神秘的な色は、まるで彼女の心をも映し出しているようでもあった。

「それじゃあ、あの巫女はあなたの前世の姿なのね」
「はい。なんだか懐かしい感じがします」
 巫女が湖から離れ、森の方へと歩いていくと、その方面から一つの人影が姿を現した。
「誰かこちらに来ようとしてます」
 それが近づくにつれ徐々にはっきりしていく。巫女がいる方に向かって歩いているのは、黒髪に狩衣を纏った若い青年―少女が何度も夢に見た、巫女の傍らに寄り添っていた人だった。

『ただいま戻りました』
 茶色の布袋を片手に、巫女に声をかける青年は、嬉しそうに微笑んでいた。彼は彼女より一回りくらい上の世代―二十代半ばか後半で、端正で優しげな顔立ちから巫女に好意を持っているように見える。
『おかえりなさいませ、ご無事でなによりです』
 彼を迎えて深々とおじぎをした巫女の表情には、安堵と喜びが同居していた。
 どうやら青年はこの湖から遠く離れた都に行って、品物を調達して戻ってきたらしい。
『いつもありがとうございます、わたくしのためにわざわざ都まで行ってくださって……』
『いえ、これくらいなら大丈夫です。それよりも私が不在の時、あなたが独りになってしますのが心配でなりません』
 二人の会話を、少女と女性は黙って聞いていた。
 治療を進めている女性が少女の意識化の世界を経由して、巫女と青年の話を詳しく聞いてみると、二人は元々都で生まれ育ったのだが、巫女である少女が幼いころに両親が相次いで病死し、その後都を落ちてこの湖がある森に巫女として住むことになり、青年は彼女を護衛するためについて来て、長い間ずっと二人で過ごしていたということがわかった。


―巫女と、彼女を守護する者。
 その二人の間に恋愛感情が起こっているのを女性はすぐに察知していたが、同時にこの後に起こる出来事を思うと、今夢の中にいる少女をどういう形で誘導すればいいのか判断できかねていた。だが、自分はあくまで彼女のサポートをする立場であり、女性は少女がこちらにコンタクトを取るまで、しばらく静観することにした。

 

 やがて巫女と青年の会話が止まり、彼が荷物を置きに行ってくると彼女に伝えると、青年はその場を立ち去った。一人になった巫女は彼とは反対の方へと歩き出し、祠に向かおうとしていたその時。
 突然彼女の目の前に、見知らぬ三人の男たちが姿を現した。容姿を見る限り、どこかの村の住人らしい。彼女は彼らに何か話しかけると、その直後に彼らは巫女を取り囲み、すぐさま両腕を拘束して森の方へと連れ去っていく。それを見た少女は、慌てて巫女と男たちを追いかけた。
 巫女を拉致した男たちは、森を抜けてその先にある、小さな集落の入り口にたどり着いた。そこには集落に住む男たちが数十人集まり、彼女をじっと見つめた後に、一番手前にいた老人がなにやら隣の男に耳打ちした。その直後に巫女を取り囲んでいた男たちが、彼女を集落の中へと連行していく。
 突然の出来事に巫女は恐れおののき、顔をうつむいたまま歩いていた。彼女が 男たちに連れて行かれた先は、集落の奥にある神社で、その境内にある三つの建物のうち、一番奥にある建物へと入っていく。
 それを見た少女は、どんどん嫌な感情が身体からピリピリと電流のように流れていることに気づき、思わず女性に声をかけた。
「どうしよう、なんか嫌な感じがします……」
 少女の意識下にリンクし、状況を見ていた女性は彼女にこう返答した。
「ここはあなたの意識下における過去の映像だから、手を出すことはできないわ。ただ、この先どうなるのかを見るのは、あなたの自由。つらいことになるかもしれないし、はたまたそうでないかもしれない……どうしますか?」
 女性の真剣な問いかけに対して、少女は躊躇せずに口を開いた。


「―行きます」
 
 
 建物の扉が閉まったのを見計らって、少女は足早にその扉に近づいた。鍵はかかっていなかったので、音を立てないようにほんの数センチほど扉を開けて、中の様子を探ってみる。
「暗すぎて中の様子がよくわからないです」
「明かりはついてないの?」
「ろうそくの火が二つくらいだけしか……でも何かさっきよりも嫌な感じがするというか」
「もしまずいと思ったら、やめてもいいから」
 女性にそう言われた少女はこのまま見続けるか、それともこの場を後にするかと一旦思考を止めようとした、その直後。
 ガタン、という物音が建物の中から聞こえ、バタバタという足音や男たちの話し声が後に続いた。その瞬間、少女が徐々に体感していた嫌悪感が、急激に上昇して手足がガクガクと震え始めた。このままではまずい、と少女はその場から立ち上がろうとするが、なぜか足がすくんで動かない。頭の中で逃げなくては、という警告が繰り返されているのにかかわらず。
『きゃああああああっ!』
 建物の奥から、巫女の叫び声が聞こえてきた。その声音が紛れもなく自分の声音とほぼ同じだったのを察知した少女が、意を決して中に入ろうと立ち上がりかけたその時、自分のすぐ横を大きな人影が瞬く間に通り過ぎ、建物の中へと入っていった。その直後に室内から大きな怒号と罵声が飛び交い、床が激しく揺れ動くと、 バアン、という物音と共に、建物から巫女と青年が飛ぶようにして外へと出た。青年に抱かれている巫女をよく見ると、髪の毛と衣服が乱れていて、先ほどの建物の中で村人たちに乱暴されそうになっていたことがわかった。
 建物から出た巫女と青年の後を、多くの男の村人たちが追い始めた時には、彼女たちは集落の入り口にたどり着いていた。
 そこで青年は抱いていた巫女の身体を地面に降ろし、彼女の手を自分の右手でしっかりと握り締めた。 

『―行こう!』

 巫女守の青年の口からそう発した直後、二人は集落を出て暗闇の中へと消えていった。








 巫女と巫女守が、暗い森の中を駆け抜けていく。手に手を取って、ひたすら追っ手から逃れようと必死で走り続ける。その後を集落の男たちが松明を手に追いかける。
 少女はそのすぐ後をつけて走っていた。前の集団からかなり離れてはいるものの、見失わないようにとマイペースで追いかけていく。
「あの二人、どこに行こうとしてるのかな……」
 巫女たちのことを心配しながら、少女は女性に向かって話しかけた。
「さっき、あの集落の長老が何か言っていたのがすごく引っかかるんです。彼女が湖に行こうとしているのと関係あるんでしょうか?」
「そうね……とりあえず彼女たちを追うしかないわね」
「わかりました」
 少女は二人の安否を心配しつつ、そのままその後を追いかけた。

 巫女と青年は森を抜け、ようやく湖までたどり着くと、祠の前でふと巫女が足を止めた。
『どうしたのです?』
『ちょっと待っててください』
 巫女は祠の扉を開け、その中にある物を手に取ると、大事そうに抱えて再び青年と共に走り出した。しかし、追っ手はどんどんと二人との距離を縮めていき、ついに彼女たちの視界に入ってきた。
 湖岸に沿って逃げ続けていた二人も体力の限界もあって、ついに湖が一望できる崖に来たところで、村人たちに追い詰められた。
 それから少し遅れを取って、ようやく少女は彼女たちに追いついた。

 もう逃げられないという状況で、村人たちによって巫女と青年は後ずさりをするしかなく、ほどなく崖っぷちに追いやられてしまった。その状況を少女は何一つ出来ない状態で見守るしかなかった。そもそもこれは少女の過去の記憶であり、彼女が手を出すことが出来ないのが、自分にも、自分をサポートしている女性にとってもどかしいことだった。
 
 崖が途切れるまであとニ、三歩という所で、ふと巫女の表情に異変が起き、それを見ていた少女はハッとして立ち上がった。
 巫女が大事そうに両手に抱えていた物―紫の布に包まれた何か。その布から取り出されたのは、透明な水晶球だった。
 それを見た村人たちの間から一斉にどよめきが沸くと、彼女の表情が真剣なものに変わり、蒼く深みのある瞳に光が宿る。
『あなたたちに、この神宝を渡すわけにはいきません!』
―それならいっそ、わたしとともに湖に還ればいい―……
 
 巫女の使命でもあり、宿命でもあること。彼女の声なき声が少女の耳に届いたその瞬間、巫女と青年の身体がふわりと宙に浮いた。


「だめーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 思わず巫女たちに向かって走り出した少女の悲痛な絶叫の後、二人の姿は崖の向こうへと消え去っていた―……。
 


 
「……気がついた?」
 女性の声かけによって、ようやく少女は瞳を見開いた。意識が戻り、ベッドの上にいた彼女の瞳から、スッと一筋の涙が流れた。
「あんな結末になってしまって……つらかったでしょう」
 女性からタオルを渡された少女は、それで顔を拭いながら小さくうなずいた。
「ふたりとも、かわいそうだと思いました……」
 幸せになってほしかった、と言い、彼女がタオルを女性に返すと、そこで少女にとって思わぬ発言が、女性の口から飛び出した。

「でもその後がどうなったか……見てみたいと思わない?」
「……えっ?」
 突然のことに驚いた少女に、女性は微笑みながら話を続けつつ、少女の右手の上に自分の右手を重ねた。
「瞳を半分閉じて、意識を一つに集中して」
 女性に言われるがままに、少女は瞳を半眼にしていくと、突然彼女の視界が大きく変化した。

 明るく鮮やかな青い空間に、青と白の二色の光がいくつもの円を形成しながらトンネルを作り出す。そこを二つの白い光の球体が、お互い絡み合いながら光速で駆け抜けていく。
「これは……?」
「さっきの二人の『その後』よ。彼女たちが湖に身を投げた瞬間に、湖中で次元のゲートが一瞬だけ開いて、そのままそこへ入っていった……としたら?」
「それじゃ、あの光の球体は……」
「多分あの二人でしょうね」 
 空間の中で交差を繰り返し、二つの球体が一つになった時、それはさらにスピードを上げてトンネルをくぐり、その先へと一直線に飛翔する。やがてその光が少女の視界から見えなくなった瞬間、空間はまばゆい光に包まれ真っ白になった――……。

 ハッとして少女が再び瞳を開いて顔を上げると、彼女の視界には女性の笑顔が飛び込んでいた。
「はい、これで今回のセッションはおしまい」
 女性にそう言われた少女は、えっ、という言葉の後に慌てて部屋全体を見渡した。
「ちょっと待ってて、あなたに渡したいものがあるから」
 ベッドの側にいた女性がその場を離れ、別の部屋へと入っていくと、少女はベッドから降りてソファーに移動した。ニ、三分後に女性が戻ってくると、少女の顔を見てこう言ってきた。
「あなたの瞳の色……普段は黒いけど、角度によっては青みがかった感じに見えるわね」
 そう言われた少女は思わず顔を上げて女性の顔をじっと見つめた。その彼女から手鏡を渡され、少女は自分の顔を見てみた。
 確かに普通に見ると黒い瞳だが、角度によっては青がかったように見える。でも今まではそんなことはなかったのに、と不思議そうに思う彼女を見て、女性は少女にこう続けた。
「セッションを始める直前に、あなたがふと見せた表情がすごく気になったのね。その時にあなたの瞳の色が一瞬だけ変わっていて、すぐ直後にあなたが見た記憶をわたしが見て、あなたが見た巫女の夢が、あなた自身の過去世だったと確信できた。そしてあなたの両足首にある赤い痕―これは村人たちに襲われたときについたもので、それが現世にまで現れたというわけ」
 窓の外に広がる澄んだ青空を見つめながら、女性はさらにこう付け加えた。
「―それともう一つ。あなたが絵を描いている時にわたしがパソコンで調べたんだけど、この街から少し離れた山奥の町で、あなたの過去である、巫女の記憶に似たことが起きたという伝承があったの」
 少女のセッションが終わるまでは絶対に言わずにおいたこと―彼女に一応お断りしてから、女性はその伝承について詳しく話し始めた。

 幼い時に大人たちによって決められた、湖を護る水の巫女。両親を失った彼女が青年と出会って湖に落ち延び、そこでともに暮らしていくうちに、お互いが惹かれ合い、いつしか純粋に愛し合うようになっていた。
 しかしそれは長く続かず、彼女はある村の人間たちにより、生け贄にされそうになる。村人たちによってさらわれた彼女は青年が助け出し、彼らから逃げようとしたのだけど、結局追い詰められ、二人は神宝の水晶とともに湖に身を投げ、そのまま行方知らずになってしまう。村人は彼女たちを湖底まで探したが見つからず、遺体もあがらなかった。その後この話が、長く言い伝えられるようになったという。

 話を終えた女性は少女の右手のひらに、直径ニセンチくらいの紅水晶の球体を乗せた。透明度が高く、光が入ると球体の中にある虹がキラキラと輝くその物体を、少女はまじまじと見つめていた。
「これはセッションを受けたお客様へのサービスなの。一回につき一つなんだけどね」
 淡いピンク色の美しい石は、部屋の外から差し込んできた太陽の光を浴び、そこから鮮やかな虹を生み出した。
「すごくきれい……」
「あの神宝の水晶球より色も大きさも小さいけど、お守りになると思うから」
「はい、ありがとうございます」
 石を手にした少女はソファーから立ち上がり、女性にもう一度お礼を言うと、石を入れた鞄を手に部屋を後にした。

 
 少女が去った部屋の窓から、眼下に広がる街の風景を見つめる女性。その自分が住むマンションの前に、一人の青年が立っていた。

(……あれ?あの男性、もしかしてあの女の子の――……)

 女性がそう思った直後、青年の元に制服姿の少女が駆け寄り、ともにマンションを離れて歩き出した。それを見た彼女は二人に優しい微笑を向けた後、視線をふと雲ひとつない空へと向ける。
 その空の色は、かつて巫女だった少女の瞳と同じように、青く明るく澄み切っていた――……。


http://www.juv-st.com/