Trick or Treat!
奏位星華


 十月最後の日の朝早く、街中にあるスーパーの店内で事件は起こった。その店の惣菜売り場で働くバイトの女性が、この日に使う材料を仕分けしていた時のこと。

「菊の花に梅干しに……ってあれ?」

 ……ない。
 主任が予約のお寿司用に発注して、今朝入荷されているはずの桜でんぶがない。
 つい数分前に格納してる時、ダンボールの中から取り出したんだけど、作業場内で落とした記憶もないし。
(もしかしたら冷凍庫かなあ……)
 冷凍材料が保管されている裏の冷凍庫に行ってみるけど、やっぱりない。結局元の場所に戻ってみると、作業台の上にぽつんと桜でんぶの袋が置いてあった。
「うっそお……」
 でも今の時間、この作業場内にいるのはわたし―御園夢歌(みその・ゆめか)だけだし、売り場にもまだ他の店員は来ていない。 
 袋を手にして仕分け用の籠に入れようとした次の瞬間、突然大きな音とともに炊飯釜の蓋が飛んで足元に転がり、その向こうのオーブンの扉がパタパタと開閉を繰り返し、揚げ場では五基あるフライヤーの中の油が、ごぼごぼと音を立てていた。

(もしかしてこれって……)

 わたしはエプロンから携帯を出し、すばやくボタンを連打した。


 電話をかけて二十分後、黒い帽子をかぶった白衣姿の少女が作業場に飛び込んできた。
「ゆめか先輩、おはようございます!」
 わたしと同じ売り場でバイトをしている、ミラっちこと戸山美羅。彼女は普段はほとんど口を開かない子なんだけど、わたしとは年齢が近いのもあって話すことが多い。
 そして彼女は、『見えないもの』が見えるんだけど、この世界ではありえない存在の動物や植物などが見える。
「おはようミラっち、早出じゃないのにいきなり呼び出してごめんねー」
 ううん、と首を横に振った彼女は、作業場内の惨状を見て大きくため息をついた。
「ちょっと、どうしたんですかコレは?!」
「……こっちが聞きたいくらいだわ」
 床には仕分け用の籠やつぶしたダンボール、作業台の上にはビニール袋に入った野菜や冷凍材料が飛散している。 
 さっきの爆発の後にわたしが片付けていると、作業場内でいろいろなものが飛び交ってえらいことになってしまったのだ。
「あのさあ、わたしが予想してる限りでは、たぶんね……」
 わたしはミラっちにこれこれこうじゃないか、と自分の脳内にある推測を打ち明けると、彼女はなるほど、と手をポンとたたいた。
「先輩、それならいい方法があります!」





 二人でちらかった作業場内を大急ぎで片付けて、わたしは揚げ場、ミラっちはその反対側の端っこに行ってそれぞれ作業を開始した。
「ミラっち、解凍間に合いそう?」
「多分なんとか……先輩の方は?」
「こっちもあまった材料が見つかったから、それでやってみる」
 お互い大声を出し合いながら作業をしていると、ミラっちがわたしにこう言ってきた。
「先輩、そういや今日って『あの日』なんですよね」
「そうだったわね……すっかり忘れてた」
「去年の今頃もこうだったんですか?」
「わたしは去年は休みだったから知らないのよー」
 二重にビニール手袋をしたミラっちがそうなんですか、と返事をして、白く小さなもち米の玉を次々と作り上げていく。
 わたしの方はフライヤーの近くにおいてあるタイマーの時間を確認しつつ、プラスチックの皿の上にクッキングシートを敷き詰めていた。
 ピピピピ、とタイマーが音を鳴らしたところで、フライヤーの中にあるものをすくい網で取り出し、ザルに移して油を切ったところで、ミラっちはさっきのもち米の玉に小豆のあんこを包み、小皿に置き始めた。

「おっし、完成!ミラっちは?」
「わたしもできましたー!」

 わたしは冷凍庫の奥に置いてあったごま団子とかぼちゃ入りの小さな丸いドーナツを揚げ、ミラっちの方はおはぎが完成。
 お互い完成したものを持って、作業場の中央にある台に置くと、そこに突然わらわらと黒山の人……ではなく動物たちが集まってきた。
 二人でよくよく見てみると、それは白と赤い模様の毛並みをした子犬に、垂れた耳をしたピンクのウサギ、鮮やかな緑の毛の猫などが、お皿の上のお菓子を美味しそうに食べている。
「ほんっと、今日がハロウィンだったの忘れてたわよ」
 へとへとになったわたしは、椅子に座って小さく息をついた。
「勝手に材料使ってまずかったかなあ……わたしのはお盆の時に入荷したオードブル用の材料の余りだったけど」
「多分大丈夫ですよ、後で主任に報告すれば」
「ミラっちもあんこをまた解凍しないといけないんじゃない?」
「さっき冷蔵庫から今日の分もこっちに持ってきておきましたから」
 二人で話しながら動物たちを見ていると、彼らは二つのお皿を空にし、わたしたちのところに来てすりすりと体を寄せてきた。
「こらこらちょっと、くすぐったいっつうの!」
「うんうん、『お菓子くれてありがとう。さっきはごめんね』って」
 緑の猫になつかれているミラっちが、猫からのメッセージをわたしに伝えてくれた。
「残さず食べてくれて良かったー。でもこの子たちまた来年も来るなぁ……多分」
「しかも頭数増えますよきっと」
 ようやく動物たちが作業場のドアをすり抜けて外に出て行くと、わたしたちはこれから売り場用の商品の準備をしないとなあ、とお互いため息をついた。

 ―Trick or Treat!
 お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ♪


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