彼方からの来訪者〜From Orion-constellation〜
奏位星華


 十月を半分過ぎたある平日の夕方。
 バイト中の休憩時間に、自動販売機の前に足を止めたところで、上着のポケットの中に入っている携帯から軽快な音楽が流れてきた。
(この着信音は学校関連からか……誰からだろ?)
 わたしはすぐさま携帯を取り出して開き、届いたメールのあて先を見ると、『Kasumi』―自分が通っている高校のクラスメートの桜尾かすみからで、件名は『流星群』。
 その内容は天文部が来週の週明けに、オリオン座流星群を観測する集まりを開くので、見に来ないかというものだった。


 わたし―戸山美羅(とやま・みら)が通っている高校は、全日制と定時通信制の二部に分かれている。現在はある事情で定時通信制の普通科に通い、普段は家の近所のスーパーでアルバイト中。
 クラブ活動については生徒全員が必ずどこかの部に入部とあり、わたしは天文部に籍を置いている……と言ってもまだ入って一度も部活動に出ていない幽霊部員なんだけど。
 自販機の横にある木の長椅子に座り、メール本文をさらに読み進めていくと、天文部員でない生徒も参加可能とある。そのイベント当日はバイトは午前中から正午までのシフトに入ってるし、学校は午後から出てそのまま残れば無問題なんだけど。
(流星群かあ……日浦さんと一緒に見てみたいな)
 とりあえずそのメールに参加するという返信をし、窓の外に視線を移すと、東の空に半円状の月が浮かんでいた。


 
 流星群のイベント当日の昼。
 わたしはバイト先のスーパーで買ってきた、たくさんのお菓子を入れた袋と通学鞄を手に学校に来ると、教室に入ろうとしたところで突然背後から犬の鳴き声が耳に入ってきた。思わず振り返ると、黒い毛並みをした子犬がこちらに駆け寄って足に擦り寄ってきた。
「南河(なんが)、どうしたの?」
 半年前にバイト先で拾ったこの子犬は、普段は家でお留守番をしているんだけど、実はわたし以外の普通の人には見えないのだ。南河の鳴き声をよく聞いてみると、どうやら屋上に行って、と言っているみたい。
 わたしは南河の後について階段を上がって屋上に行き、ドアを開けた瞬間に、わたしは目を疑った。


「……何コレ?」


 そこにあったのは円盤を大きくしたもの、未確認飛行物体……UFOだった。外観は鈍い銀色に輝いていて、大きさは大人の人間が4〜5人は乗れるくらいの普通車サイズ。
 なんでこんなのがあるわけ、と思っていると、その乗り物の近くに人影が見えた。
「あ、すみませーん」
 それがこちらに向かって声をかけてきたので、わたしと南河はそちらに駆け寄った。
「よかった、やっと気がついてくれる人がいて。実はちょっと機体が故障しちゃって、昨晩ここに不時着しちゃったんですよ」
「あ、そうなんですか……」
 ぱっと見た目では自分たちと変わらない人間の姿なんだけど、違うとしたら髪の毛の色がオレンジがかった赤なのと、肌の色が少し灰色がかっているくらい。それと昨日の夜からこの人がここにいるというのにかかわらず、わたしたちがここに来るまで誰も気づかなかったってのもおかしな話だし。
「……それでちょっといま向こうと連絡が取れたんで、迎えを待っているんです。到着まであと5時間くらいかかるらしくて」
 彼に対して異性人のわたしに、物腰の柔らかい対応をしているから、こちらが推測する限りは普通にいい人に見えるので、わたしは青年に尋ねてみた。
「あの……ところであなたはどこから来たんですか?」
「:☆○γ※△θ■…」
 流暢に地球の日本語が話せる彼の発音は、なんとか聞き取れたものの判読が難しく、向こうでの呼び方じゃわからないなあと思ったら、南河がどうやら理解したらしく、わたしに通訳してくれた。
「え?オリオン座から?」
 それを聞いたわたしは今夜そこから流星群が降ってくるということを彼に伝えた。
「そうなんですか。私がいる星座から流れ星がたくさん降ってくるなんて……それはぜひ見てみたいものです」
 ニコニコ笑顔で答える赤髪の青年を見て、わたしは一緒に見ませんかと誘うと同時に、携帯を手にしボタンを押しはじめた。


「……なるほどね、普通の人には見えない宇宙人とUFOかあ」
 わたしのバイト先のスーパーで、一緒に働いている御園夢歌(みその・ゆめか)先輩が屋上に姿を現したのは、電話をかけてから十分後で、さっきの赤髪の青年はUFOを屋上の端に移動させ、壊れた機体の修理をしている。
 実はさっき先輩に携帯で連絡を取ったときに、近くのマンションから学校の屋上を携帯のカメラで撮影して画像を転送してもらったんだけど、その画像にはUFOの画像は映っていなかった。
 わたしと写真を撮影した先輩には見えるから、これもまた「見えないもの」ということになるのだろう。
 でももうすぐ、ここで流星群を見るために生徒たちが集まってくるし、自分たち以外で偶然にも彼が見える人がいたら、と思うとちょっと不安になってきた。
「あの兄ちゃんが見えるのって、いまのとこわたしと先輩だけですよね」
「まあね。しかし夜になったらどうなるか……」
「人に見えなければ問題はないとは言い切れないしね」
 とりあえず夜になるまで待とうということで、わたしはそろそろ授業を受けないといけないので、先輩と南河に屋上に残ってもらうように頼んだ。


 昼の授業が終わり屋上に戻ると、先輩と南河と青年の他に、天文部の部員たちが数名、夜の集会の準備をはじめていた。しかし、円盤が置いてある場所には誰も近づいていないようだった。
「自然に避けてるんですかね、あれって」
「多分そうじゃないかなあ。ああいうのって普通の人間は無意識にわかっているのかもしれないわね」
 ゆめか先輩は天文部の部員と一緒に手伝いをし、南河は修理をし終わってフェンスにもたれかかっている青年の足元でじっとしていた。
 そうして西の空に残っていた太陽の残光が消えて、上空が闇に覆われたところで屋上にいる生徒たちが空を見上げはじめると、その数分後からオリオン座のある方角から流れ星がひとつ、ふたつと流れ始めた。
 おお、という声を上げ、空を指差す生徒もいれば、カメラを手に撮影する生徒もいる。わたしとゆめか先輩、南河は青年がいる円盤の下に行き、星降る夜空を見つめている彼に声をかけた。
「どう?自分の故郷から降る星は」
 先輩が青年に尋ねた時、彼の瞳は涙で潤んでいた。それを見た先輩は驚き、慌てふためいた。
「ご、ごめんなさい、わたしまずいこと言っちゃったかな」
「いえ、大丈夫です。ちょっと思い出したことがあったので」
 その会話を聞いたわたしは、青年にどういうことなのか聞いてみた。
「いま私が住んでいるオリオン座は、星座内部での星間戦争でどこの星も荒廃し、その影響が他の星座やこの地球にも波及しているんです。私は戦争に巻き込まれ難民となり、故郷を離れて数人の仲間たちとともに地球まで来ました。それでこの星の様子を見ようと私が単独でこの小型機で降りたとき、突然機体が故障してここに緊急着陸したのです」
「その仲間たちはいまどこに?」
「もうすぐそこまで来ています」
「そうなんだ」
 わたしたちが青年と会話していると、後ろから桜尾さんが姿を現した。
「あ、ミラ。ここで何してんの?……ってゆめか姉ちゃんもいたんだ」
 彼女は青年の姿が見えないから、わたしたちに対して話しかけているだけ。
「うん、ちょっと星座のお話」
「ふーん……普段はほとんど無口なミラが、珍しくしゃべってるじゃん」
「おー、かすみ久しぶり。ミラっちの知り合い?」
「あ、かすみはわたしとクラスが一緒で、天文部の部員」
「そうだったの?」
「うん。ねえちゃんも流れ星見にきたの?」
「わたしはミラっちに呼ばれたついでだけどね」
 そんなことを三人で話していると、青年の足元にいた南河が突然彼に向かって吠え出した。その鳴き声に気づいたわたしとゆめか先輩が青年の方を見ると、彼とその後ろにある機体が光を放ち始めた。
「ちょ、ちょっと!何あの光!?」
 その光を見て桜尾さんが驚くと、青年がわたしたちに向かって微笑んだ。
「仲間が迎えに来たみたいです」
「そっか……。でもこれからどうするの?」 
 心配に思ったわたしに対して、彼は大丈夫、と返してくれた。
 ふと青年が立っている場所の真上を見ると、彼が乗ってきた小型UFOの数倍の大きさはある、黄金色に輝く巨大なUFOの姿があった。
 円盤の真下にある扉が開くと、小型機がふわりと浮かびあがり、吸い込まれるようにして格納され、その直後に青年の身体も宙に浮かんだ。
「私たちはどこか安住の地を探しに、別の星座に行くことにします。短い間でしたが、お世話になりました」
「うん、わたしもあなたに会えてよかった」
「わたしも。気をつけて行きなさいよ」
 わたしと先輩が青年に別れの言葉を告げている背後で、金色の光しか見えない桜尾さんは目を丸くして驚いていた。
「ね、ねえ、一体何が起きてるの?!」
「かすみには後で説明するから」
 先輩がそう返事した後、青年はありがとう、という言葉を発して円盤の中へと消えて行った。
 扉が閉じられ、青年が乗った円盤はゆっくりと加速をつけながら上昇していくと、やがて夜空の星がまたたく中へと消えていった。
「ミラっち、あの兄ちゃん行っちゃったねー」
「うん」
 わたしの足元に座る南河が、円盤の消えた空に向かってオーン、という遠吠えをあげた後、突然ぴくぴくと黒い耳を立てて立ち上がった。
「え?南河どうしたの?」
 ものすごいスピードで屋上の入り口へと走っていく犬を、わたしは慌てて追いかけると、その視線の先には見覚えのある青年の姿があった。
「ひ、日浦さん!?なんでここに?」
 ライトグレーのスーツ姿のわたしの彼―日浦さんは、自分の元に来た南河をひょいっと抱きかかえた。
「ちょっと出張のついでにミラの学校の前を通りかかったら、上空が光っていたんだけど、何かあったの?」
「あ、うん……ちょっとね」
 わたしは笑顔でそう答えると、みんなで一緒に空を見よう、と彼を誘った。

「なるほど、そういうことだったんですか」
「うん。あのお兄さん、無事に新しいとこにたどり着けるといいんだけど」
 日浦さんにさっきの一時始終を話したあと、その横にいた桜尾さんがちょっとすねた口調でこう言ってきた。
「あの光がUFOと宇宙人だったなんてー。姿見たかったわよー!」 
「かすみには見えなかったんだから仕方ないでしょ」
 先輩が桜尾さんにそう言った後、わたしにこう話してきた。
「動物だけでもなくて、異星人でも見えるのと見えないのがあるなんてね。ほんとにこの世界はまだまだ侮れないわー」
「確かにそうなんだけど、もしかして人によって見え方が違うっていうのもあるんじゃないかなあ……それも宇宙レベルでの次元の違いとかで」
「御園さん、良いとこついてきましたね」
 その会話に日浦さんが横槍を入れてくると、彼はわたしたちにこう言った。
「ぼくらみたいに力を持つ者たちでも、見えない存在はあると思うよ。それはぼくらよりも高次元にいるけどね」
「それって神様みたいなもの?」
「まあ、そんなとこだね」
 先輩の質問に日浦さんが答え、彼が夜空を見上げると、さっきよりも流れ星が落ちる数が増えていた。地上へと流れ落ちていく光を見つめながら、宇宙を旅する赤い髪の青年の無事を、わたしはただただ無言で祈ったのだった。


 それから数日後、わたしの高校の公式ホームページに、オリオン座流星群のイベントについて報告されたページがアップされた。
 その記事の一部には匿名だが、おそらく桜尾さんがまとめたとされる『学校内に宇宙人来訪?!』というスクープが上がり、しばらくの間はその話が校内のどこかで持ち上がったという噂があったとかなかったとか……。


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