決意でも無く 覚悟でも無く
K・K


 

 今日は曇りだと確かに天気予報でも言っていた。だけど昼間だというのに気の滅入る程、雲は厚く重なり合い太陽を拒むようだった。いくら暖冬だと騒がれても、いくら雪が降らなくても、光の当たらない場所はどうしようもなく寒い。僕は花束を両手で抱えながら、今日を選んだ自分自身を呪いたくなった。


 身を切るような寒さの中、目当ての場所まで辿り着いた僕は両手を合わせてゆっくりと目を閉じる。そしてしばらくしてから同じくらいゆっくりと目を開いた。
 目の前にあるのは『加倉家之墓』と刻まれた墓石。
「お久しぶりです」
 持って来た花束をそえて、一本の線香に火をつけ横にそえる。

 二年前のあの日、この人は僕の目の前に突然現れた。
 なんの前触れも無く突然。
 まともに話した事なんて無かった。
 僕は、話そうとすらしなかった。

 そして出会って半年程たったあの日から、あの人はここにいる。

「今日は、報告に来ました」
 外から見ていればただのヒトリゴト、それは分かってる。深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。吐き出す事で何か区切りを、気持ちを固めるキッカケを作りたかった。
「……今年の春から、専門学校に通います。昨日、合格通知が届きました」
 息が詰まるほど、次の言葉が出てこない。喉の奥で引っかかる、と言うよりも喉が言葉を出すのを拒否しているような、そんな妙な感覚に囚われる。
「……絵の、専門学校です」
 言いたい事はそんな事じゃない、それは分かっている。

 言いたい事が頭の中で暴れまわる。
 伝えたい事が言葉に出来ない。

「もう一度、絵を描いてみようと思います」
 近からず遠からず、出て来た言葉はそんな言葉。伝えたい事の七、八割も伝えられない、そんな言葉。

 身勝手だとは分かってる。

 二年前のあの日
 自分を描いて欲しい
 そう言ったあの人
 それを拒否した僕
 それでも僕を毎日訪ねてきたあの人
 そしてあの人は倒れて
 そのまま僕を訪ねられなくなった

 拒否していながら今更。
 『もしも』なんて事が頭を駆け回る。

 もしも、あの時出会わなければ
 もしも、あの時拒否しなければ
 もしも、あの時気付いていれば

 一つ一つは小さな偶然だったかもしれない。だけどその結果は暗く重く、僕の心を締め付けて放さない。
 だから、これしか、これ以外に前に進む方法が分からない。
「……出来上がったら、必ず見せに来ます。必ず」
 そう言って、僕は耐え切れずに頭を下げた。今の自分に、耐えられなかった。


 はじめて出会った日のあの人の表情。
 当時よりも鮮明に、あのときの全てが思い出せる気がする。

 あの人が居なくなった悲しみも当時よりも強く大きく僕の心を多い尽くして、僕は頬を流れる涙にすら気付かなかった。
 慌てて子供のように、コートの袖で涙を拭う。どれだけ拭っても、涙は止まらない。今にも大声を上げそうな口を固く結んで堪え続ける。


 どれだけ泣いたのか分からない程の時間がたって、ようやく僕は落ち着きを取り戻す事が出来た。線香はその姿を全て真白な灰へと変えていた。


「報告はそれだけです。また今度来ます。……それじゃあ」
 それだけ言って僕は立ち上がり、その場を後にした。




 『決意』なんて大層なもので無く
 『覚悟』なんて陳腐なもので無く
 『意地』なんて言葉が相応しい


 どれだけ後悔しても
 どれだけ今を否定しても
 前に進まなければならないから

 あの人が生きた証を

 あの人の弟として
 岩波恵司として


―END―


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