あるがまま
K・K
古びた階段を登って扉を蹴っ飛ばすと、その先にはどこまでも高い空が広がっていた。
「ちょっと、そこで何しているの?」
授業をサボって空を眺めていたら後ろから声が聞こえた。いつもの事だから気にしない。ヒールがコンクリートを叩く音が近づいてくるのが分かる。
「空と宇宙の境界線を探していました」
後ろを振り向かず、ただ空を見上げながら僕は答えた。
「じゃあその手に持っているモノは何なの?」
僕は自分の視線を左右に移した。左手には何も持ってない。右手には煙管が握られている。
「キセルです」
そう言ってから僕は再び視線を空へと戻した。
「煙草吸ってたって認めるのね?」
「吸ってませんよ」
とりあえず否定をする。次に聞かれる事もわかる。
「じゃあ何でそんなもの持ってるの?」
ヤッパリね。
「死んだジイちゃんの形見です」
モチロン、嘘だ。
「この前は死んだお婆さんの形見だって言ってたわよ」
言い終わると同時にヒールの音が止まった。すぐ後ろで仁王立ちしている姿が目に浮かぶ。死んだバアちゃんの形見、うん、確かにそう言った。モチロン、それも嘘だ。
「父方のジイちゃんとバアちゃんだから一緒ですよ」
言うと同時に右腕を引っ張られた。体重をそっちに掛けていたから転びそうになる。慌てて体勢を立て直して立ち上がると、ちょうど反転して彼女が目の前に立っていた。身長は殆ど同じ、173くらいかな?
モデルみたいなスラットした体型を持ってて、キリッとした瞳がクールで知的な印象を与える。
「私の目を見て、吸ってないって言える?」
「もちろん。吸ってないですよ、タバコなんて」
そう言って笑って見せると、どんどん目が険しくなっていく。怒らなければキレイなのに、勿体無い。
「怒ったら美人が台無しですよ」
「人を馬鹿にするのもいい加減にしなさい」
おそらく不意の言葉と僕の態度で完全に怒ったみたいだ。肩が張って、声も張り上げて、耳なんてもう真っ赤。
「確かめて見ます?」
そう言って僕は右腕を掴まれたまま、彼女の目の前に煙管を差し出した。彼女は僕から煙管を取り上げて調べ始める。開放された右腕を見ると、握られたあとがゆっくりと引いていった。
「本当に吸ってないようね」
ようやく僕の言葉を信用したみたいだ。いや、信用したフリをしているのかな?
火皿に煙草の燃えカスもないし、吸い口だって濡れておらず、煙管自体が煙草臭いのは当然。
「だから吸ってないって言ってるじゃないですか」
モチロン、嘘だ。けど証拠さえ残さなければ後はどうにでもなる。
「ポケットの中の物、全部出して」
そうきたか、ポケットに刻み煙草やらマッチ、ライターがあれば言い逃れ出来ない。モチロン、そんな物も入ってないけどね。
「いいですよ」
僕はコンクリートに再び腰を落として、ポケットに入ってる物を一個づつ取り出しながらの床に置いていく。
学生証、定期券、財布に携帯電話それからiP○dとヘッドフォン。
どこからどう見ても普通の学生の持ち物だと胸を張って言える。
「本当にこれだけなの?」
彼女は人を疑うことしか知らないのか?
なんて思ってはいけない。疑わしいものは徹底的に検証するべきだ。その点で彼女の行動は正しい。
「調べてみます?」
僕はそう言って立ち上がり、両腕を水平に持ち上げる。ボディチェックの姿勢だね。彼女はためらいも無く服の上から何か無いか探してくる。もちろん今出した物以外では煙管しか持ってないのだから、何も出てこない。
「上履きも脱いでみて」
おいおい、どんだけだよ。でも何も無いので上履きを脱ぐ。ついでに足の裏も見せておく。そうしないと靴下も脱げとか言い出しそうだ。彼女は上履きの中敷を外したり、上履き自体をひっくり返している。本人は真面目なんだろうけど、僕は笑いを抑える事で必死になる。
「本当にこれだけみたいね」
ようやく観念したらしい。僕に上履きと煙管を返してくれた。
「今回は見逃すけど、今度見つけたらタダじゃ済まないからね。」
前にも聞いたセリフだ。
「だから吸ってないのにタダじゃ済まないとか言われても」
とりあえず反論はしておく。でも次の言葉も予想がつく。
「だったら煙管なんて学校に持ってこなきゃいいのよ。そうすれば変な誤解もされないし、こうして嫌な思いもすることないでしょ」
それだけ言って彼女は屋上から去っていった。どうやら授業をサボった事は咎められずに済んだらしい。
とりあえず僕はまた腰を落として床に置きっぱなしだった私物を回収する。
きっと彼女は明日もココに来るだろう。
それも分かってて僕もココに来る。
そしてココで彼女と言葉を交わして、また空を見上げるのだろう。
空はどこまでも高く、
雲はどこまでも自由で、
僕はどこまでも僕のまま。
―END―