SKY HIGH
松浦由香


 深刻な悩みはないけれど、誰にだって多少の悩みはある。僕にだって……―。
 ときどき思う。何で空はあんなに遠く、あんなに青いのだろう?
 戯れに呆けているとちょっかいを出してくる奴は必ず居る。放っておいて欲しいときに必ず来る。……いや、来ていた。
 あの日、笑顔で別れたまま逢っていない。その時はこんなに寂しいとは思わなかった。静かな時を過ごせると思った。でも、今は、少し、寂しすぎる。
 ねぇ君? 今楽しいかい?
 卒業式で涙一杯の目で僕を見て、
「わりと好き」
 と言った君。
「あ、そう」
 と答えた僕。
 多分、君の恋はそれで終わり。僕の簡単な返事で。
 君の恋に答えるほど僕は恋を知らなかった。まだまだ子供で、今だって十分そうなのだけど、当たり前である事を恋だとは気付かなかった。
 隣に来て笑ったり、話をしたり、つねられて無理やり君を見ていたほっぺも、今は誰も触らない。
 空を呆けている僕に
「口あけてると馬鹿みたいよ」
 と言ってくれる人も居ない。君の台詞だからね。
 ねぇ、君。今は幸せかい?
 僕は不幸ではないけれど、不幸なんだ。君が居ない事がこんなにも寂しくて辛いなんて、やっと解って、中学ってところがどれほど気ままだったのかを知った。
「まったく鈍感なんだから」
 と君はよく言ったけど、まったく僕は今頃になってこういうことを思っているんだから、君の意見は凄い。
 人に流され、ときどき何かに掴まってみたけれど、結局流されて大人になった。
 最近じゃぁ空なんか見上げる余裕もなくなってきて、疲れて帰って泥のように眠るとよく見る。何も考えずに空を眺めている僕にちょっかいを出してくる君を。
 大人ってなんだろうね、ギスギスした事しか出来ないくせに、それが世の中の歯車を回している。心の底から笑ったり、楽しいと思って居ないのに、楽しい振りや笑ったりする。
 よくあることだけどね。人に合わせて知ってる振りをする。きっと君なら笑顔で「知らない」というかな? やっぱり大人になった以上は、繕ってるのかな? 大人って、惨めだね。
 空を見よう。
 空は冬なのに晴れていて青くて眩しくて、まだ暖かくない太陽の陽が僕を包み、床に広がっていく。
 懐かしい道。変わってしまった風景。あの角を曲がれば君の家で、なぜだか一緒に毎朝登校した。
 合わせていたのかな? 僕が学校に行くのを待って……。
 真相は、解らない。僕は君じゃないから。でも、そうであって欲しいと願う。
 あの頃の空とちっとも変わっていないのに、多分、今のほうが眩しく感じるのは、今の僕が夜に近いからだと思う。
 ストレスだよ。と笑われたけど、ストレスって本当に重い。想像以上に辛い。必要以上に頑なでしつこい。
 足を棒にして汗を流して、嫌いな相手に頭を下げ、おべんちゃらばかり。そんな僕を僕は嫌いなのに、大人だから仕方ないんだ。と諦めている。
 まっすぐな道。誰も通らない通学路。静かな日曜の朝。
 見上げると空がある。青い空だ―。
「なに口あけて空見てるの、馬鹿みたいよ」
 変わらない声。いや、少し大人になってるかな? 
 振り返れば大人になった、でも君が立っていた。
「直ぐに解った。空を見てるとき右に傾いで見るのよね、変わってない」
 君の笑顔も、変わってない。
「どうしたの?」
 僕は黙って君を見つめる。
「ねぇ、何で空は青いんだろうね?」
 僕の突拍子のない言葉に君は言った。
「なぜって……、赤い空って不気味だわ。黄色い空だと、多分、気が変になるかも。緑の空ならまだいいだろうけど、雨が降りそうなときのどす黒い緑はなんだか腐ってそうでやばくない?」
 君の言葉は僕を救う。僕は君が好きみたいだ。
「ねぇ、君。今幸せ?」
「それなりに。」
「その中に僕は加えられないかな?」
 人はどれぞれどんな小さなことでもいろんなことで悩んでいる。そういうのを、大なり小なりというらしいけど、その人にとって、他人の尺度の大きさは問題じゃない。たとえ小さい悩みだと言われても、その人にとっては大きな悩みなんだから。
 僕は解決する。空を見て。
 空は心を透過し、心を透く。
 空っぽになった心で明日を見つめられる。 僕は解決された。ストレスから開放された。空を見て、君に触れて―。
 ときどき思う。なぜあの時中学なんかへ行こうとしたのか。行かなきゃ君に逢えなかったわけだけれども、でもなぜ行こうとしたのだろう。
「逢いたかったからでしょう? あたしに」
 君は断言した。空の映っている目で僕を見ながら断言した。
 そうか、僕は、君に会いたかったからなんだ。
 胸が熱くなるほどの感動を得る。君と一緒に居る事で、僕は少なくても居なかったときとは比べ物にもならないほどの感動を得ている。
 君が笑い、君が邪魔する僕の時間も、なんだか全てが好き。
 そうしてまた僕は思う。
 高くて遠くて青い空が僕は好きだ。それと同じくらい君が好きだ。



 僕たちは「そら」という名前の子を持つ事が出来た―。


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