ノーキン
楡崎瞬
『スクランブル、スクランブル、各セクション白兵戦に備えよ、繰り返す…』
艦内放送が緊急事態を告げている。たぶんブリッジのヒトミあたりの声だろう、妙にうわずっていた。
その声の震え方で、いかにあわてているのかがわかる。俺はノーマルスーツに着替えながら大きく深呼吸した。
ここ数年、この航路で頻繁に見受けられる海賊の仕業だろう、やっと網にかかったという感じだろうか。
この船の船員を装って海賊を待ち続けること半年。その間一回も家に帰ることを許されず、だだっ広い宇宙空間を彷徨し続けてきた。
いま航行しているこの航路を、何回も言ったり来たりした。もう数えるのも億劫だ。
海賊と遭遇しないのはボクのせいではないのに、星に着く度の報告で、上司はモニタ越しに無言のままため息を漏らす。そんなのにもうんざりだ。
「命を賭けているのは、こっちだってーの…」
宇宙の航路は広いようで狭い。かつて、先人たちが戦争した船の残骸やら破片やらが、デブリとなってこの空間に漂い続けている。
地上と違ってやっかいなのは、そいつらが”土に還らない”ということだろう、ゴミはゴミのまま、分解されることなく汚染を続け、どんどん航路を狭めているのだ。
「いっそ、全部、溶かしてしまえよ…」
ボクはつぶやいた。
『スクランブル、スクランブル、ノーティラス・キングダムの衛兵たちは、直ちにセカンドブリッジへ集合してください!…きゃあ!』
艦内に高音で響き渡るヒトミの声が、より一層うわずったとたん、これまでにない振動とともに前方から軽い爆発音が聞こえた。
「セカンドブリッジね…」
大斧を背負ってストリートを走る。着慣れたノーマルスーツがいつになくしっくりしていた。
肩に入っているティラノサウルスとやらをモチーフにした社章の上には、星がひとつだけ輝いていた。一応、誇りでもある。
「ノーキン!」
後ろから声がした。いつも聞いている女性の声だ。
「…」
「ノーキン軍曹!」
「……」
「返事くらいしろ、私は貴様の上官なのだぞ!」
「はいはい、何ですか、お嬢様」
ボクは走ることをやめない。海賊退治は一刻を争う。
「いいか、生け捕りだぞ、い・け・ど・り!」
「……………」
無言のまま走る。前方には銃声も響いている、手練れなら、セカンドブリッジの船員たちは殺されているか早々に逃げているかどちらかだが、この場合はこの音で前者の公算が高いことがわかった。そしてボクは少し走るスピードを緩めた。
「畜生…」
ボクは無意識に、そしてささやくようにつぶやいていた。
「…セカンドブリッジには、クラリスがいたはずだ、もったいないことをした…」
「クラリスって、あの小悪魔か?」
「…あんたほどじゃねーよ、シャルロッテ准尉」
「それはほめ言葉か?」
「…いや、言葉の通りさ」
ボクは精一杯おどけてみせる。
「ちょっとだけ、あんたよりセクシーでかわいい娘を殺されたなって思っただけさ」
セカンドブリッジが近づくいて来たからだろうか、いつもは必要以上にやかましいシャルロッテが反論しない。
シャルロッテも、そこそこの容姿を持っている若い娘なのだから、こんな男臭い職場を選ぶ必要もなかっただろうと、頭をよぎる。
そのシャルロッテが、自分の少し前に出ると、左手で制止の合図を出した。
シャルロッテに従っていた仲間たちは、彼女の指示に従い急停止する。
ボクもその場で足を止めた。
「この先が戦闘だ、生きて還るぞ、みんな」
「はい!」
「ノーキン、ひとりでいい、捕獲してくれ」
「簡単に出来たら、な」
「…それでいいわ」
5人の仲間たちはヘルメットのシェードを下げながら返事をすると、銃を通路側に構えて指示を待つ。
シャルロッテは頷くと、手を高々とあげ、前方をを示した。”ゆっくりと警戒して前進”の合図とともに、仲間たちはジリジリと前進を始める。
「ノーキン、ヘルメットをしなさい」
「いつも言ってるだろ、ヘルメットをしない主義なんだ」
「即死するわよ?」
「かまわない、動きやすい方がいい」
ボクとシャルロットは、その場で5人が通り過ぎるのを待って、後方を警戒しながら前進した。
さすがに喋る者はいない、作戦履行中だから仕方ないが、こんな時ほどおどけたくなる。そしてそれ以上に、心臓が高鳴った。
ボクは背負っていた大斧を両手で持ち、その刃先を軽く舌で舐める。鉄の味がした。
セカンドブリッジ前にはいくつかの死体が血とともに宙を浮いて漂っていて、まるで赤い霧が立ちこめているようだった。
戦闘後はいつもこんなものだ、またこの場所へ帰ってきた。一層、心臓が高鳴った。
「…まだ生きている証拠さ」
呟く。
「…全員、射撃しながら突撃よ…仲間を撃つなよ」
シャルロッテが囁くように指示を出す。
5人の若者たちは黙って頷くと、生唾をごくりと飲んでいる感じだった。
「…おい、お前ら…」
「ノーキン、何か?」
「死にたくなければ、俺の後ろをついてこい」
「ノーキン、お前は後詰めだ」
「黙れシャルロッテ、俺の方が経験豊富なんだ、上官とはいえ、ここは言うことを聞いてもらおうか」
「でも、お前は銃を持っていない!」
「銃になんか頼るから、みんな死ぬんだよ」
「ノーキン!」
「怖くてふるえている処女はココで待ってろ、処女喪失してから死ね」
「こ…この…セクハラで訴えてやる」
「おう、生きていればぜひ訴えてくれ、その方が刑務所でうまいものが食えるぜ」
シャルロッテの顔が紅潮したかと思うと、銃で殴りかかってくる。ボクはそれを右腕で払いのけると、彼女の左足を払う。
彼女はその場で空中に浮かび上がる。
「お前ら、室内に入ったら援護射撃だ、いいか、そろそろ銃声がやむ頃だ」
「ノーキン軍曹、了解しました」
ボクは頷くと手を挙げた。
「いくぞ!」
「待って、こら、待ちなさい!」
ボクは一目散に走る。セカンドブリッジの扉は案の定破壊されていたが、空気の流出はないようだ。
「思った通りだ、別のルートから進入して乗っ取ってるな…」
シャルロッテはたぶん、少し遅れて後からついてきているだろうと思った。そしてそれでいいとも思っていた。
「よし、突っ込むぞ」
「はい!」
銃声は聞こえなくなっていた。ボクは大声も上げず破壊された扉の向こう側にダイブしながら周りを確認する。
「…4人か」
確認できたのは四人、いずれも異形の者だ。
「侵略者、か…」
脳のスイッチが殺戮を指示した。言葉が通じない相手を捕獲しても意味がない。
そして侵略者ほど、危険な相手もない。
シャルロッテを後方に回らせて正解だったとも感じた。
艦内に利かされている多少の重力によって、ボクは床に足を踏ん張ると、まずは右の物体に突進する。
「お前ら、援護しろよ」
「う、うわぁぁ!」
「ところかまわずぶっ放せ!」
「は、は、はいぃ!」
他の者たちはたぶん侵略者を初めて見るのだろう、噂には聞いていたのかもしれないが、明らかに動揺している。
「ちょ、な、なに、これ!」
シャルロッテも同じようだ。
右に展開していた物体は、ボクに気づくとすぐさま何本かの”足”で串刺しにしようとしてきた。
ボクはそれをかいくぐって懐に潜り込むと、本体を縦に切り裂いて押し倒す。確かな感触があった。
「よし…」
どこが心臓かわからないから、目前に倒れているタコのような物体を出来るだけ細かく斬りつけた。それこそ、動かなくなったとわかるまで。
後ろを見る。銃声はやまない。何人かはまだ生きている証拠だ。
「ほう、死地を感じた若者は、やはり強いな」
敵は残すところ1体となっていた。5人いたはずの若者も1人になっていたが、シャルロッテは健在のようだ。残りの一人に指示を出しながら扉付近まで一緒に後退している。
「やるな、小娘」
呟くと、大斧を握り直す。
大きく息を吸い込んだとたん、扉付近まで撤退していた若者の銃声が止んだ。
「チィ…」
彼は脇腹から背中にかけて串刺しにされながら、侵略者の口と思われる部分に運ばれ、その物体の中にに消えていった。
「あ…あぁ…」
シャルロッテはその場にへたり込んでしまった。銃を持つ手がふるえているのがわかった。
「おぉぉぉぉぉ!」
ボクは腹の底から声を上げると、隊員を飲み込んだ物体めがけて突進する。
「シャルロッテ、援護してくれ!」
「あわわわわ…」
明らかに他の侵略者と違った。大斧が皮膚の堅さではじかれてしまった。
「…堅てぇ」
「ノ、ノ、ノーキン!」
ものすごい勢いで、敵の手がボクに向かって伸びてくる。ボクはその懐に飛び込んで、その根本に向かって刃を振り下ろした。
先ほどとは違った感触とともに、手が緑色の液体とともに切り離された。
「ヨシ」
「ノ、ノ、ノーキン!」
敵も痛いらしい、なにやら訳のわからぬ音を出しながら、他の二本の手を同時にボクへ向けてきた。
「逃げるんだ、お嬢ちゃん!」
叫びながら、必死に敵の攻撃を受け流す。ヤツもまた必死なのだろう。
「逃げろ!」
「あ、あぁ…足がすくんで、立てないのょ!」
「チィィィィィ!」
第二波がボクに向かってくる。同じ手を食うようなボクではない。
「このやろぉぉぉ!」
左から攻撃してきた手の根本に潜り込んで、斧を振り下ろした。
鈍い感触とともに、また緑色の霧が舞う。
「やった…」
敵は少しひるんだようだ。それでも最後の足を自分に向けている。攻撃してくる気配はなくなったが、油断できない。
ボクは敵をにらみつけた。
「コイツ…後の先を知ってやがる…」
生唾を飲んだ。血の味がした。たぶん吸い込んだ空気中に仲間の血が含まれていたのだろう。
赤と緑の霧が、破られた大窓から徐々に排出されている。
そして敵は侵入してきたのであろう、その大窓を背にして、じっとボクの様子を伺っている。
「…撤退してくれネェかな…」
もう一度、生唾を飲んだ。そして大きく息を吸い込んだ。
「ノーキン!」
シャルロッテが叫んだ。敵がシャルロッテへ向かって素早く手を出してきた。
「畜生!」
ボクは反射的に大斧をその軌道上へ投げると、敵の懐へダイブする。
右手でサイドポーチに引っかけてあった小刀で手の根本を素早く切り落とすと、今度はサイドポーチから左手で電雷棒を取り出して本体へ突き刺した。
「あばよ…」
そしてスイッチを入れる。
指先から電気的な衝撃がボクを激しく振動させた。
電雷棒は捨て身の攻撃アイテムだ。できればこいつを使いたくなかった。
薄れゆく意識の中でシャルロッテを見た。どうやら彼女は健在のようだ…。
「ふ、それでいい…」
ボクは静かに目をつぶった。
「…ン…」
どこかで誰かが僕を呼んでいる。
「…キン…」
暗闇の中で僕を呼ぶ声がする。
「…ノーキン…」
どこからか甘い香りがして、ボクは目を開けた。
「ノ、ノーキン!」
薄ぼけた光景の中心に、一人の女性がいる。
「ノーキン、しっかりして!」
「…シャル…ロッテ…?」
まさしくシャルロッテだった、涙と鼻水ですさまじくひどい顔をしている。
「よ、良かった…あなたまで死んでしまったのかと思った…」
「俺は、生きているのか…?」
体を動かそうとするが、力が入らない。
「痛ぅぅッ」
「…ノーキン…」
「はは、躯が動かネェや…」
「…無理しないで…」
体中が痛い。手も足も、動かすことが出来ない。
「…敵はどうした?」
「…あなたが、あなたが撃退したんじゃない…」
ノーキンは大きく息を吸い込んだ。
「…そうか、良かった…」
「…ノーキン…ホント、あなたってバカよ…」
「そうか?」
「考えもナシに敵に突っ込むなんて、信じられない…」
シャルロッテは泣きながらの笑顔でボクの胸に額を寄せた。
「…これが、俺なんだよ…」
「だから、日系の隊員から”脳筋”って言われるのよ…」
「俺にとっては最高のほめ言葉さ、シャルロッテ准尉殿」
「バカ…」
「それよりさ、そのぐちゃぐちゃになった顔を俺のスーツで拭いたところで、懐からタバコを取ってくれネェか…」
ボクは目が腫れ始めている小娘に頼んだ。
そして小娘は涙を右手でぬぐいながら、言った。
「わ、私のキスを受け取った後でいいでしょ?」
体中が痛い。手も足も、動かすことが出来ない。
でも、唇だけは、柔らかかった。
―― 終 ――