捨て猫の行方
Taku



 私は猫である。
 すくなくとも、人間たちからは、猫、と呼ばれる生き物である。名前は、前の飼い主からは、シロ、と呼ばれていた。私の白い毛並みがその名前の由来らしい。単純なものだと思う。
 街の中は、いつもと変わっていなかった。私はその変わらない街中を、歩く人間に尻尾を踏まれないようにして歩いた。
 私は、捨て猫だった。捨てられたのは、今日の朝だ。ここで、お前を飼うことは出来ないんだよ。私の飼い主である中年の女はそう言って、公園に私を捨てていった。まだ若い猫なら、捨てられた理由が分からず、捨てられても飼い主についていくのだろうが、年老いた私なら捨てられた理由が理解できるため、捨てられてもなおついていく、といった行為はしなかった。
 彼女が私を捨てたのは、引っ越した先のアパートが、ペットを飼うのを禁止していたからだった。くだらない理由だった。だが夫がいて娘がいて、家族がいる彼女には、大きな理由だったのだろう。十年も一緒にいる私を、いとも簡単に捨てるほどの理由が。
 私は歩くを止め、近くにあった電柱に用を足した。それからそこに座り込み、一休みする。半日ほどなにも食べずに歩いて、疲れていた。私は座ったまま前足で鼻の辺りを掻いて、その場に横になった。ゆっくりと時間が流れる。そのあいだに、子供や女子高生が私のところに来て、可愛いー、などと言いながら、私の頭や背中を撫でていった。私はそのつど、にゃー、とか、にゃあ、と鳴いて、愛想よく相手してやった。だが誰一人として、私を飼ってくれようとした人間はいなかった。
 私は、新しい飼い主を探していた。
 野良と違って、私には生まれたときから家があり、世話をしてくれる人間が身近にいた。だから、獲物を自分で捕まえるなんてことはしたことがないし、ご飯は、つねに人間が用意してくれるものだと思っていた。だが違った。違っていた。絶対、なんてものはない。捨てられることはない、と思っていても、捨てられてしまう。そういうときがある。そういうときがくる。私は野良ではないし、野良にならずに、一生、人間が飼ってくれるものだと思っていた。そう信じていた。だが捨てられてしまった。これからは、私ひとりの力で生きていかなくてはならない。が、生きていけるわけが無い。
 私は野良ではないのだ。生まれたときからずっと、人間とともに生きてきた。人間に助けられて生きてきた。私には、私の躯の中には、野生、といったものがない。そんなものは、生を授かると同時に、どこか彼方へと消え失せてしまっている。私はひとりでは生きられない。年老いたこの躯では、獲物を捕まえることも出来ない。私は人間がご飯を用意してくれないと、食べることさえ出来ない年老いた猫なのだ。
 だから私は、新しい飼い主を探していた。
 私は歩くのを再開した。だがその足取りは重い。原因は、ご飯をなにも食べていないこと、疲れていること、そして、精神的なものだろう。理解し、割り切っていたとはいえ、今になって、捨てられた、という現実が、心の中に重くのしかかってきている。私はそんな重い気持ちを振り切るようにして、歩く足を速めた。
 歩き続ける。ふと気が付いて足を止めると、そこは公園だった。私が捨てられた場所。どうやら、歩き続けて街を一周したらしい。結局、ここに戻ってくるのか。私は、にゃー、とひと鳴きしてから、誰も座っていないベンチの下で横になった。一日中歩き回って、躯が疲れていた。弱ってきていた。今日はここで眠ろう。そう思って、空に眼を向けた。
 空は、オレンジ色に染まっていた。太陽は真っ赤になっている。夕焼けだ。夕陽に照らされた街並みもオレンジ色に染まっている。一日が終わろうとしている。私は躯を丸め、明日こそは新しい飼い主を見付けられるように、祈りながら眼を閉じた。
 夕陽が半分ほど沈み、空は暗い紫色に変わり始めていた。
 私の意識は、すぐに深い闇の底へと沈んでいっていた。
 


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