幸せのチェーンメール
鎌田士朗
都会の空は四角く切り取られている。だからみんな空を見ないんだ。
手袋の上から缶紅茶の温もりを感じながら、ふと空を見上げてそんな事を思った。
ビルの明かり、イルミネーション、大きな電柱や電架線。
よく見る景色がなんでこんなにも物悲しく見えるんだろう。
まるで、ただ生きるためだけに生きているような、そんな気がする。
ずっと仕事場と家の往復だけを繰り返していて、毎日息が詰まりそうだった。
コートの襟をすぼめて、「寒いなあ」と声に出したつもりが、
声にならなかった。
ふと見上げた空、立ち止まって、周りの景色を眺める事なんて忘れていた。
いつも何かに追われるように生活していて、考えることすら忘れてしまっていたのだろうか。
流れるたくさんの人たち、その表情がわからない。ただ同じ速度で、通り過ぎて行くだけ。
この中に、どれだけ自分の生きたいように生きている人が居るんだろう?
感情とか、価値観とか、周りのいろんなものに押し流されて、こんなはずじゃなかったのに、って思ってる人ばっかりのはずだ。
そういうのは、なんとなくわかる。
このままじゃ駄目だ。
休みの日に、
海に来た。
寂れた田舎の、誰も居ないような所をわざわざ選んで。
天気は良いけど、今は2月、潮風が轟々とうなりをあげている、ひどく寒くって鼻の頭が真っ赤になる、開けた景色。
砂浜と海しか見えない、波の音しか聞こえない。
そんな場所。
ビンの中に手紙を入れて流そうと思う。
内容は秘密だ。
すこし青みがかった、くちの細いビン。
ちょっと伸びをして冷たい空気を吸い込む。
そしておもむろに力を込めて、思いっきり、投げる。
しかし私の意志とは裏腹に、ビンは手からすっぽ抜けてあらぬ方向へ飛んでいった。
砂に足を取られたのか。
力みすぎたのか。
私から右側の砂浜へ大きく弧を描いて飛んでいく、落ちるときにズサッと砂の音がした。
もうちょっと軽く投げないと。
ビンを拾いにいったら、遠くから、近づく人影がひとつ。
ひょろっとした感じの男だった。
小走りで駆け寄ってきて、それを拾って、私に渡してくれる。
「えーと、もしかしてこれを海に投げようとしてた」
「う、うん」
ああ、誰も居ないからこそこんな事出来ると思ってたのに…
「これ、もしかして投げるつもりだった?」
彼はそう言って、海の向こうを見た。
「そう、ですけど」
「危ないから下がってて」
ぐっと体を傾けて渾身の力を入れ、ビンを投げる、いいフォームだ。
ひゅっ、と音がした。
海へビンが飛んでいく。
その後に少し微笑んで
その後、彼は携帯を取り出し、少し見つめた後。
それも思い切り、海へ、投げた。
しばらく海を見つめながら、二人とも放心していた。
「不法投棄ですね」
「不法投棄だな」
「なんで携帯捨てたんですか?」
そう私が聞くと彼は
「なんで手紙の入ったビンなんて捨てたの?」
なんて言ってきた。
初めて会った見ず知らずの人だけれどもなんとなく親近感が沸いた、多分目的が似ているからだ。
こんなのは間違っているのかもしれない。
つらかったり、悲しかったり、どうしようもなく逃げたくなること、そんな事が本当に多かった。
しがらみと言うのかな、生まれたときから、周りにはいろんなものがあって、色んな人が居て、自然に自分自身を生きることができなかった。
本当は、それだけが出来なかっただけなのかもしれない。
でも、それが一番、私には難しかったのだ。
海はそういうのも全部、考えとか想いとか、あらいざらい、ひっくるめて時間をかけてきれいにしてくれるような気がした。
許してくれるような気がした。
多分、海にはそういう力があるのだ。
……
という訳で、この手紙の最後に私の決意です。
生まれ変わって新しい自分になる。
今までとは違う生き方をするんだ、してみせる。
んで、幸せになってやる、絶対に。
という訳で私は確かめられないけれど、
読んだ人は、この誓いの証人になってほしいです。
これからは多分、この手紙の事、これを拾ってくれた人のことを想うでしょう。
その時は必ず、誰だかわからないあなたのために祈ります。幸せでありますように、と。
そういうのは夢があって良いとは思いませんか?
あと、私だけじゃ寂しいので。
もし気が向いたら、あなたも手紙を出してください、ビンに入れて、同じように。
自分と、そして知らない人のために、新しく生きるために。
そしてあなたも同じように手紙を出すことを薦めてくれたら。
チェーンメールです、幸せになるための。
……
その後、
しばらくして、
仕事を辞めて、引越しをした。
新居は空の綺麗な所を選んだ。
逆立ちしてそらを見る。そらが海みたいだ。
すじ雲が白い潮に見える。
気持ちのいい風が吹く、なんだかここは船の上みたいだ。
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