居るべき場所
神月蒼


 一緒に行こう。
 そう言って伸ばされた手を、払いのけた。
 一緒に行けば楽になれるかもしれない。だけど、いま病魔と闘っている親友の傍から、離れるわけにはいかなかった。
 青年は『天人』の『矢南』と名乗った。
 私を彼の住まう地へ連れて行くことこそ、今回の彼の任務なのだそうだ。
 天界。そんなものがあるなんて、信じたことはなかった。けれど、彼の背中にはキリスト教の信者が見たような天使の白い美しい翼が生え、そして彼はこの世の人ならざる美しさを持っていた。

 天界に行ったところで、私のこの苦しみや哀しさがなくなるわけではない。むしろ、このまま彼の手を取れば、親友を見捨てて逃げたとして、一生私は悩み苦しむだろう。

 そばに。
 ただ、傍に居て、一緒に笑い、泣き、ふざけてじゃれあって。
 十年以上も一緒に、もちろん離れていた時期もあったけれど。二人、心は寄り添っていたから。

 だから私は、彼の誘いに乗らなかった。

 「……私には居るべき場所がある。あなたの手を取ることはできない」

 きっぱりと言いきった私に、彼は何故か安堵したような笑みを向けた。
 「辛いことになるだろう。それでも君は、この日私の手を取らなかったことを、後悔しない。……私にはできなかった偉業だ。私は君に出会えたことを、誇りに思うよ……。」

 そうして自称天人の天使は、空へと大きく羽ばたき飛び去った。
 彼のいなくなったあとの空は、今にも雪が落ちてきそうな曇り空で。
 私は彼の手を取った場合の自分を想像して、ふと溜息をついた。

 「さよなら、矢南。……ありがとう」

 誇りに思う、と彼は言った。私には意味不明の捨て台詞だったけれど、何かとても気分が良かった。
 私はこれからも親友の傍で、彼女を見守り続けるだろう。
 それしか何もできないから。
 それでも、それだけでもできることがあるから。
 彼女の傍に、ずっといよう。

 ―― 終 ――


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