マホウノコトバ
奏位星華


 この世界には、目には「見えないもの」……って今日はその話じゃなくって。
 あ、またお前かよ、ですって? お久しぶりね。
 はじめてのあなたは、はじめまして。



 さて。最近ツイてない、ここんとこずっと悪いことが続いてるなあ、っていうそこのあなた!そうそう、あなたのことよ。
 今日はそんなあなたに、幸運がを呼び寄せるこの星の『マホウノコトバ』を教えちゃう。ついでにお金も入ってくるかもしれないオプションつきのお話よ。





 それはある夜の居酒屋で、僕と先輩がレジで清算する時のことだった。
「お会計の方、七千五百六十円になりますー」
 アルバイト店員の女子学生がレシートを先輩に手渡している間に、僕はカバンの中から財布を取り出し、お金を出そうとすると。
「中野くん、財布の中のお札の向きがおかしいわよ」
 僕はえっ?と首をかしげると、星居(ほしい)先輩は僕の財布をじっと見てこう言った。
「お札を財布にしまうときは、印刷している人物の頭を上向きにして置かないと」
 彼女に指摘されて、お札入れのポケットを見ると、千円札のお札の向きが上下が逆さまになっていたので、慌ててそれを直した途端に、そこからポロポロとコンビニやスーパーのレシートが飛び出し、床に落ちた。
「あららら、レシートを財布の中にいれちゃだめ!そんなことするから貧乏神が取り付くんじゃない」
「でも、家計簿つけるのに必要だし……」
「財布はお金が出入りする場所だから、カードはともかくレシートや領収書は別の袋に入れておいた方がいいわ」
 先輩にそう言われた僕は床に落ちたレシートを拾うと、それらをカバンの内ポケットに入れてから、財布の中からお札を出した。
「えっと先輩、割り勘で出しますから」
「じゃあ三千五百円出して。端数は出さなくていいわ」
 僕は彼女に食事代を渡すと、先輩はありがとう、と受け取って店員さんに渡した。
 

「ありがとうございましたー」
 お店を出て駅に向かう途中、先輩が僕にこう言ってきた。
「中野君、お金って使うためにあるものだから、ああいう風に乱雑にしちゃ駄目なの。さっきの君の財布見たけど、あれは十分に『虐待』してるわよ」
「ええっ?!そうなんですか?」
「わたしが会社に入社したときの上司から教えてもらったの。さっきみたいなこと、わたしにもあったんだから」
 それでね、と少し間を置いてから、先輩がこう話してくれた。
「上司は礼儀作法にすごくうるさい人だったんだけど、彼のおかげでいいことが増えたのよ」
「それってどんなことですか?」  
 教えてほしい?と先輩が言ってきたので、僕はもちろんと答えると、彼女はじゃあその前に、とこう尋ねてきた。

「さっきのお店でわたしがレジで支払いをしてたの見てたでしょう。その時にわたしは店員さんにお金を渡すときにどっちの手で渡したか覚えてる?」
「えっ?えーと……左手?」
 僕がそう答えると、彼女はハズレー、と両腕でバツのサインを作った。
「財布からお金を取り出して、人に渡すときは右手を使うの。逆に今度はおつりをもらう時は左手で受け取って仕舞うのよ」
「そ、そうだったんですか……」
「まあわたしも最初は慣れなくて大変だったけどねー」
 ぼちぼち覚えて慣れておくといいわよ、と彼女に言われ、僕はハイ、と返答した。

 駅まであと少しというところで交差点の信号でひっかかり、横断歩道で立ち止まると、僕のすぐ隣にいる先輩は夜空を見上げていた。
 都心部ほどではないけど、この辺りでは星は見えにくい方。冬場だとよくて二等星が見えるくらいだ。
 すると、東から西へと大きく横切る形で、流れ星が姿を現した。
「あ、流れ星……」
「よかった、よかった、よかったー!」
 それを見ていた先輩がいきなり早口でしゃべったので、僕は驚いて彼女の顔を見た。
「あら、どうしたのよ。わたし何かまずいこと言った?」
「いや、突然声を出したから……」
「ああ、さっきの?こんな明るいとこで流れ星が見れたから、よかったなーって。それに流れ星に願い事してたんじゃ間に合わないし」
 なるほど、と僕が納得していると、先輩はこう言ってきた。
「『よかった』っていう言葉は、自分に幸運を呼ぶ『マホウノコトバ』なの。『マホウ』って言っても魔法使いが使うアレじゃなくて、真実の『真』に、宝石の『宝』―『真の宝』で『マホウ』っていうの」
「……それもさっきの上司さんから?」
 思わず訊いてみると、そうよ、と先輩が答えた―その後。
 僕は彼女の方を見ると、先輩の目が潤んでいた。
「あ、ごめん。ちょっと思い出しちゃって……」
 手で目に浮かんだ涙をぬぐい、首を横に振ってから、彼女は再び夜空を見上げてから、僕にこう打ち明けてくれた。

「中野君がうちの会社に入社する直前だったかな、その上司が亡くなったの。会社から帰宅途中に交通事故に遭って……厳しいけど部下思いのいい人だったの」
 それでね、と少し間を置いて、彼女はこう続けて言った。
「その後に気づいたことだけど、わたし……上司に会えて、一緒に仕事が出来て『よかった』って思ったの。短い間だったけど、今は夜空の星になってわたしたち部下を見守ってくれてるんだな、って思ってる。そうして中野君がうちに来てくれてよかったなって」
 
 駅について、プラットホームから夜空を眺めていると、先輩が声をかけてきた。
「今日はいろいろとありがとう、おかげでちょっとすっきりしたし」
「僕も先輩とお話し出来て『よかった』です」
「お、ちゃんと言えてるじゃない!」
 その調子でね、と先輩が少し赤い目で笑ってくれた。
「とりあえず、財布のお金と『よかった』はしっかり覚えておくのよ」
「はい!」
 僕は先輩に返答した後、彼女に出会えてよかった、と心からそう思った。




『よかった』っていう言葉って、良いことがあったときにはもちろんだけど、実はちょっとトラブルがあったときにも使える、この星で一番最高最強の、幸せを呼ぶ言葉なのよ。
 たとえば、うっかり道端で転倒して、ひざを打ったりすりむいたり、場合によっては骨折した時にでも、「あー、大怪我にならなくて『よかった』」って思って言えばいいの。前向きに考えて使う逆転の発想だけど、最初はどうやって使えばいいのかわからなくて、慣れるまで時間がかかるとは思うけど、そのうち自然に出来るようになるから、あなたもやってみてね。
 
 それともう一つ。
 もし大なり小なり良いことがあったら、それに対してきちんと『ありがとう』と感謝すること。これも幸運を呼び寄せて長続きさせる効果があるの。
 どんなに困難なことがあっても、それに『よかった』、『ありがとう』と感謝すれば、その分ちゃんと後で良いことがあるわ。これは絶対に保証できるわよ。  


―自分の幸せは自分の力で呼び寄せるものだから、いつも心に『よかった』と『ありがとう』を忘れずに、ね。
 
 
 



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