黄金の星と記憶の女神
奏位星華


 オレンジ色の空の下、黄金の実がついた穂が揺れて、そこから小さな光の粒がキラキラちりばめられている。そのはるか向こうに、石で作られたピラミッドが見えた。

「来てくれるかなー……」

 僕は穀倉地帯の近くにある丘の上に体育座りで座り込んでいた。自分以外に人気がなく、暫くの間ぼんやりと、その風景を眺めていた。 
 

 半月前、アメリカにいる知り合いの女性に頼んで、『ある物』を二つ譲り受けた。僕―日浦幸善(ひうら・ゆきよし)の元に届いたそのうちの一つは手元に、もう一つはあの人へと送った。
 閉じていた右手を開き、その手の平に乗っているのは、琥珀色に光るガラスのような物質。
 送ってくれた知り合い曰く、自分の意識を別の高い次元や空間に一定時間だけ移動することが出来るツールと言ってたので、試しにさっき布団に入った時に右手に持って目を閉じた。


……それで気がついたらこんな場所にいるわけで。
 地球の地上から見るのとは全く違う空の色、手付かずで見たこともない植物が生え、かわいい鳴き声を発しながら空を飛ぶ鮮やかな緑の小鳥たち。
 でも太陽はこの空の上に浮かび、さんさんと輝いている。

「あ、幸善さーんっ!」

 自分の背後の遠くから、聞き覚えのある少女の声がした。どうやら彼女もここにたどり着けたみたいだ。
 声がした方へと振り返ると、脛あたりまで伸ばしたような青いチェックのワンピースを着た裸足の少女が、腰まである長い黒髪をなびかせてこちらへと走ってきた。
「ミラ!」
 緩やかな坂を上り、僕の元に駆け寄ってくると、すぐさま飛ぶようにして抱きついてきた。
「こらこら、いきなり抱きつかない!」
「久しぶりなんだもん、幸善さんに会うの」
「確かにそうだけど、電話やメールは毎日してるだろ」
「だって『あっち』では遠距離だし……えーと2ヶ月ぶりだっけ?」
「正月明け以来だしなあ……僕も忙しくて三が日には帰れなくて、結局ミラの学校の冬休みが終わるぎりぎりにやっと休みが取れたし」
「仕事がお互い繁忙期だから仕方ないもん」

 彼女―戸山美羅(とやま・みら)は定時制高校に通いながら、家の近所のスーパーでアルバイトをしている女子高校生。僕は彼女の上司で、職場で一時期一緒に働いていた。
 お互い身体に障害を持つ代わりに、特殊な能力を持っているという共通点が元で、付き合うことになったのだけど、僕が転勤―別の支店に異動ということになって、現在は遠距離恋愛中。

「ところで、ここってどこなんだろ?」
「どこかの惑星、って感じだけど……」
「鳥さんに聞いてみるのはどう?」
 僕にそう言ってミラが空へと指さしたので、僕はその方へと視線をやると、自分たちのすぐ近くで飛んでいる小鳥たちを見つけた。彼らに声をかけてみると、すぐさまこちらへと飛んできて、僕の頭の上や肩に止まり、チィチィと鳴き声を立ててきた。
「どう?何か言ってるのわかる?」
「うーん、ちょっと待って」
 左耳につけている補聴器のボタンを二回押して小鳥の鳴き声を聞いてみる。

……ふむふむ、なるほど。そういうことか。

 彼らの話を聞いてみて、わかったことをミラに打ち明けてみた。

「この星は僕たちが住む地球から遠く離れた、別の太陽系のある惑星なんだって。星の住民の大半は別の兄弟星に避難のために移住して、現在は管理をしている人たちが数百人くらい地下に住んでいるだけだって」
「そうなんだ……でも、なんでわたしたち以外に人がいないわけ?」
「えーと、この銀河系の中央にはドーナツ状の光の帯が縦長になって伸びていて、そこに惑星が突入すると、星全体の生態系に多少なりとも影響が起きる。それでこの星がその帯の中に入ったため、住人たちは一旦星の外に出る―別の惑星に移住することになったらしい」
 かなり難しいことなんだけど、僕の言ってることわかる?、とミラに尋ねるとなんとなく、と返ってきた。
「それで、彼らが戻ってくるのはいつなの?」
「うーん、星が帯を抜けた後になるから、そのうち少しずつ戻ってくるんじゃないかな」
 オレンジ色の空を眺めながら、僕は鳥たちの声を聞きながら翻訳し、ミラに伝えた。
「しかし、誰もいないとはいえ、地球と違って自然が綺麗に残ってるね」
「この星の人たちは普段は地下に住んでいて、地上はあるがままの状態にして共存するようにしているみたいだ」

 小鳥たちがチチ、チチッと鳴きながら僕から離れ、ピラミッドのある方へと飛んでいく。
「なんかこっちに来て、って言ってる」
「行ってみるの?」
「うん。ピラミッドの中見てみたいし」 
 ミラが軽い足取りで丘を下り始めたので、その後を慌てて付いていく。
 黄金色の草原の真ん中にある、真っ直ぐな道を行くと、その突き当たりにあるピラミッドにたどり着いた。
 大きさは普通の一軒家くらいだが、入り口がどこにあるのかがわからない。ぐるりと四方を一周して見たけれど、扉らしきものは見つからず、これでは中に入れないなと思っていると、ミラがちょっと待ってと声をかけてきた。
「さっきからずっと、このガラスが光ってるんだけど」
 ミラの右手のひらで淡く光を放つ、琥珀色のガラス。
「もしかして僕のも?」
 ズボンのポケットに手を入れてガラスを取り出すと、こちらも同じように光を出している。 
 二人で一緒に手の中のガラスを持ち直してみると、ガラスから放たれている光が、真っ直ぐに伸びて壁に当たり、その部分から文字のようなものが浮かび上がった。 古代エジプトのヒエログリフに似た感じのものみたいだけど。
「この文字、この星のものかなぁ?」
「そうかもしれないね。でもなんて書いてあるのか読めないしなあ」
 壁に浮かび上がった文字をじっと見つめていると、隣にいたミラがそうだ、とひらめいてこう言った。
「実はね、今日はもう一つ石を持ってきたんだー♪」
 ミラがデニムスカートのポケットに手をいれ、そこから取り出したのは、手のひらにすっぽり収まる大きさの一本の水晶柱だった。
「こないだお店で見つけて買ったんだけど、六面ある柱全部にびっしり横線が入ってるの。バーコード入りレーザー水晶っていうんだって」
 何かの役に立つかと思って、と彼女が壁に書かれた文字に水晶の先端を当てると、その箇所の光の色が金から白へと変化し、その後にゴゴゴ、という音とともに人が一人入るくらいの入り口が姿を現した。
「やったー!試しにやってみるもんだね」
 ミラが水晶を片手にピラミッドの中に入っていく。
「おいおい、いきなり入って大丈夫?」
 慌てて彼女の後を追い、地下へと続く階段を下りていくと、すぐさま広い空間に出た。
 琥珀色のガラスから放たれる光が照明代わりになったので、室内は四方の壁一面書かれている文字が見える程の明るさになった。
 部屋の中央には四角い台座が置かれ、金属製のプレートがついている。
そこに刻まれている文字も、さっきのピラミッドの外壁に書かれていたのと同じものだ。

「ねーねー幸善さん、ちょっとこっち来て」
 びっしりと文字で埋め尽くされている部屋の壁を眺めていると、台座のプレートに水晶の先端を向けているミラが、不思議そうな顔をして僕に尋ねた。
「どうした?」
「なんかねー、この台座『だけ』っていうのが気になるんだけど……」
 彼女が僕に向かって話している途中、ふと背後に『何か』の気配を感じた。
「ミラ、後ろ!」
「えっ?」
 ミラが台座の方へ振り返ると、目の前に青い光に包まれた、白いドレスを着た金髪の女性の姿があった。
 厳密にいうと、その形態を取っている、幻影のようなもの―……。 
〈―外部カラノ生命反応アリ。コレヨリ識別ヲ解析シマス〉
「な、何?ちょっとこの人誰?!」
 無機質かつ中性的な音声にミラは思わず驚いたが、僕はその声音を聞いてすぐに判別できた。
「ど、どうしよう?!わたしたち侵入者だし、こっから出た方が……」
「いや、ちょっと待って」
〈解析完了。確認シマス。識別コード外部、0317873……〉
「この女性は立体映像(ホログラム)だよ。あそこを見て」
 僕は台座の斜め上を指差した。その壁にはめ込まれたレンズから白い光線が台座に向かって伸びている。
「ミラがプレートに触れてスイッチが入ったから、この台座に女の人の映像が映し出されたんだよ」
「あ、そうなんだ」
 なるほど、とミラが納得している間に、ホログラムの女性がしゃべるのをやめ、しばしの沈黙の後、僕らにこう告げた。
〈識別完了シマシタ〉
 氷のような蒼い瞳を持つ女性が、僕をじっと見つめた。
〈貴方ガタハ、コノ星ノモノデハアリマセンネ。ズット遠クカラヤッテ来タ存在ダト、私ノ解析デ判明シマシタ〉
「えっ?なんてしゃべってるの??」
 わかんないよーとミラがあたふたしているのを見て、僕はようやくこの女性の言葉がわかったのが理解できた。
「あ、そっか。補聴器の調節をそのままにしてたんだ」
 女性の声が器械を通して翻訳され、僕の耳に届いてたということか。
「ごめんごめん、ミラ、この人は僕らが他所から来た者だって言ってるんだよ」
 僕がミラに通訳した後、女性はゆっくりとした口調で言葉を続けた。
〈ヨウコソ、我ガ惑星『アウリム』ヘ。私ハコノピラミッドノ管理ヲシテイル『ラウナ』ト申シマス〉
「変わってるけど、良い名前だね」
 星の名を告げた女性―ラウナは、壁に向かって手を伸ばすと、その先にあるレンズから、彼女に向かって蒼い光線が放たれた。
〈貴方ガタニ、見セタイモノガアリマス〉
 その言葉の直後に、建物全体が突然白い光に包まれ、そのまぶしさに僕は思わず目をつぶった。














 パチパチと、何かが燃える音がする。

「ちょっと、何コレ?!わたしたち一体どうなってるの?」
 隣にいるミラの声でハッと気づいて目を開けると、ゴオ、とい大きな音の後、真っ赤な炎の壁が辺りを囲うようにそびえていた。
 でも、熱さを感じない―となると、これも映像ということか。
「ミラ、コレは映像で作り出した炎だ!」
「ええっ?!」
 彼女がとっさに僕にしがみつくと、台座に立つラウナが僕らに話しかけてきた。
〈コレハ昔、我ガ星デ起キタ大キナ災イ。人ト人ガ争ッテ起キタ、悲シイ出来事〉
 僕はその時、彼女の瞳からキラリと光るものを見つけた。
〈星ガ焔ニツツマレ、壊レソウニナッタ。私ハソレヲ止メルベク、創ラレタ存在(モノ)〉
「……涙?」
 ミラもラウナの表情に気づき、彼女の悲しそうな顔を見た後、僕の方を見つめた。
「この人、泣いてる。何か悲しいことがあったのね」 
「ああ、ずっと昔にこの星全体が壊滅状態になる位にひどい戦争があったんだって。それを止めるためにラウナが創られた、って彼女が言ってる」
「そうなんだ……」
〈私ハ争イカラ逃レタ人々ヲ、コノ場所ニ匿イ、争イガ鎮マルマデ共ニ祈リ続ケマシタ〉
 胸の前で両手を合わせるラウナの蒼い瞳から流れる涙。でもこれも映像。
「彼女はこの星で起きた記憶を思い出して、涙を流してるのね」
〈ヤガテ争イハ鎮マリマシタガ、生キノコッタ人々ガ地上ニ戻ルト、殆ドガ焼ケ野原ト化シテイマシタ。落胆シタ人々ハ地下ニ戻リ、生活ヲ続ケマシタ〉
 いつの間にか、ラウナは涙を流すのを止めていた。
「幸善さん、炎の壁が変化してる!」
 ミラが壁を指差したので、僕はその方を見ると、壁の色が炎の赤から氷の白に変化していく。
〈地上ハ氷ノ世界ニ変ワリ果テ、ソレカラ長イ年月ガ経チマシタ〉
 部屋の壁全体が雪の白になり、その中央の台座に立つラウナの姿は、まるで氷の世界の女神のようだった。
〈地下ニ住ム人々ハ、時々ココニ来テ、私ニ祈リヲ捧ゲマシタ。コノ星ニ再ビ緑ガ戻ッテクルヨウニト〉
 彼女の言葉の後、四方の白い壁が再び淡い光を放ち始めた。その光は少しずつ黄緑色に変わり、やがて黄金色へと変わっていき、壁から光の粒子が放たれ始めた。
「あれ?この光の粒……」
 ミラが空中に舞う粒子を左手でキャッチし、それを僕に見せた。
「ほらみて!これさっき外で見た穀物の実だよ」
 彼女の手の中にあったのは、黄金色に光る小さな実が数粒。
〈何百、何千年モノ長イ時間ヲカケ、地上ニ少シズツ緑ガ戻リハジメ、ヨウヤクココマデ辿リツキマシタ〉
 ラウナの姿も黄金色に光り、室内全体を優しく包み込む。
 しかし、彼女は僕らにこう言ってきた。
〈地上ガ黄金ニ包マレル時、人々ハ星ヲ離レマシタ。ソレハ天ノ光ノ帯ガコノ星ノ空ヲ覆ッタカラ〉
「―どういうこと?」
「多分、僕がさっき言ってた光の帯にこの星が包まれて、人々が星で生活するのが難しくなったと……それでラウナは人々を別の惑星に移動させるようにした、ってことじゃないかな」
 あくまでこれは僕の推測だけど。
〈……ダカラ私ハココニ残リ、人々ガ戻ッテクルノヲ待チ続ケテイマス〉
 ラウナの発言がそこで停止し、いつの間にか室内は元の状態に戻っていた。
 ミラの手の中にあった光の粒の実も、跡形もなく消えていた。 
 
〈私ガ覚エテイル事―貴方ガタに伝エル事ハココマデデス〉
 ラウナの言葉に僕が顔を上げると、彼女の表情はまるで穏やかに微笑する聖母のようだった。 
「ラウナ、教えてくれてありがとう」
〈イイエ、私モ貴方ガタガココニ来テクレテ、嬉シカッタ〉



 アリガトウ―……。




 その一言を最後に、ラウナの身体―映像が空間に溶け込むように掻き消え、室内は再び沈黙に包まれた。

「ラウナさん、長い間ずっと一人でここにいたんだね」
 寂しかったんだろうね、とミラが台座を見つめて小さくつぶやくと、さっきまで『彼女』がいた箇所を水晶でそっと撫でるようにした。
「わたしの住む星も、いまだに争いは絶えないし自然はどんどん壊されているの。でも、いつか人々が手を取り合って、一つに―平和が訪れることを信じてる」
 そうなってほしい、というミラの願い。
「だから、ラウナさんも信じて。この星の明るい未来を」
 彼女が手にしている水晶の上に、涙が一粒ポトリと落ちた。
「―僕も信じてる」
 僕はミラの肩を引き寄せ、彼女が泣き止むまでそっと抱きしめた。  










 地下室から階段を上ってピラミッドの外に出ると、満天の星空が僕らを迎えてくれた。
「うわー……綺麗」
 幾億もの星々で創られた光の帯が、ミラが見つめる天空を横切るように伸びている。
「こんなに美しい夜空は僕も初めてですよ」
「地球では見れない空だよね」
 リアルではないけれど、二人きりで一緒にいられる、ささやかな幸せ。本当はずっとこのままそうしていたいけれど。
 上着のポケットから取り出したガラスの光が、さっきより大分弱くなっていた。 
「……そろそろ、タイムリミットかな」
 僕がミラにそう言うと、彼女は残念そうな顔をしてうつむいていた。
「なんかいろいろありすぎて、あっという間だったね」
 彼女の手の中にある琥珀色のガラスの光も、辺りが明るくなるにつれて弱まっていた。
「近いうちにまた逢いに行くから。今度は直接で」
「うん、私も予定組んどくから」
「それともう一つ」
 僕はミラに前もって言った後、こう続けた。
「……四月になったら異動になるかもしれない」
「えっ?」
「一応申請は出してるんだ。ただ、こっちに戻れるかどうかはわからないけど」
「遠くじゃなくて、もっと近くに―すぐ会いに行ける距離になれる?」
「ああ、きっと、大丈夫だから―……」
 
 そう彼女に伝える途中で、目の前の視界が徐々に真っ白になり、やがて意識がそこで途切れた―……。













「あ、もしもし?ミラ。進級おめでとう」
 四月に入ったある日の昼下がり、僕は携帯を片手にオフィスビルの玄関前に立っていた。
『幸善さんもね。こないだ本社に栄転なんてメールが来た時はびっくりしちゃった』
「新入社員の指導担当。ミラの後輩たちの育成だよ」
 上着の胸ポケットにつけられた『日浦』の名札の横に、鳥の翼をかたどったピンバッジ―本社スタッフの証がキラリと光る。
『なるほどー、なんかすごい大役だね』
 まあね、と僕は苦笑いしつつ、ふと顔を上げると、淡い水色の空に薄紅色の花びらが踊るように舞い散っていた。
「そういうことでとりあえず、来週の土曜空けといて」
『オッケー!後で主任にシフト変更お願いしとくね』
 それじゃね、と彼女が電話を切ると、僕は携帯を上着にしまいこんだ。
「さてと、そろそろ行くとしますか」
 ビルに入る前に空を見上げると、桜の花びらと共に黄金に輝く微粒子がキラキラと舞っていた。


(ラウナの星はあれからどうなったんだろう……)


 ふとそれを思い出した僕は、心の中でそっと祈った。

 彼女の願いがいつか叶えられますように。
 そして、ミラや僕が願うこの星の明るい未来も―……。



http://www.juv-st.com/