僕とツンで時々デレなお嬢様
K・K
一つため息を吐いてタバコを咥え、僕は倒れている男の上に腰を落とした。何故そんな状況になったのか、僕がこの男を殴ったからだ。他にも男が3人程、僕が尻に敷いている男と同様に気を失っている。それも僕が彼らを殴ったからだ。路地裏だから誰も気には止めないだろう。そう思って僕はポケットの中からライターを取り出した。
寒さで震える手で咥えたタバコに火をつけると、血だらけの両手が嫌でも目に入ってくる。得物なんて要らない。拳を固く握り締めて顔を殴れば簡単に血が出て、拳は簡単に血に染まっていく。
タバコを吸うと安心できる。高ぶった精神が落ち着き、人としての感覚を感じられる気がする。
殴られた顔は痛い、殴った拳も同様に痛い。痛いのは嫌いだ。
殴られるのはまだいい、一時的にでも、怒りが痛みを忘れさせてくれる。
殴るのが嫌だ、罪悪感が痛みを増幅する。
体は痛みに苛まれ、心は虚しさに蝕まれる。自分で選んだことだから、文句は無い。格好つけた言い方をすれば、僕の拳は僕がお嬢様を守る為にある。格好つけて、王女を護る騎士の真似をして、その先に何があるのか?
守りたい人がいる、そんな格好良い理由なんかじゃない。ただ失いたくないだけ。
失う? 何を?
お嬢様の傍に居る権利を、どんな理由でも良いから僕はお嬢様の傍に居たい。
煙を少し深く吸うと、少し胸が痛んだ。肋骨にヒビが入っているのかもしれない。だけど構わない。骨は放っておけば勝手に直るし、見た目に分かるものじゃない。見た目に分からないものは無いのと同じだ。
僕はタバコを消して自分自身を見回した。服は少し汚れているけど、派手な汚れは無いし破けてもいない。男達を殴る前に脱いでおいたコートを着れば気にならないだろう。顔はそこまで殴られていないから、多分大丈夫。それよりもやっぱり問題はこの両手に付いた血だった。気絶している男の服で拭ってみるが、思ったよりも血が落ちない。
自分の手の甲をよく見ると擦り傷の中に少し肉を抉ったような傷を見つけた。出ている血の量は少ないから舐めておけば治るだろう。
ある程度両手の血を落とすことは出来たが、やはり手の傷が多少目立つように思えた。適当なモノを探すと男の1人が着けているグローブが目に入った。合成皮で少し安物っぽい上にデザインもお嬢様好みじゃ無い気がするけど、そうも言ってられない。僕はその安物のグローブを着けて路地裏を後にした。
路地裏から出ると、数件先の店からお嬢様が出てきていた。風になびく髪を押さえながら辺りを見回している。少し怒っている様にも見えるけど、何かあったのだろうか? お嬢様は店先から僕を見つけると、僕の方に歩いてきた。路地裏を見られるわけにも行かない、僕もお嬢様の方へと歩き出す。
近づいてくるお嬢様が僕の名前を呼んでいるのが分かる。いや、叫んでいると言ったほうが正しいのかもしれない。僕の目の前まで来ると僕を怒鳴りつけた。
「どこに行っていたのです?」
「申し訳ありません、少々野暮用がありまして」
「どうせまた隠れてタバコでも吸っていたのでしょう?」
そう言ってお嬢様はハンカチを取り出して鼻を抑えた。タバコの臭いの付いた僕に対する嫌味かもしれない。お嬢様にはあんな現場は見せられない。僕の姿が見えない時は隠れてタバコを吸っている。そう思われるくらい構わない。
「私に何かあったらどうするのですか? 貴方は私の護衛なのですよ?」
「仰る通りです」
「護衛なら護衛らしく常に私の傍におりなさい。分かりましたね?」
「はい、申し訳ありませんでした」
「分かれば良いのです」
そう言ったお嬢様の声は先と変わって穏やかで、顔も笑っている。
「少し顔が腫れていますけど、また転んだのですか?」
「えぇ、まぁ」
そう曖昧な返事をして僕は頭を掻いた。僕のその手の動きがお嬢様の目にとまる。
「貴方、随分と安そうな物を身に付けているのね」
僕の手に着けているソレを見てお嬢様は僅かに眉を寄せた。そしておもむろに僕の腕を掴んで引張っていく。
「お、お嬢様?」
「そんな小汚い物は捨ててしまいなさい、代わりに私が新しい物を買って差し上げます」
「そ、そんな」
「いいですか? 貴方は私の護衛であり、貴方は常に私の傍に居なければならないのですよ。だからそれ相応の身なりをする義務があります」
「しかしお嬢様に態々そこまでして頂かなくても」
僕がそう言うとお嬢様は足を止めて、僕の方を振り向いてから俯いた。その綺麗な瞳は髪に隠れて見えない。
「私が・・・・・・、私が貴方に買って差し上げたいのです」
そう言ってお嬢様は再び僕を引張りはじめた。さっきよりも引張っていく歩みが速い気がする。何度呼びかけても返事を返してくれない。顔を覗き込もうとしても何度もソッポを向かれる。
風に吹かれてお嬢様の髪がなびく。
その隙間から僅かに見えた耳が赤かった。
―END―