ひどいはなし
紫雲正宗



 酷い話をしよう。
 これから君に語るのはとても酷くてつらい、実に愚かしいひとつの物語だ。

 その昔、アルファリエという王国の隅っこの森の中に、ひとりの少年が住んでいた。
 少年の名前はカイム。幼い頃に両親に先立たれてしまった彼は、それでも母から教わった生活の為のノウハウと父から受け継いだ動物と対話できる能力とで森に住む動物たちと共に幸せに暮らしていた。
 ひとりきりであっても曲がることなく、荒むこともなくまっすぐに生きていたそうだ。
 そんな彼の元に、ある日アルファリエ国王からの使いのものがたずねてきた。
 使者はあいさつもそこそこにカイムにこう告げた。
「コーネリアスの血を引く息子よ。勇者の血族なるカイムよ。いま我が国はたいへんな危機に陥っている。遥か西の先、陽の滅する地より来たる魔王の手のものたちにより、民の平和は脅かされ生活もままならない。これまで、これらの魔に抗するべくさまざまなことを試してきたが、もはや万策尽きてしまった。我々ではもう、どうしようもないのだ。だから、勇者の血族なるカイムよ。いまこそ、汝の力が必要なのだ。どうか、どうか我らを平和へと導いて欲しい」
 一通りの話を聴いて、カイムの胸には怒りと悲しみとが綯い交ぜになった、言い様のない複雑な感情が湧きあがってきていた。沈痛な面持ちで頭を垂れる使者にカイムは、
「わかりました。私にどれだけの事ができるかはわかりませんが、人々のため、アルファリエの平和のためにできる限りのことをしましょう」
 揺るぎない、力強い声で応えた。
 さっそく旅の支度を済ませ、カイムは使者に伴われてアルファリエの王都へと赴くことになった。旅に先立って、国王に謁見するためだ。
 王都に着くとカイムの噂を聞きつけた人々が勇者の顔を一目見ようと集まり、皆一様に暗闇の中で見つけた一筋の光明に縋るようにカイムを迎えた。
 国王の待つ謁見の間でも、一堂に会した諸侯貴族から激励と祝福の声を掛けられて、カイムは一段と志を強くしたのであった。
 数日間の入念な準備を終え、王国軍の中から選りすぐられた四人の供を従えてカイムはいよいよ魔王討伐の旅に旅立つことになった。
 旅はとても過酷なものだった。魔の巣食う森を抜け、凍てつく冬山を越え、各所に設けられた砦を突破し、襲いくる魔物たちを次々に倒しながら、魔王が城を構えるベーダドゴルの地に辿りついた時には四人いた従者は一人きりになってしまっていた。
 その最後の従者も激しい戦闘で受けた傷から毒がまわり、もはや手の施しようのない状態だった。
「か、ならず、かならずや、てき、を、たおし、て  ……へいわを、とりもどして、くだ、さい。カイム、さまッ!」
 年格好が近く、いちばん親しかった仲間の死にカイムは子供のように声を荒げて泣いた。
 最後の仲間を半日を掛けて丁寧に弔い、カイムは最後の戦いへと赴く。
 魔王城での戦いは熾烈を極めた。
 森に住む動物たちに協力を請い、数百・数千の魔物たちを倒し、迷宮のような魔城を、いくつも仕掛けられた罠を掻い潜り、奥へ奥へと進んだ。
 そして、ついに魔王のもとへと辿りつき、激戦の果てにこれを打ち倒したのだった。
 長く過酷な旅の果て、ようやく手にすることのできた平和と安息に、カイムはひとり喜びの声をあげた。
 勝ったのだ、と。これで全てが終わったのだ、という達成感を全身で表わすカイム。
 しかし、ふと自分の足元に横たわっているはずの魔王の遺骸を目にして彼は絶句する。
 そこに横たわっていたのは世界に災いをもたらす魔王ではなく、一国の主たる人間の王だった。毒々しい緑色の血ではなく、自分とまったくおなじ赤い鮮血を流し横たわる人間の国王。
 それだけではない。
 城の中のどこを見回してみても、転がっているのは人間の死体ばかりで、壁も床もすべては赤い血で染まり、そこにはもうカイムひとりしか生きているものはいなかった。
 実は、アルファリエ国王に謁見した際にカイムには呪いが施されていたのだった。
 それは『敵国の民が禍々しき魔物として映る』というもので、魔王討伐という使命をでっち上げて勇者の血族であるカイムを唆し、自分の意にそぐわない隣国を自らの手を汚すことなく滅ぼしてしまおうとするアルファリエ国王の罠だったのだ。
 そのような企てが行われていようなどとはつゆも知らず、カイムは自分がしてしまったことへの慙愧と絶望感に苛まれながらも国へと戻った。
 しかし、カイムがアルファリエへと戻ってみると、彼は一国を滅ぼし平和を乱すものとして追われる身となっていた。国を追われ帰るべき場所を失った彼は、深い悲しみに打ちひしがれ、やがてその心にどす黒い憎しみを宿すようになる。
 憎しみは魔を呼び覚ます。すべてのものに裏切られ、なにものをも信じることができなくなり、彼の魂は闇へと堕ちた。
 こうして『魔王カイム』が生まれたのだった。

 ここに語ったのはとても酷くてつらい、実に愚かしいひとつの物語だ。
 それは、まぎれもない人間の物語である。



−END−



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