ヒッツェ ダス ハス
紫雲 正宗


 初めて太陽が落とされた日のことを知っているか? そう、あの禍々しい青い太陽が落とされた日のことだ。
 あれは――、
 あの光景は、世界の終わりの光景そのものだった。

 聖歴一九三九年。イリシス大陸全土を巻き込んだ戦争が起きた。といっても、開戦当初はロイリア帝国とランシス王国の二国間で起きた小競り合いに過ぎな かった。それが、いつのまにか、周辺の大国をも巻き込んだ大戦へと姿を変えていた。
 ロイリア帝国内で希少なマギスタイン鉱石の鉱脈が見つかったのがその要因だった。
 戦争の意味合いも、小国の領土問題から鉱脈の利権をめぐる争いへと変貌していた。
 そして、戦争のあり方も、敵国への侵略から完全なる殲滅へと変わっていく。
 それまでの戦いが騎士道にのっとった一定のルールの上で行われていたものだとするなら、この大戦で行われたそれは虐殺以外のなにものでもない。
 敵だとわかれば見境なく殺された。軍人も公人も民間人もない。女も、子供も、年齢や性別に関わらずすべて、一人残らず殺されていった。温情も慈悲もまる でなかった。
 始めのうちはそれでも草原や荒野挟んでの対峙が続いたが、ロイリア側の劣勢が濃厚になりランシス側の侵攻が強まると虐殺の色は一気に濃さを増した。
 そして、劣勢に追い込まれたロイリアに止めを刺したのがあの青い太陽だった。

 聖歴一九四五年、ルゥリエ(豊穣月)の六日。
 ロイリア帝国西部の工業都市ライヒガント。
 その日は雲ひとつない晴天で、戦時中とは思えないほど穏やかな日だった。ちょうどその日は一年の豊穣を祝うための祝日で、家族の団欒や恋人たちの笑顔が 溢れ、街は人々の活気に満ちていた。
 午前中に一度だけ、高高度を飛行する大型翔空機が目撃されているが、それ以外はいつもと変わらない日常がそこにはあった。ランシスとの国境線も遠く、戦 火はまだこの街までは届いていなかった。
 そう、この時点ではまだ街の人々は知らなかった。ランシスの軍勢がすでに山をひとつ越えた隣の街、ユーフェンシャフトまで迫っていたことを。そして、目 撃された翔空機が敵国のものであったことを。
 それは一瞬の出来事だった。
 空から降り注いだ一筋の閃き。それが街の上空三十メートルで突如として強烈な青白い光を放つ火の玉へと姿を変えた。
 いったいなにが起きたのか、理解できた人は誰ひとりいなかっただろう。
 ライヒガント上空に出現した青い太陽は、刹那、数万度とも言われる熱風と衝撃波でまさに一瞬にして街を焼き尽くし、轟く爆音は遠くロイリアの帝都ズィル ヴェルンにまで達していた。
 死者はのべ五万人とも六万人とも言われ、後には一本の草木も残らない荒涼とした大地が残された。その惨状を目の当たりにして、ロイリア帝国はその日のう ちに降伏宣言を行い、これをもって大陸全土を巻き込んだ大戦は幕を閉じた。

 オレはあの日、ライヒガント上空にいた。大型翔空機に乗り、ライヒガント爆撃の一部始終を記録に納める任務についていた。それはつまり、大魔法ブラウゾ ンネの実践データを取るためだった。
 あの日の光景は、ビデオを見直すまでもない、オレの脳裏に今でも鮮明に焼きついている。
 あれは、まさに世界の終わりの光景だった。
 すべてのものが一瞬にして焼き尽くされ、蒸発して消えていた。
 木も草も花も、人も街も日常も、人々の笑顔も希望も夢も、なにもかも。
 それだけじゃない。ブラウゾンネはエーテル対転換という魔学反応によって、通常の魔法ではありえないほどの破壊力を引き出している。その副産物として大 量の瘴気を撒き散らすんだ。
 あれから十年。いまもまだ、高濃度の瘴気が含まれた灰の雨が降るライヒガント一帯にはいまだに草木も生えてこない。
 現世に、人の手によって作り出された死の世界。
 なにもかもが焼き尽くされ、命が息づくことすら拒む漆黒の焦土。
 けれど――、
 なあ、知ってるか? ブラウゾンネですら焼き尽くすことができないものがあるのを。
 どれだけの灼熱も、どれだけの爆風も破壊できないものがあるのを。
 なんだと思う?
 それはな、人の憎しみと欲望だ。
 ブラウゾンネが落ちた日、確かに戦争は終わりを迎えた。同時に、あの青い太陽は力による大陸平定をもたらすはずだった。絶対的な力による大陸統治。少な くとも、ブラウゾンネを開発したランシス枢軸連盟側の大国・カルメリア連邦国にはその思惑があったはずだ。
 しかしその思惑はわずか二年で潰える。カルメリアの大陸独裁を恐れた各国がつぎつぎにブラウゾンネの開発に着手しこれに成功。もはや帝国連合も枢軸連盟 もなく、一国がすべての上に立とうとするその色黒い欲望のために力が示された。
 あれから十年。実戦でブラウゾンネが使用されたのはライヒガントの時だけだ。いまや戦争は、各国の政治家たちが会議室で顔を突き合わせて行うものに変 わっている。
 しかし、その切り札として青い太陽の存在があるのは疑いようのない事実だ。政治屋の口から出る言葉はブラウゾンネという絶対的な後ろ盾が生み出してい る。言葉が力を持つ時代は終わった。いまでは、力が言葉を吐かせているんだ。
 表向きでは世界は平和を保っている。しかしそれは青い太陽がもたらした微妙なバランスの上に成り立っている平和に過ぎない。事実、各国ではより強力なブ ラウゾンネの開発が続けられ、まるで花火でも上げるかのごとく青い太陽の実験が日々行われている。
 あれから十年。大戦は既に過去のものになった。しかし、そこから得られたものはいったいなんなんだ? ライヒガントの焦土とブラウゾンネの驚異。力に助 長される人の欲望。清算されえぬ過去の悲惨。果てのない憎しみの輪廻。激情。
 平和とはいったいなんだ? 強靭なまでに武装を施し他者を威嚇し続けなければ保たれないもの、それが人々が望んだ平和の姿なんだろうか。
 先日、青い太陽の洗礼を受けた唯一の国家、ロイリア帝国でもブラウゾンネの開発に成功したという報道がされた。自国防衛のためというのがその理由らしい が、しかし、公開された実験の映像は、そこに映し出されていた青い太陽は憎しみを糧に燃えているようにしかオレには見えなかった。



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