冬に逢いましょう
Taku


 ぼくの知り合いには、雪女がいる。
 彼女は文字通り雪で出来ている女性で、その肌は新雪のように白く美しい。髪の色はあざやかな白銀で、髪をかきあげるたびにさらさらと雪の粉が落ちてくる。顔立ちも鼻梁がすらりとしていてモデルのように整っている。街を歩けば間違いなくナンパされるであろう彼女はしかし、男性と付き合った経験がなかった。それは雪で出来ているがゆえの欠点で、彼女は熱に弱かった。すこしでも熱いものに触れれば彼女の身体は、陽光に照らされる積もった雪のように解けていってしまうのだ。だから彼女にとって火や太陽光はもっとも苦手しているもので、さらに人の温もり、人肌の温もりさえも苦手だった。そのせいで恋人ができない彼女は、私は一生、処女のままでいいのよ、と口癖のようにいつも言っていた。
 そんな彼女とは五年ほどの付き合いで、はじめて出会ったのは高校のときだった。あのときは真冬日で、教室の窓から外を見れば、積もった雪が世界を白く染めている。彼女が登校してきたのはそんなときだった。
 はじめは誰も、教師さえも彼女のことを知らなかった。それはそうだろう。試験に合格したものの、入学式にすら出席していない女学生がその冬の日、いきなり登校してきたのだから。しかも彼女の服装は夏のものだった。ぼくら普通の学生はワイシャツの上にセーターを着て、さらにその上からブレザーを着ているのだが、彼女は薄手のワイシャツしか着ていなかった。しかも腕まくりをしている。さらにスカートの丈も短く、ストッキングもはいていない。そんな夏の服装で登校してきた彼女は、ぼくの隣の席に腰を下ろした。彼女とぼくは隣同士の席なのだ。ぼくはやや緊張しながらも、おはよう、と挨拶をした。すると彼女も、おはよう、と笑顔で挨拶を返してきた。それが彼女とのはじめての会話だった。
 それからぼくらは隣同士ということで、よく授業中に小声で話をした。
「この真冬日にそんな真夏の格好をして寒くない?」と聞くと「わたし雪女だから、これでも暑いほうよ」と答えが返ってきた。
「雪女?」とまた聞くと「そう」と彼女はうなずいた。
「雪女が学校に来るの?」とみたび聞くと「わたしは新しいタイプの雪女だから」と彼女は答えた。「つまり、雪女のニュー・ジェネレーションなの」
 そう、とぼくはうなずいた。雪女のニュー・ジェネレーション……。
 それから彼女は冬のあいだ学校に来て、春になると休むようになった。つまり学校に来なくなったのだ。そして次の冬の季節にまた登校してきた。彼女はそういう学校生活を送りながらも無事に卒業した。もちろん、春におこなわれた卒業式には出席してこなかったが。
 それからぼくらは別々の道を歩み、ぼくは大学に進学し、彼女は就職した。それでも冬が訪れるたびにぼくらは会った。よく一緒に食事にもいった。会うたびに一年間に起こった出来事をぼくが話し、彼女はそれを聞きながら微笑み、ときおり声を出して笑ったり、同意するようにうなずいたりしている。
 その日もぼくらは暖房があまり効いていない喫茶店で、ぼくはホットのブラック・コーヒー、彼女はアイス・ティーを飲みながら話をしていた。真冬日なのに彼女はあいかわらずの薄着だった。ミニスカートにタンクトップ。それしか着ていない。雪が積もっている真冬日にはふさわしくない服装だが、彼女にとってはそれが普通なのだ。一度だけ彼女の手に触れたことがあるが、それは本当に雪で出来ていると思わせるほど冷たいものだった。
 ぼくらは二時間ほど話しこみ、それから店を出た。
 二人でならんで歩く。外は空が晴れていて太陽がさんさんと輝いていた。陽光が辺りに降り注いでいて、積もった雪が解けはじめている。いまは二月の終わり。もうすぐ冬が終わり、春が訪れてくる。そのとき不意にため息が聞こえてきた。つと彼女のほうを見ると、彼女はひどく汗をかいていた。雪で出来ている彼女は、太陽光を長く浴びると、その身体が解けてくるのだ。まるで陽光に照らされ、解けはじめている積もった雪のように。
 彼女の家に着いた。玄関で別れの挨拶をする。
「おやすみ」とぼくは言った。これから眠りにはいる彼女には、さよなら、よりも、おやすみ、のほうが適切だと思ったからだ。
 春が来れば、彼女は長い長い眠りにはいる。そして次の冬まで眼を覚まさない。彼女はそういう生活サイクルをおくっているのだ。
「おやすみ」と彼女も言った。「また、つぎの冬に逢いましょう」
 そう微笑みを残し、ウインクをひとつしてから彼女は家の中に消えていった。ぼくはそれを見届けから家路についた。
 これから雪が解けて冬が過ぎ去り、麗らかな春が訪れ、爽やかな夏になり、穏やかな秋が来て、そしてまた冬が戻ってくる。
 雪が降り積もる季節にまた、彼女に会える。


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